プロ×プロ 料理を深める技

第1回「和食の塩使い」

教えるプロ/日本料理『柏屋』松尾英明さん「新旧の技法をお見せしますよ」
吹田市千里山西2-5-18
tel.06-6386-2234

研ぎ澄まされた本格会席で知られる千里山の料亭主人。大学の理学部で学んだ頭脳による、料理への理論的なアプローチで知られる。

教わるプロ/フランス料理『レストラン ヴァリエ』高井 実さん「紙塩という技を、ぜひ知りたい」
大阪市北区中之島3-3-23 中之島ダイビル2F
tel.06-4803-0999

旧ホテルプラザ『ル・ランデブー』出身。ビストロ料理とは一線を画する、洗練された料理で、独立後不動の人気を獲得。

紙塩、塩水、などなど…。和食の塩は、かくも多彩

プロの料理人が、プロの料理人に、より深い技術を教わる新連載。その第1回目のテーマは「和食の塩使い」である。
「フランス料理の塩使いは、総じて荒っぽい気がする。使い方も、味付けの強弱の差と、魚や肉を塩釜にするぐらいしかない。ある時、日本料理に紙塩(かみしお)という技があると耳にしたので、ぜひこの技法を中心に、塩の使い方を勉強したいですね」。レストランが超多忙な12月、高井シェフがあえて今回の一日塾を志願したのは、熱い探求心から。実は当日までに、何人かの料理人に、紙塩について尋ねて回ったそうだが、技法の名を知る者はいても、技の具体的な内容を知る者はいなかったという。

今回、快く教授役をお引き受けいただいたのは、大阪の日本料理人の中でも屈指の理論派として知られる松尾さん。「紙塩は手間がかかるし、塩水(えんすい)という技法もあるので、最近は年配の料理人しか使わなくなりましたねぇ」と目を細めつつ、丁寧かつ明快にこのテクニックを実演していただいた。

photo

塩水の作り方は店によって様々。『柏屋』ではまず塩に卵白をもみ込み、水を加え飽和食塩水を作る。さらに煮沸して、塩の余分な雑味を卵白に絡めて除去するという大変な手間がかかったもの。

極薄の塩を均一に。これが紙塩の狙い

紙塩とは、まず魚介を軽く霧吹きで湿らせた薄い奉書紙(和紙)で包んだのち、紙の表裏から軽く塩を打ち、3時間ほど休ませて、余分な水分を抜く技術である。
「直接素材に塩を打つのと違って、奉書紙の水分に溶けた塩が、紙を伝わって薄く均一に素材に伝わるところが利点であり、この技術の狙いなんです」と松尾さん。ちなみに塩の量は、バットの上に落とした塩の粒の数を、根気があれば数えられるほど僅かな量である。それでもこの技術が必要なのは、「塩っ気を感じさせないギリギリの量の塩で、魚介に淡いあたり(味)を付けて、旨みを引き出すためなんですね」と松尾さん。素材は今回の鯛を筆頭に、白身魚全般、甘鯛、鮭、帆立などの貝類にも非常に適した技だという。

講義の後、完成した紙塩の鯛と、通常の鯛の双方を刺身で味わい、高井シェフは舌を巻いた。「味が全く違いますね! わずかな塩の量で、この差。劇的な差じゃないけど、確実な差。和食の塩使いは、ほんと繊細で偉大ですね。紙塩をした方の鯛は、より旨みが濃くなって、しかも、生っぽさがなくなってる。いや~、驚きました」。

photo
(左)和食では塩を打つ時の手と素材の距離によっても、細かく呼び名が区別される。写真は尺塩。薄めに塩をふる時の距離。紙塩の際の塩打ちも、この距離が基本。
(右)紙塩に使う紙は、薄手の奉書紙。

日本料理の塩使いを、仏料理に応用するなら…

紙塩に続いて、松尾さんが「今の和食には不可欠な、塩の技法があるんですよ」と紹介してくれたのは塩水の技。これは塩を固体ではなく液状にして駆使する技である。原理は単純で、いわば水に塩を飽和するまで大量に溶かし、均一になった特濃塩水を料理の味付けに使うという技である。塩水の威力を松尾さんはこう語る。

「特に、絶対塩水でないとダメという料理は椀物。引きたてのカツオ節の香りを生かして、理想的な温度でお客さまに椀を出そうという時に、だしに粒のままの塩をかき混ぜて仕上げるような時間のロスは、命取りになるわけです。でも、塩水なら一瞬でだしと馴染んであたりがとれる。店では、塩水は必須なんですよ」とのことだ。

塩水を駆使して完成した、シャラン産のビュルゴー鴨と下仁田ネギの煮物椀を味わい、高井シェフは「このだしの香り高さと、熱い温度が、塩水のスピーディーさの賜物なんですね」と感心することしきりであった。塩水はまた、車エビなどの素材でも有効。昆布だしを混ぜた塩水に数分漬け込めば、素材のフレッシュ感を失わず、薄塩味が付けられる。さらに塩粒が素材に当たった表面だけが変色する、優雅とはいえない斑模様を避けることができる利点もあるのだ。

photo

「ほんの少しのデリケートな塩で、ここまで味が変わるとは思いませんでした」と高井シェフ。

一瞬の判断が可能。塩水は、和食の柱

この日、間近で多彩かつ繊細な会席料理の塩使いを学んだ高井シェフ。料理の繊細さという点では、高井シェフの作るフランス料理も負けてはいないように思うが、それでも素直に「繊細ですね。和食はすごい」と繰り返していた。さて、高井シェフは、紙塩、塩水のテクニックをフランス料理にどう応用するのだろう。

「デリケートな塩加減が必要なもの、例えばオードブルで生で出すイワシや鯖を、紙塩でキリッと出すのは面白そうですね。あとは牛肉の紙塩カルパッチョなども、どうかな。塩水の料理は、今後じっくり考えてみますね」と引き締まった表情。デリケート極まる和食の塩使いが、同じくデリケートなシェフのフレンチにとって大きな武器になる日が、今から待ち遠しいものだ。

photo

(左)塩水の完成時には、表面にうっすらと塩の結晶が浮かぶ。
(右)ビュルゴー鴨の葛たたき、下仁田ネギ、厚揚げの煮物椀。

(あまから手帖07年2月号より転載) 文/寺下光彦・撮影/太田恭史

プロの料理人が自分のテクニックを別の料理に人に教えるとどうなるか?
過去(07年2月号~08年12月号)に本誌で連載され、好評を得た企画「プロ×プロ 1日料理塾」をホームページ用にアレンジしました。
ぜひとも続けてお読み下さい。

レストランリスト レストランリスト あまから倶楽部 会員限定の特典 登録無料 あまから倶楽部 会員限定の特典 登録無料