プロ×プロ 料理を深める技

第4回「フレンチの酢遣い」

教えるプロ/フランス料理『ベルクール』松井知之さん「欲しいのは酸味より「コク」です。」

京都市左京区田中里ノ前町59
tel.075-711-7643

京都を代表する正統派クラシックフレンチ店のオーナーシェフ。東西の幅広い文献を精査し展開する、繊細かつ多彩なレシピを誇る。

教わるプロ/『京料理 修伯』吉田修久さん「和食では、酢を「酸味」で遣います。」

京都市東山区下河原通高台寺塔之前上ル金園町392
tel.075-551-2711

和食の伝統に斬新な新風を吹き込む、前衛派京料理の若き旗手。フランスにもたびたび食べ歩きで歴訪。

基本は酸っぱくない酢遣い。主眼は酢のコクとエキス分

“一流のシェフと、一流になれないシェフの大きな分かれ目。それは酢を上手く遣えるか否か”。このことはフランス料理の準常識とさえ言われているそうだ。京都屈指の革新派料理人である吉田さんから見ても「まず和食には、酢を煮詰めて旨みを凝縮させるとか、加熱して酸味を飛ばし、酢に旨みを求めるというアイデアがあまりない」と解説。酢の種類も、赤・白のワインビネガーからシェリー酢、フランボワーズ酢までと幅広い。「和食よりもフレンチの方が酢の遣い方はうんと多彩で、学ぶべきことは山とあると思います」と意欲充分。

松井さんは「フランス料理の基本中の基本、ワインを使ったボルドレーズソースやブールブランソースでも、酢を入れる人も、入れない人もいるんです。僕の場合はどちらのソースにも、酢は不可欠だと考えてます」と語る。

この日、松井シェフにご披露いただいた酢の使用法の幅広さは、吉田さんの想像をはるかに上回るものだったようだ。まず、前菜の猪のテリーヌは、酢そのものを煮詰めてソースにするパターン。遣われる松井シェフのオリジナルビネガーソースは、シェリー酢に極甘シェリーのペドロ・ヒメネス、中国黒酢を加え、1/5になるまで煮詰めたもの。この煮詰めた酢が、そのままテリーヌのソースとなる。「フランス料理は、和食とは逆に、煮詰めてない酢を遣うことの方が珍しいんです。煮詰めて、酸味を飛ばして、酢のコクと旨み、そしてエキス分を凝縮するのがフランス料理の酢遣いの基本ですね」と松井さんは語る。

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(左)普段、松井シェフが使用するのは6種の酢。
(右)猪のテリーヌ。煮詰めシェリー酢は「ソースのようなアクセントやね」と松井シェフ。

定番ソースを引き締める、魔法の隠し味こそ「酢」

続いて赤イサキのバプールすなわち蒸し物と、穴子のロースト。この2品は、隠し味的な少量の煮詰め酢で、ソースの味わいを引き締める酢遣いのパターン。

赤イサキは、蒸し煮にし、フライパンに残った煮汁に、直接バターと小さじ2程度の白ワインビネガーを投入。そして強火で酢を1/3前後まで煮詰め、火を止める直前にオレンジ1/2個分のジュースを加えて、ソース完成。
穴子のローストは、焦がしバターソースに穴子の蒸し汁、大さじ1杯ほどのシェリー酢を入れ、こちらも1/3前後に煮詰める。

仕上がった2皿を試食した吉田さんは、少々興奮した表情。「酢の味はほとんど前面に出ていないのに、酢によって格段にソースの味が引き締まって、深みが出るんですね。柑橘を使っただけなら、もっとぼけた味で、ここまでコクは引き締まらないでしょうねぇ」と目を輝かせた。

次に登場したのは鶏の赤ワインビネガー煮込み。これは「比較的稀な、酢の味がはっきり出るパターンの料理だけど、僕は好きでね。もう20年近くメニューに載せてるよ」と松井さん。

軽くポワレした鶏を、フライパンの中で、フォン・ド・ヴォー、ネギ、30ccほどの赤ワインビネガーとともに煮溶かしながら約1/4まで煮詰めて仕上げる。松井さんは酢の味がはっきり出ると言うが、やはり煮詰めることにより酸味が飛び、酢のカドが丸くなっているため、いわゆる和食の酢の物の、酸味の立たせ方とはまるで別世界の、酢の利かせ技である。

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(左)鶏の赤ワインビネガー煮。この料理のように酢の味が前面に出るのは、フランス料理でも稀。
(右)赤イサキのバプール・柑橘バターソースを試食し「ほんの少し、白ワインビネガーを加えて煮詰めただけで、まるで別もの。

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(左)一気にソースに締まりが出てる!」と吉田さん。(右)穴子ロールのロースト・焦がしバターソースも「煮詰めたシェリー酢のソースは、脂っこい素材とこんなに相性がいいとは」と吉田さんも驚く。

なぜかデザートが、酢で甘くなるマジック

さらに最後には、なんと酢を遣ったデザートまで登場。リンゴのキャラメリゼのフィアンティーヌは、フライパンで時間をかけ、じわじわとリンゴを砂糖とともにポワレする。その途中、大さじ3ほどのリンゴ酢を加え、水分がなくなるまで煮詰めるというシンプルなデザートだ。
このひと皿は、酢でリンゴの酸味を引き立てるというパターン。吉田さんは「ただ甘いだけのリンゴより、よっぽど甘みが引き立ってて旨いです! これは店でもやってみたい」と満面の笑み。そして、「フランス料理の酢遣いの技術が、知っていた以上に奥深く、ここまでバリエーションが豊富だとは思いませんでした。特に今日の穴子料理の酢遣い。ソースの中で加熱して、酸味を飛ばした酢で穴子の脂が引き締まってるというワザは凄い。この技法は、和食でも赤飯蒸し用の穴子を炊いたり、煮詰めの隠し味に、いいだろうなぁ。やってみたいです」と吉田さん。

帰り際にはポツリと「これまで度々、フランスの三ツ星レストランにも食べに行きましたが、今日のわずか3時間ほどの松井シェフのご教授は、フランスでの経験と同じぐらい勉強になりました」とまで、語ってくれた。

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デザート、リンゴのキャラメリゼは、酢で逆にリンゴの甘みを際立たせるハイテクニック。飾り付けのナッツチュイルも酢を入れることでカリッと仕上がるという。


(あまから手帖07年5月号より転載) 文/寺下光彦・撮影/東谷幸一

プロの料理人が自分のテクニックを別の料理に人に教えるとどうなるか?
過去(07年2月号~08年12月号)に本誌で連載され、好評を得た企画「プロ×プロ 1日料理塾」をホームページ用にアレンジしました。
ぜひとも続けてお読み下さい。

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