プロ×プロ 料理を深める技

第7回「魚の熟成」

教えるプロ/旬魚料理『う越貞』貞繁一さん「魚の食べごろは3日目からですよ!」

大阪市福島区福島5-17-20
tel.06-6458-1153

熟成のピークを見極める技の第一人者。スズキ、ワタリガニ、ハモ、甘鯛まで、貝やウニ以外はほとんど熟成させるという。

教わるプロ/イタリア料理『クッチーナ・イルヴィアーレ』渡辺武将さん「イタリアンで魚介類は鮮度が命なのですが…」

京都市中京区堀川通御池西入ル
tel.075-812-2366

今や京都を代表する実力派イタリアン・シェフのひとり。京野菜の積極的な活用など、話題の素材や技術には常に敏感。

造りでいける〆て7日めのイカ

この連載始まって以来の“革命的”かつ“スキャンダラス”な技術、かもしれない。魚の熟成と言っても、鮒寿司や鯖寿司の話ではない。造りや、焼き魚の話なのだ。「造りは鮮度が命、という考え方は間違いだ!」と豪語する『う越貞』主人・貞さん。氏が徹底する魚の熟成は、基本ほとんどの魚が〆て2日め以降。鯛を〆てから1日程度、寝かすことは、最近認知されてきたが、なんとアオリイカを1週間寝かせてから造りで出すことさえあるというから、ほとんど未知の領域だろう。
魚介料理をスペシャリテとする東京のリストランテ『アクアパッツァ』で修業した渡辺シェフも、「魚の熟成なんて考え方は東京でも聞いたことがないです」と語る。

しかしまず、当日の朝に〆た城下ガレイと、〆て36時間経った城下ガレイの刺身を比較試食した渡辺シェフ、いきなり動揺する。
「甘みの強さが全く違いますね! 1日経っても、歯ごたえもちゃんとある。もっとユルユルの身かと思ってました。でも一番すごいのは、カレイの味わい全体がよくなじんで、まとまって、コクが深まってること」とシェフ。
次にノドグロの塩焼きは、当日〆たものと、5日間熟成させたものを比較試食。こちらはさらに「最高級のノドグロなのに、5日めのものに比べれば、〆たての新鮮なものは“味がない”に等しいぐらい。旨みと脂の凝縮感や、味の力強さが別ものですね!同じノドグロなのに、新酒の軽いヌーヴォーワインと、アンジェロ・ガヤの重厚なネビオーロほども差があります」と驚く。

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カレイは身が緩くグニャッと曲がるものが〆て8時間め。身がピンとしてるほうが、〆て36時間経ったもの。「これぐらいから、やっとお客に出せる」と貞さん。


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城下ガレイの造り1人前2000円。手前が2日め。奥は〆て8時間。身が透明なのは「まだや!というサイン」だとか。

「なんとも言えん旨み」が出るのは、3日め以降

そこで5日間も魚を熟成させるための技術である。何やら秘儀めいたおまじないでもありそう…な気もするが、想像したよりはシンプルな技術だった。結論から言うと重要点は3つ(1)おろした魚の身の徹底した掃除(2)冷蔵庫の温度と湿度(3)魚体のサイズである。

まずノドグロの場合、2枚におろし、はらわたの周囲や背骨、頭の周りに付着する血を徹底的に水洗いして掃除する。「ウロコと血が、一番早く傷んで、魚を劣化させますからね」と貞さん。この身にやや強めに振り塩し、約3度、湿度85%以上の高湿型冷蔵庫に入れる。初日はラップなしで、水分が均一に抜けるよう1日に3~4回、身の表裏をひっくり返す。そして2日後、表面の塩と、浮き出た水分を水で洗い流し、今度は空気との接触を避けるためペーパーで包んでからラップし、より低温、約1度の冷蔵庫の中で保存する。こちらも高湿型冷蔵庫である。ご主人が好んで使用する1.2kg級の大型ノドグロの場合、熟成3日めから食べごろに入り、6日めぐらいまでは「なんとも言えん、旨みが出てる」状態でいただけるそうだ。

カレイの場合は「冷やし過ぎると身が〆り過ぎる」という理由で5度の冷蔵庫で熟成。こちらは乾燥を避けるため、ペーパーで魚を包み、木箱の中に入れる。冷蔵庫の冷気が直接当たるのを避ける工夫である。この日使った600g弱のカレイなら「おろして3日めが一番旨い」と貞さんは語る。
熟成の見極めは、白身の場合、身の色がやや飴色になっている状態がベストで、微かにくすんできたら、熟成が行き過ぎになったサインという。

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ノドグロは塩をしてこの状態で冷蔵庫へ。温度は3℃が理想。塩は沖縄産。

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熟成5日めのノドグロと、〆たてのノドグロ。どちらが熟成後かは一目瞭然。手前、5日めのものは深みのある美しい飴色だ。

一般家庭でも取り入れられる技

一連の流れを教わると一見、魚の熟成という技術は、言葉のインパクトほどは複雑な技術ではないようにも思える。そう貞さんに尋ねると、「一般家庭でも、魚に軽く塩をして一晩寝かせ、食べる直前に塩を洗って食べるだけで、旨みは全然違うわ。入門編にいい魚? アジか鮭やな。違いが分かりやすいという意味でもね」と、意外にあっさりと答えてくれた。
ちなみに貞さんが、意識して魚の熟成に挑戦するようになったのは5年ほど前から。さすがに当時、店のイカを「旨い!」と食べてる客に「1週間前のです」と言っても誰も信じてもらえず、3年ほど前から、貞さんの方法が“熟成”という言葉とともに支持されるようになってきたのだとか。

講義を聞いた渡辺さんは「すぐにトライします。ローストはもちろん、アクアパッツァもいけるはず。イタリアンの魚介料理に、新しい分野を開けるかもしれないですね」と燃えに燃えてくれた。
未だに観光地の旅館などでは“活け造り”が喜ばれる日本。しかし今回、もしや日本人は今まで、魚の食べ方を知らなかったのか? という疑問さえ、湧いてきた。

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(左)「今までやってきた魚の扱い方の概念が崩れてきています」と驚きを隠せない渡辺シェフ。
(右)5日間の熟成で、ノドグロは水分が飛び、味わいの濃さが別次元にアップした。


(あまから手帖07年9月号より転載) 文/寺下光彦・撮影/東谷幸一

プロの料理人が自分のテクニックを別の料理に人に教えるとどうなるか?
過去(07年2月号~08年12月号)に本誌で連載され、好評を得た企画「プロ×プロ 1日料理塾」をホームページ用にアレンジしました。
ぜひとも続けてお読み下さい。

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