プロ×プロ 料理を深める技

第9回「和食の甘み付け」

教えるプロ/京料理『菊乃井』村田吉弘さん「砂糖だけではなく、日本酒の甘みも大切です」

京都市東山区祇園円山真葛ヶ原
tel.075-561-0015

日本料理を世界に発信し続ける当代京料理の重鎮。NPO法人日本料理アカデミー理事長。

教わるプロ/フランス料理『ル・サルモン・ドール』上島康二さん「甘辛く炊く仕上げは、あまりないんです」

(現在は閉店)
「京都ホテルオークラ」のダイニング『ピトレスク』で名声を築き、祇園にロースト料理をメインにした店を開く。

日本酒を煮詰めた甘みも、砂糖同様に重要

すき焼き、肉じゃが…。日本料理の味付けに、砂糖は不可欠。ところがフランス料理やイタリア料理では、料理に直接砂糖を使うことはほとんどない。欧米型の料理からすると、料理に砂糖やみりんなどのダイレクトな甘みを多用する日本料理は、非常に独特な料理体系に映るのだとか。フランス料理の巨匠、上島シェフも「いわゆる和食の、魚を甘辛く炊くという味付けは、フランス料理にはあまりない領域なんです」と興味津々である。今回はそんな、誰にでも馴染みがありながら実は奥深い、和食の甘み付けがテーマである。

このテーマに「砂糖もみりんも両方使うから、一皿で片がつく」と村田さんが選んでくれたのは、鯛のアラ炊き。まず下処理にさっと鯛の頭を熱湯にくぐらせ、ぬめりやわずかな血を丁寧に落とす。村田さんが言うには「日本料理の甘み付けで大事なのは、砂糖とみりんだけやない。日本酒を煮詰めた時の、旨みを伴う甘みも大事なんや。普通のワインはいくら煮詰めても、甘くならんやろ」。そして出てきたのは、3種類の日本酒。すべて純米酒なのだが、通常の清酒以外に、麹や米の量を通常より多く使って仕込む回数を増やす琥珀色の三段仕込酒、五段仕込酒が出た。旨みやコクは歴然と、酒の色の濃さに比例する。この酒のブレンドが、煮炊き物の味を大きく左右するのだ。
この日は、上島シェフが濃いめの仕上がりをリクエストしたため、清酒:三段仕込酒:五段仕込酒=3:2:2。計1Lの日本酒に、大さじ1.5杯の砂糖と、濃い口醤油約150ccを入れ、落とし蓋。終始強火で鯛を炊いていく。砂糖は「純粋なグラニュー糖が一番。和三盆? あれは不純物多くてだめ」と村田さん。上島さんが「意外に砂糖の量が少ないですね」と尋ねると、「うちの鯛は、いい鯛だからこの量で充分。養殖もんとか、古なった鯛なら、もっと砂糖が要る。煮炊き物は、プロなら、レシピ通りにやったって絶対だめ。ひとつ一つ、目の前の素材に応じた炊き方せんとあかんのや」と喝破した。

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(左)使う砂糖は少なめ。「10年後、20年後の日本料理は、今よりもっと砂糖の使用量は減るはず」と村田さん。
(右)落し蓋をして終始強火で炊くのも、アラ炊きのポイント。


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(左)日本酒などの煮汁が、約半分になったところで、最後の味を決める。
(右)純米酒3種。色の濃いものほどコクが強い。

砂糖とみりん、使い分けのポイント

さらに、砂糖とみりんの使い分けのポイントを尋ねると「砂糖の甘みは、いつまでも口にベタッと残る。逆にみりん、特にうちの店で使うような上モノのみりんは、甘みのキレがいい。だから料理にどっちの要素がほしいかで砂糖とみりんの比率を決めるんよ」と村田さん。ただ、みりんには身を縮める作用がある。だからすき焼きには砂糖。逆に素材からみりんの作用で水分を抜いて締めて、保存を良くする料理もある。みりん干しなんかはその典型という。立て板に水を流すような、理路整然たる説明に、一同舌を巻いた。

そうしているうちに、いよいよ日本酒が煮詰まり、完成間近。ここでやっとみりんの出番。大さじ1.5杯を入れ、さっとひと煮立ちしたら、すぐに火を止め、柚子をのせて完成。鯛に臭みがないので、ゴボウも不要である。完成品を試食した上島シェフは「甘さのキレの良さがすごいですね」とまず驚嘆。村田さんは「それは砂糖が主役ではなく、日本酒とみりんの甘みを補足する程度の少量しか使っていないからや」と解説する。続けて上島さん、「ワインや果実を煮詰めたソースとは、甘みの質がまるで違う。上質のみりんは、デザートに活用しても面白いかもしれないですね」と、イメージが膨らんだ。

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(左)『菊乃井』のみりんは、そのままロックで食後酒として飲めるほどの滋味とキレのいい甘みが特徴。醸造元は『白扇酒造』。
(右)照りを付けるため、みりんは完成直前に加える。先に入れるのは身が固くなるので厳禁。

酸味の活用で、さらに革新的な逸品に

しかし村田さんの徹底した探求は、伝統の踏襲だけでは終わらない。なんと「アラ炊きを含め、日本料理は、これからはフレンチみたいにもっと酸味を活用したらいい。例えばこうやって」と、完成したアラ炊きに、突然大さじ1杯の酢をふりかけ、煮汁とかき混ぜて一同、再試食。すかさず上島さん、「ごく少量の酢で、劇的に甘みが引き締まりましたね! 甘みのキレの良さも一気に良くなりました!」と目を丸くした。村田さん曰く「酢の代わりに、フレンチみたいに、煮詰めた赤ワインで酸味を加えてもいい。このひと手間で、アラ炊きが現代の世界標準の味になると思うな。流通技術が向上して、良い素材が容易に手に入ると、料理に使う砂糖の量はどんどん減るやろな。もちろん、昔ながらのアラ炊きは、過去への郷愁としてはええけど。上島さんなら"世界を唸らせる日本発フレンチ"の武器として、みりんなんかも活用できるんじゃないの」。とエールを贈ってくれた。

アラ炊き一皿から、世界標準の旨みの探求と開拓まで視野に。村田さんの静かな挑戦と革新は、ますます熱さを増しているようだ。

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(左)ほっくりと仕上がったアラ炊き。煮詰めた日本酒による、気品のある甘さが非常に印象的。
(右)最後に酢で味を締めるアラ炊きは村田さん独自の探求の賜物。


(あまから手帖07年12月号より転載) 文/寺下光彦・撮影/東谷幸一

プロの料理人が自分のテクニックを別の料理に人に教えるとどうなるか?
過去(07年2月号~08年12月号)に本誌で連載され、好評を得た企画「プロ×プロ 1日料理塾」をホームページ用にアレンジしました。
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