プロ×プロ 料理を深める技

第11回「魚の発酵」

教えるプロ/寿司『徳山鮓』徳山浩明さん「発酵の味は自然界の多彩な要素が合体した味です。」

滋賀県伊香郡余呉町川並1408
tel.0749-86-4045

日本が世界に誇るべき、至高の鮒寿司を求め、全国から常連が集まる料理旅館の主人。この春は“全国発酵サミット”での講演など学会での活動も。

教わるプロ/イタリア料理『イ・ヴェンティチェッリ』浅井卓司さん「イタリアでは魚の発酵といえばあまり数多くはないもので…。」

大阪市西区京町堀1-7-18 アンジュ京町堀 2F
tel.06-6147-8250

伝統の枠だけにとらわれない奔放なアイデアが満ちた、大胆でオリジナリティーあるイタリアンを常に発信する気鋭。最近は中華食材の研究にも没頭中。

鮒鮨は、まるで魚版の生ハム?

「まったく臭みがないですね!ほんとに、まったく。これは、生ハムの魚版? 魚から作った生ハムみたいにしっとりした舌ざわり。火が入ってないのに、ローストみたいな感じもある。思ってたものと、全然違いますね!」。
今回のテーマ、魚の発酵の代表にして横綱、鮒寿司を食べての浅井シェフの第一声である。当たり前のことだが、鮒寿司もピンキリである。それは、ワインといってもロマネ・コンティから1本500円のハウスワインまであるようなものだろう。しかも今回の講師は、当代屈指の鮒寿司作りの名職人、滋賀・余呉『徳山鮓』主人・徳山浩明さん。氏が手がけた鮒寿司を食べ「イメージと全く違う!」と、嬉しい叫びをあげるのは、浅井シェフだけではない。

今回、深い雪に覆われた余呉湖を臨む厳寒の地で、浅井シェフが「僕が働いていたイタリア・ウンブリアの風景とものすごく似てますね~」という郷愁を抱きつつ挑戦したのは、昨年秋に獲れた落ち鮎のなれ寿司。鮒は春に獲れた子持ち鮒を春のうちに一気に漬け込むため、今回は作れなかった。
魚のなれ寿司の基本工程は、鮒も鮎もほぼ同じ。塩漬け→飯詰め→水張り→発酵である。鮎も鮒も、下処理から完成まで8カ月近くかかり、大変な忍耐を要する作業である。それゆえ、今回の講義も、ポイントのみをダイジェスト的に教えていただく形となった。

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(左)日本が誇るべき発酵食品、魚のなれ寿司。
(右)たっぷりの塩で約3カ月漬ける。写真はワカサギ。鮒や鮎も同じ要領。

密閉の具合と重石の量で味がかわる

まず塩漬けの工程。桶に塩と魚を交互に重ね、鮎の場合は約3カ月塩に漬ける。その後、一度鮎を桶から出して水洗いし、さらに半日ほど真水に浸して余分な塩分を抜く。そこからさらに1日、風通しの良い場所で陰干しにし、余分な水分を抜く。
その次が、なれ寿司作りの山場のひとつ、飯詰め。今回、浅井シェフが試みたのもこれ。まず桶の底に、高さ5cmほど硬めに炊いたご飯を敷き詰める。その上に鮎、さらにその上にご飯、鮎というようにご飯と鮎を交互に重ねてゆく。
「まるで、ご飯と鮎のミルフィーユ。いや、オーブンで焼かないラザニヤかな」とシェフ、楽しげだ。この工程の注意点は、同じ層の鮎同士が、決して重ならないように注意すること。もうひとつは、ご飯の層は、一層ずつ入念に手の平で押して、しっかりと固めること。この2点がおろそかになると魚の腐敗の原因となる。
そして、桶の7分目までご飯と魚が詰まったら、桶に蓋をして重しをのせる。ここも実は神経を使うポイント。まずご飯の上に乾いた木や竹の皮を並べ、桶の内側の周囲に"よめワラ"と呼ばれる中太の縄を一周させる。
「このワラ縄で、より桶の密閉度を高めて、蓋の周囲から空気や雑菌が侵入しないようにしてるんです」と徳山さん。その後、桶内側の直径とほぼ同じ木蓋を、落とし蓋のような感じで入れ、上に重しをしてこの工程は完了。重しの重量は、最低でも40kgは必要というのにも、一同、驚く。この状態で約10日間発酵させた後、桶上部の隙間に水を満たして、樽の状態を安定させる水張りの工程。その後は、マメに桶上部の水を取り替えつつ、浅井シェフが「パルミジャーノ・チーズの工場みたいな香りが充満してますね~」と語る発酵蔵で待つこと約半年。鮎のなれ寿司の完成となる。今年7月には、浅井シェフが漬けた鮎のなれ寿司も食べごろ。シェフは再び、余呉を訪れることだろう。

ちなみに、シェフが自分の店で、自ら魚の発酵に挑戦する際の注意点としては、徳山さん曰く「まず、重石の重さが大切。バケツぐらいのサイズでも、30kgは欲しい。重石の量で、味が変わる。あと、よめワラでしっかり蓋の周囲を密閉すること。これも大切です」と、意外にシンプルだった。

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ご飯と魚を漬ける時は、身が重ならないように注意。

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(左)全体ムラなく発酵するように、しっかりご飯を押して余分な空気を抜く。
(右)蔵の中は甘酸っぱい匂いでいっぱい。桶の水をマメに替えるのも大切な作業。夏場なら週3回は必要だ。

チーズ代わりにしてリゾットを作りたい

鮒や鮎以外にも、鯖、ワカサギ、ウグイ、サンマ、明石鯛など、多彩ななれ寿司に挑む徳山さん。その品を食すにつれ、浅井シェフは「イタリアには、魚の発酵といえばアンチョビやガルムぐらいしかない。日本の知恵はホントに多彩ですごいですね。特に徳山さんが作られたような極上の鮒寿司は、なんだか特上のゴルゴンゾーラ・チーズに通じる旨みと刺激がある。ということは、リゾットですね。一度、鮒寿司のリゾットは、やってみたいです」と目が輝いた。

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(左)熟成した旨みの鮒寿司。名匠の手にかかれば、臭みがほとんどないのに驚かされる。漬け終わった後のご飯を使った発酵米アイスクリームは、ヨーグルトのような優しい酸味。
(右)酢を一切使わない革新的な〆鯖。鮒寿司の製法を応用したオリジナル“鯖のいいこ寿司”。鯖の旨みがクリアに凝縮された、気品溢れる美味しさ。


(あまから手帖08年4月号より転載) 文/寺下光彦・撮影/東谷幸一

プロの料理人が自分のテクニックを別の料理に人に教えるとどうなるか?
過去(07年2月号~08年12月号)に本誌で連載され、好評を得た企画「プロ×プロ 1日料理塾」をホームページ用にアレンジしました。
ぜひとも続けてお読み下さい。

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