香ばしさのメカニズム「メイラード反応」厨房で繰り広げられるさまざまな調理の工程。その原理を科学的に解き明かそうと始まった本企画。第一限目は「香ばしさ」を生み出すフランス料理の手法に和の料理人が挑戦。科学的分析と再構築で料理の世界が広がるか。

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ここ数年で、『エル・ブリ』に代表される液体窒素やアルギン酸ナトリウムなどを使った前衛的と言える料理が日本にも浸透してきた分子ガストロノミーの研究者であるエルヴェ・ティス氏が提唱する、すべての料理を公式で表し再構築する考え方も料理人に認知され始めている。それらも確かに料理を科学的に捉える一側面だが、本連載は「煮る」「焼く」など、もっと身近にある調理を中心に科学することを目的とする。高下駄履いた親父さんが「技を盗んで、目と舌で覚えろ!」と弟子たちに仕込んだ料理も、紐解いてみれば、実は科学で裏打ちできる。それらを解き明かすことができれば、よりおいしく、もっと最適な調理ができるのでは?

料理理科

●メイラード反応
魚や肉、パンなど食材の中に含まれるアミノ酸と糖が加熱によって結びつき、起こる反応。香ばしい風味と褐色の焼き色が出る。


調理と調味の一考察。ジャンルを決めるのは?

まず、「調理と調味」について考えてみたい。様々な工程はあるが、仮に調理を「切る」「加熱」「調味」の3つに大別する。「調味」は最終的な料理の風味に関わる要素が大きく、和食、中華など料理ジャンルを決める要因となる。一方、「切る」「加熱」は厳密に言うと食文化に影響を受けている場合もあるが、ごくシンプルに捉えると、ジャンルを超えて応用することができる、と考えられる。
例えば、調理器具・加熱方法は様々あるが、どんな食材でも焼いて醤油をかければ和の味わいに、コチュジャンを加えれば韓国風に仕上がってしまう。発酵調味料を使った場合にその傾向が強いが、“調味がジャンルを決める”とは、平たく言えばそういうことだ。

そもそも、調味の仕方がジャンル、特に和・洋では異なる。和食は醤油や味噌、みりんなどの調味料を多用。一方、フレンチではせいぜい塩・コショウを使用する程度。
デグラッセしたソースのように、肉や魚の旨みを抽出して煮詰めていくソースが皿の中で調味料の役割を持つ、と言っても過言ではない。つまり、フレンチでは調味料をその都度鍋の中で作っているのだ。


おいしい香ばしさはメイラード反応から

ここで、じゅうじゅう焼いたステーキを思い浮かべてみよう。したたる肉汁、とろけるような脂の甘み、香ばしい焼き色…。
おいしさの要素はたくさんあるが、なかでも今回は“香ばしさ”に注目。肉をはじめ食材は加熱調理によって茶色くなり、香ばしい風味を醸す。これをメイラード反応(または、アミノ・カルボニル反応)と呼ぶ。トーストやせんべいの焼き色、ご飯のおこげ、コーヒーやチョコレートの色も、すべてこの反応に因る。食材に含まれるアミノ酸やタンパク質と、糖が結びついて化学反応を起こし、褐色物質であるメラノイジンや香味成分を生成するのだ。例えば、ケーキ。タンパク質を豊富に含む卵や牛乳と、砂糖、小麦粉などを混ぜて高温で加熱すると、元々は白い生地がキツネ色に焼き上がる。これがメイラード反応である。程よく焦げ目の付いた焼き魚、つやつやあめ色のアラ炊き、こんがりと揚がったトンカツ…身近な料理の多くがこの反応によって、よりおいしく仕上がっているのだ。


洋のソースを和に応用可能か?

料理に“香ばしさ”を求めるときに必要なのが、加熱調理によるメイラード反応。しかし、和・洋では、そのアプローチの仕方は異なるようだ。和食では調味料に依存することが多いと先に述べたが、実は醤油や味噌、みりんなどは塩、旨み、メイラード反応生成物で構成されている。つまり和食では、もともとメイラード反応を起こしている“香ばしい”調味料を加熱することでさらに反応を促進させ、香ばしく仕上げることが多い。一方、フレンチでは肉や魚の旨みを加熱によって抽出し、濃縮することで、メイラード反応をゼロから起こし、“香ばしい”ソースを作っている。

では、このフレンチのソース作りを和食に応用してみるとどうなるのだろうか。醤油やみりんを使わずメイラード反応を鍋の中でゼロから起こし、肉や魚のエキスを加熱濃縮した香ばしいタレを作るのだ。
この検証にチャレンジしていただいたのはお二人。『なかむら』の中村元計さんと『リュミエール』の唐渡 泰さん。そして、本企画のスーパーバイザー・農学博士である川崎寛也先生(以下、Dr.川崎)にもお付き合いいただいた。

唐渡さんには「メイラード反応と意識せずとも、いかに焼き色を付けてそれを旨みにするかは絶えず考えていますね」というお馴染みのソースを作っていただく。一方、中村さんには「造りなら焼き霜が好まれるなど、和食でも香ばしさは以前より求められていると感じています。でも、今回はこれでいいのかな?と迷いましたよ(笑)」と、未踏のタレ作りだったようだ。

『なかむら』中村元計さん 『相伝京の味 なかむら』
中村元計さん
180年以上続く料亭の六代目。一子相伝の技を守りつつも、常に京料理に“新しさ”を求める。論理的かつ、粘り強い精神と情熱の持ち主。外国人シェフとの交流も盛んだ。

『リュミエール』唐渡 泰さん 『リュミエール』
唐渡 泰さん
今はなき『ジャン・ムーラン』や仏の三ツ星『ラ・コート・ドール』で修業。クラシックな手法を守りながらも、最新の調理法を巧みに取り入れ、野菜をふんだんに使ったより軽いフレンチを追い求める。


和のメイラード、その可能性

調理場にて、まずは洋のメイラード「魚のジュのソース」を作る。焼いたアラから抽出したジュを煮詰めると、メイラード反応が進み、茶色が濃くなってゆく。この状態では和食にも使えそうな、魚の旨みがぎゅっと凝縮した味わいだ。さらに玉ネギのピュレを加える。
唐渡さん「うちは肉のジュのソースには、牛なら牛、鴨なら鴨を使います。ソースに濃度を付けるのに、バターやクリームではなく、軽さを求めて野菜のピュレを使うのは修業先譲り。魚には玉ネギ、羊や牛にはニンジンのピュレを選んでますね」。

Dr.川崎「それは面白いなぁ! 玉ネギやニンニク、エシャロット、ネギなどは硫黄化合物を含み、加熱するとメイラード反応に影響して肉っぽい香りが出ます。肉にニンジンを合わせるのは、玉ネギの肉っぽい香りを重たいと感じたからでは?」。

他方では、和のメイラード「鯛の香ばしいタレ」作りも進む。つやっと照りの出たタレを煮詰めながら、「これ、見てよ!」と中村さん。メイラード反応が進むにつれ、より茶色く、水あめのように粘ってのびるタレの様子に苦笑いだ。
中村さん「生臭さや余分なものが含まれているなと感じますが、改良の余地は多分にありますね! 例えば甘い蕪と合わせる。褐色のソースの真ん中に真っ白い蕪があるなんてかっこええと思いません? 鯛が実際見えてないのに、味は“鯛蕪”なんです」。
Dr.川崎「それは、究極の料理ですね! 人は匂いからこれまでの体験を蘇らせるものなんです。“プルースト効果”って呼ぶんですが。この香ばしい鯛の香りで、食べ手は自身が今まで味わったうちの最高の鯛を想像するかもしれませんよ」。

洋「魚のジュのソース」 / 和「鯛の香ばしいタレ」

おいしいソースを作るには?Dr.川崎のSuggestion

  • 魚のジュのメイラード反応を促進するなら、身を入れてアミノ酸を追加。ブドウ糖や果糖を少量入れる方法も。糖の中でも、デンプンやショ糖よりもブドウ糖や果糖が反応を起こしやすい。また、メイラード反応の主な促進条件は高温、低水分、中性~塩基性のpHの3つ。
  • 魚の身のタンパク質はおよそ60~70℃で固まり、コラーゲンは60℃でゼラチン化が始まる。霜降りを60℃くらいの温度でゆっくり行えば、血は取り除けるがコラーゲンは保たれる状態になるだろう。身に含まれるアミノ酸の流出も抑制される。
  • より効率的に鯛のエキスを抽出するなら、骨を粉砕するのも。水に触れる表面積が増し、時間がかなり短縮されるはず。

もっと! メイラード反応

  • 「メイラード」とは、この反応を研究した20世紀のフランス人科学者の名前に由来するが、全容は未だ不明。
  • さまざまな香気成分を生成させるメイラード反応には、匂いを消したり他の匂いに矯正する、矯臭効果もある。
  • スピードは緩やかだが、メイラード反応は常温でも進む。常温で保管した醤油の色が濃くなるのはそのため。

加熱の加減が最適な香ばしさを生む

調理を終えて「普段今回のように煮詰めたりしないので、加減が分からず、思った以上に時間がかかりましたね。一日、煮込んじゃいました(笑)。茶色になっていくタレを煮詰めながら、和食は醤油というミラクルソース(笑)とだしの上にのっかっているんだな、と改めて思いました」と中村さん。醤油などの調味料を使うため、フレンチのように旨みを抽出して煮詰める加熱調理をあまり行わなかったようだ。「野菜と魚など、2つ以上の食材を一緒に炊いて味わいを補うことが多いので、それぞれ分けてエキスを取り出せれば、もっと料理の幅が広がりますね。今回のタレ、使えそうです!」とも。唐渡さんも「和食の料理人さんがソースを煮詰めてるって不思議でした(笑)。でも、出来上がったものは、鯛を基本に香ばしさや旨みなど、いろんな風味を封じ込めた新しい味わい。確かに“和”でしたよ」と笑顔を交わした。

また、唐渡さんは「ソースを作るときに旨みが足りないなと感じたら、もう少し煮詰めますね。ただ、その見極めが重要なんです」と言う。その言葉通り、メイラード反応が進み過ぎると「焦げる、炭化」の状態になる。焦がしてしまえば、どんな食材も苦みの出た同じフレイバーに仕上がるので無意味。適切なメイラード反応を起こすことが“香ばしくておいしい”ということに繋がるのだ。

洋のメイラード「魚のジュのソース」。水に焼いたアラを入れた直後はほぼ無色(左)。20分ほど煮出してジュを取り(中)、玉ネギのピュレを加えて(右)ソースに。加熱すると褐色が深まり、メイラード反応が進んでいることが分かる。

和のメイラード「鯛の香ばしいタレ」。左は中骨と水、昆布を24時間煮込んだ状態。さらに煮詰めると写真右のようになる。

調理を要素分解。増える、新しい表現

メイラード反応を使った和と洋のソース。細かいアプローチに違いはあったものの、両者ともフレンチの加熱テクニックを使い、“香ばしい”おいしさを抽出できた。唐渡さんは「今回のように、“調味”“加熱”など要素ごとに分解して論理的に捉えられたら、次の世代に伝えやすい。ソースで使うピュレの素材選択など、なんとなくやっていたことが正しいと分かったり、もう一歩踏み込んで考えることができました」と話してくれた。中村さんも「そうそう、要素が増えると表現が増える。立体的なパズルみたい(笑)」と。

今回の検証を通じて、加熱調理はジャンルを超えて応用できる、その可能性を見出せたのでは?
今後もさまざまなテーマを掲げ科学的に捉え直すことで、もっと調理の幅が広がればと願い…次回へと続く。

『あまから手帖』2010年2月号より転載