料理理科

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どんな素材からもだしは取れる

 海苔、帆立貝、アスパラガスなど、厨房に揃った新鮮な素材全8種。今回はこれらの素材からどのようなだしが取れるのかを検証する。
 だしを取る素材は、右グラフに示したように、アミノ酸の中でも動物にも野菜にも普遍的に含まれているうま味成分、グルタミン酸の含有量の多い食材を選んだ。
 ちなみにうま味成分の代表的な物には、グルタミン酸の他に、イノシン酸、グアニル酸、コハク酸がある。イノシン酸はカツオ節に代表される魚や肉類に、グアニル酸は干し椎茸などのキノコ類に、コハク酸は貝類に豊富である。

グルタミン酸含有量


だし=うま味溶液。その相乗効果を知る

 ここで、“うま味”と“だし”について考えてみよう。だしの研究が専門で、農学博士である川崎寛也先生に今回も手解きいただいた。
 “うま味”とは、基本となる5つの味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)のひとつで、おいしさの重要な要素である。古くはうま味という概念はなかったが、20世紀になってから、昆布のグルタミン酸を基に、日本人研究者によって科学的に実証されたという。
 “だし”とは、うま味成分が豊富に含まれた液体である。だしの素材は“うま味”が多く、安価で生産効率の高いものが今に生き残った。「グルタミン酸が豊富な昆布が身近にあり、短時間で手間もかからずだしが取れるため、日本では昆布が重宝された。もともと日本人が昆布の風味が好きだったというより、使うにつれ次第にそうなったのかもしれません」と川崎先生。和食に欠かせない昆布やカツオ節の歴史は古く、縄文時代から食べられていたようだが、北海道で採れた昆布が京都に運ばれるようになったのは江戸時代、現在のような煙で燻すカツオ節の製造が始まったのも同時期である。
 また、うま味成分は1種類よりも、例えばグルタミン酸とイノシン酸などと組み合わせることで、飛躍的に強く感じられる。これをうま味の「相乗効果」と呼び、科学的に認識される以前から経験的に利用されてきた。例えば、和食のだしでは昆布とカツオ節、フレンチのブイヨンや中華の湯(タン)では鶏などの肉類と野菜など数種の素材を使うことが多い。いずれも昆布や野菜に含まれるグルタミン酸、そしてカツオ節や肉類に含まれるイノシン酸の組合せによる相乗効果で、うま味がぐんと高まっている。川崎先生も相乗効果について、「昆布とカツオ節なら、飛躍的にうま味を強く感じるようになるんです」と話す。

主なうま味成分


加熱せずに抽出し、風味をコントロール

 だしを取る時、鶏を水から入れてコトコト煮たり、湯にカツオ節を入れてさっと炊いたりと、煮出すことが多い。通常、特に肉・魚類のだしを取る工程には「加熱」を用いる。これは筋肉タンパク質を熱によって変性させ、細胞の袋の中にあるアミノ酸を引き出すということだ。しかし、グルタミン酸は水に溶ける性質があり、昆布だしを水出しするように加熱せずに抽出することも可能なはず。そこで今回は「抽出」のみをクローズアップ。素材と水をフードプロセッサーに入れてすりつぶし、ろ紙でろ過するという実にシンプルな方法でだしを取るのだ。
 水での抽出は時間がかかり効率が良くない。でも、素材をすりつぶして表面積を大きくすれば、効率は高まる。「何よりも、加熱しないので好みの風味にコントロールしやすい。抽出しただしにフレッシュさが欲しければそのまま、香ばしさが欲しければ加熱するなど、うま味の濃度や風味の表現が幅広くなります」と川崎先生は言う。
 今回、このだし作りに挑戦していただいたのは、『京都ネーゼ』の森 博史さんと『懐食 清水』の清水俊宏さん。グルタミン酸が豊富なトマトとパルミジャーノを多用するイタリアンと、だしが命の和食。両ジャンルの料理人は「これでいいのかな?」「ろうとを使うなんて、学生の時以来(笑)」と、互いに笑顔を交わしながら、作業にかかる。素材の持つ水分量にもよるが、数分もすればろうとからポタポタとだしが落ちてきた。素材は、基本、生のまま使用した。

『京都ネーゼ』森 博史さん 『京都ネーゼ』
森 博史さん
調理師学校講師、イタリア修業、レストランのシェフなど経て、07年独立。地の食材をふんだんに用い、うま味に満ちた、“京都風の”イタリアンを提供する。

『懐食 清水』清水俊宏さん 『懐食 清水』
清水俊宏さん
ミナミの料亭で腕を磨き、30歳で独立。だしのうま味を大切にする和の本道を守りながらも、常に新しさやちょっとした驚きのある料理を心がける。


8種の抽出だし。それぞれの味わいは?

抽出による8種のだしを森さん、清水さんに味わっていただいた。

●海苔だし
 清水さん「これこれ、グルタミン酸が多いらしくて、興味あったんです。ほんのり黒いですね。海苔の風味が確かにします」
 森さん「旨い! 海の塩が入っているからかなあ」
 Dr.川崎「塩は対比効果により、うま味を強く感じさせますからね」
 清水さん「それにしても、うま味が強いです。カツオだしの代わりに使えるかも!」

●白菜だし(白い部分を主に使用)
 清水さん「少し薄いような…」
 Dr.川崎「薄い場合は加熱して濃縮すればいいですよ。そもそも、水と味が区別できる最低の濃度のことを“閾値”と言います。もし取っただしにグルタミン酸が少なくてうま味を感じられなくても、濃縮して閾値を超えれば、感じられるようになります。さらに濃縮すればするほど、うま味は強まりますよ」
 森さん「これは市販の白菜ですが、例えばうちで使っている石割さんの甘いものを使えば、味も変わりますよね?」
 Dr.川崎「もちろん。生のまま抽出するとそのままの風味なので、素材の質が特に反映されます」

●空豆だし(実を軽く茹でて抽出)
 清水さん「この春らしい香りが好きなんです! 香りを移したゼリー寄せなんかもいいかも」
 Dr.川崎「一般的には青臭いとされている香りはヘキサナールという成分によるもの。これは加熱することで増加し、強く感じられるようになると思いますよ」

●生ハムだし(森さんが富士幻豚に塩をあてて約2週間熟成)
 森さん「塩が利いてますけど、この風味は生かせそうです」
 Dr.川崎「生ハムは熟成している間にグルタミン酸がかなり増えます。熟成1ヵ月半で、約50倍というデータもあるくらい。パルミジャーノにグルタミン酸が多く含まれるのも、熟成によるんですよ」

●ブラウンマッシュルームだし
 清水さん「…これはキツイ」
 Dr.川崎「加熱してみましょう」
 清水さん「あっ、アクのような嫌味がなくなって、うま味が強く感じられるようになりましたね」
 Dr.川崎「フレンチで、マッシュルームを刻んでバターなどで炒めたシャンピニオンデュクセルを使いますよね。あれは加熱によるだしの濃縮をしているようなものです。もし脂分が必要なければ、このだしを使って、あっさりとしたシャンピニオンデュクセルを作ることもできるのでは?」

●ホウレン草だし
 森さん「うーん、ちょっと…」
 清水さん「まさに青汁(笑)」
 Dr.川崎「えぐみであるシュウ酸が含まれていますから。茹でてシュウ酸を減らした後、抽出すればおいしいと思います」

●帆立だし
 森さん「これは美味しいなあ。うま味が強い」
 Dr.川崎「コハク酸もアサリと同様、豊富ですから」
 清水さん「まったく貝のイヤなにおいがないし。このまま薄めて椀物にできそうですね」

●アスパラだし(軽く茹でて抽出)
 清水さん「上品なうま味ですね」
 森さん「肉系に合いそう! これは使えそうです」
 Dr.川崎「アスパラガスの穂の部分には、グルタミン酸と共にアスパラギン酸といううま味成分もあり、うま味を増強するコク味物質も含まれています」

実験1
実験2
実験3
抽出の光景に二人とも興味津々だ。クッキングペーパーなどで漉しても同様のものができる。

抽出した出汁
今回抽出しただし。ブラウンマッシュルームやホウレン草など主張の強い素材の味わいはもちろんのこと、どのだしも素材の味、色や風味がそのまま反映されている。フレッシュさを直に味わえるのが抽出だしの最大の魅力だ。


野菜と海苔のだしを伊・和の料理に利用

 8種の抽出だしの中から、森さん、清水さんがそれぞれ気に入っただしを使い、料理を一品ずつ作っていただいた。
 森さんはアスパラガスのだしをチョイス。「パンチェッタのイノシン酸とアスパラガスのグルタミン酸とアスパラギン酸、うま味の相乗効果を考えて、カルボナーラにします。よくあるアスパラベーコンも実は理にかなった料理なんですね(笑)」。
 さらに、森さんはパスタを茹でる時、いつも湯に昆布を加えている。つまり、グルタミン酸を含んだパスタで料理を作っていたのだ。森さん曰く「昆布を入れると、茹で時間が短くなり、アルデンテが長く保たれる」という利点もあるそう。「昆布にはトロッとした成分であるアルギン酸が含まれています。それがパスタの表面をコーティングするため、アルデンテの状態を保つのでは?」と川崎先生。
 パスタの仕上げにかかりながら、「思っていた以上に、うま味や甘みが強まりますね」と森さん。完成したカルボナーラを味見した清水さんも「旨い! まさにうま味の足し算ですね」とコメントした。

アスパラガスのカルボナーラ 水牛のモッツアレラ添え

 次に清水さんは海苔のだしを選び、「海のもの同士、貝類や海藻と合う! と思ったので、このメニューにしました」。アワビなどの貝類と岩モズクのおひたしだ。調味料を合わせる時、通常は淡口醤油やみりんの他に酢を使うが、今回は海苔の香りが消えると、あえて酢は省いた。おひたしを口にした森さんは、「新しい発見ですね。素材とだしにぴたっと一体感がある! このだしの風味、パスタにも合うかも」と驚いた表情をみせた。

●岩もずくと貝のおひたし
(1)ウスイエンドウのペーストと白玉粉で団子を作り、茹でておく。
(2)岩モズクを茹でて八方だしに浸けておく。
(3)ハマグリを殻ごと茹でて茹で汁に浸けておく。
(4) アワビを約4時間酒蒸しする。
(5)海苔のだしを薄口醤油、みりん、ショウガで味付けする。
(6)1~4を器に盛り、5をかけて、桜の花のゼリー寄せ、トマトを添えて完成。

岩もずくと貝のおひたし

食材の特徴際立つ抽出だしの可能性

 「今回のだし作り、興味深かったです。いろんな食材の、普段捨てている部分をもっとだしに利用できるという可能性も感じました」と森さん。これまでも、アスパラを茹でるときは皮や茎も使っていたという。実は捨てる部分のうま味もうまく利用していたようだ。「京都で店をやっている以上、うま味は常に意識します。懐石料理をしっかり食べた後にワインバー使いするお客様もいますからね(笑)。海苔・昆布など日本の食材はうま味が強いことを再認識しました。イタリアンだからと言って、これを使わない手はない。今度はカツオ節にトライしたいです」。
 清水さんは、「海苔の風味はするけど海苔は見えない料理とかもできそう。“あれ?”とお客様を驚かせてみたいですね」と笑顔で話した。海苔のだしと帆立貝のだしの椀物など、うま味をどう組み合わせていこうか、新しいメニューへ思いは尽きないようだ。
 今回は火を使わずだしを取ったことで、海苔なら風味を生かしてそのまま、アスパラガスなら火を入れてうま味や甘みをより高めてと、料理に合わせてだしを変化させることができた。確かに効率の面では一般的なだし素材に劣るが、それぞれの食材の微妙なうま味に着目すれば料理の世界は広がるのではないだろうか。

『あまから手帖』2010年4月号より転載