料理理科

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 効率のよいエネルギー源であり、素材を高温で加熱できるなど調理性も高い油脂。今回はその油脂について3つの実習を行った。
 この実習に参加いただいたのは、フレンチの『コム シェ ミッシェル』大川 隆さんと、中華の『中国彩膳 にじょう』二條晃一さん。今回も農学博士・川崎寛也先生にアドバイスいただきながら、実習は進んだ。

グルタミン酸含有量


中華の炒め物に油通しは必須!?

●実習1/油通しと湯通し
 チンジャオロースやエビチリなど、色よく仕上がった中華の炒め物。その下処理として、肉や野菜を熱した油にさっとくぐらせ網に取り、パッと油を切る光景はお馴染みだろう。これは“油通し”と呼ばれる中華の技法のひとつである。中華の炒め物ではそれぞれの素材を油通しした後、全ての素材を高温でさっと合わせて完成させることが多い。この油通しには、どのような意味合いがあるのだろう。
 「通常、肉類を炒める時は、下味を付けて150~160℃で油通しし、あらかじめ7割ほど火入れします。また、油によってコーティングされることで、肉がおいしく感じられるんです」と二條さん。高温を操る中華では、火入れは短時間の勝負。油通ししておけば、仕上げでどのような火入れをしたいのかがコントロールしやすくなるともいう。
 「そもそも素材は油通しによってすでにある程度火入れされていますよね。最後は高温で素材をさっと合わせて、調味料をぐっと濃縮させ、香りを立たせるくらい。中華の炒め物は“高温の和え物”とも言えるのでは(笑)」と川崎先生。二條さんも「チンジャオロースは“炒めるサラダ”とも言われています。できるだけ火入れしない野菜の食感が大事なんです」と話す。
 油通しの調理上の効果を考える時、もし、素材に火を入れるためだけならば、湯通しでも同じように仕上がるはず。広東料理では、油通しではなく湯通しすることも多いという。そこで、油通しした場合と湯通しした場合で、「碧玉筍(ヘキキョクチク)と細切り牛肉のオイスターソース炒め」の仕上がりがどのように違うのかを比較。肉と一緒に炒める野菜も同様に油通しと湯通しを分けて行った。
 二條さん「見た目は明らかに違いますね。油通ししたほうが肉は茶色く、赤ピーマンは色鮮やか」。
 大川さん「味も違う! 油通しした肉のほうがジューシーで香りも高い。碧玉筍もシャキシャキしていますね」。
 Dr.川崎「油通ししたほうの肉はメイラード反応が促進し、香ばしく仕上がっていますね。メイラード反応を起こす糖とアミノ酸は水溶性。なので湯通しでは、肉から湯にそれらが抜け出てしまったのかもしれません。また、油のなめらかなテクスチャーが、肉をよりジューシーに感じさせているのかも」。
 油は同じ火力で熱すると水の2倍の速さで高温になる。材料を入れれば湯でも油でも一旦温度が下がるが、油は高温に戻るのが早いので湯よりも調理時間が短くて済む。この火入れの短さが、野菜を色よく食感よく仕上げているのだ。

湯通し 油通し 湯通しと湯通しの比較 オイスターソース炒め ●実習1/油通しと湯通し
碧玉筍と細切り牛肉のオイスターソース炒め

(1)牛肉は細切りにし、醤油、コショウ、卵、片栗粉、サラダ油で下味を付ける。
(2) 碧玉筍と赤パプリカは細切りにする。
(3)1,2を油通ししたもの(右)と湯通ししたもの(左)を用意する。
(4) 3と合わせ調味料(醤油、砂糖、コショウ、スープ、オイスターソース、甘酒)を強火で炒め、仕上げにネギ油をかけて完成。

油通しした肉は湯通しした肉よりも茶色く、味わいもジューシーであった。野菜も色鮮やかに仕上がった。

碧玉筍と細切り牛肉のオイスターソース炒め

オリーブ油をバター化し、優しい火入れを実現

●実習2/オリーブ油・スプレッド
 フライパンの中にバターを入れて熱すると、ほわんとした香りと共にプクプクと泡が立つ。これはバターに含まれる水が蒸発する時、空気がタンパク質に防がれて泡になるという性質によるものだ。この時、フライパンの熱は水分の蒸発に奪われるため低温が保て、素材に柔らかく火を通せる。フレンチのムニエルはこの特性を生かした調理法だ。この“柔らかい火入れ”をバター以外の油脂で再現してみようというのがこの実習。
 「パリでの修業先同様、バターやクリームを控えたヘルシーなフレンチを心がけているので、魚はオリーブ油でソテーすることが多いです」と大川さん。今はメニューにムニエルはないそう。まずは大川さんに、バター状のオリーブ油である、オリーブオイル・スプレッドを試作していただいた。
 そもそもバターは15%の水と0.5%のタンパク質、80%以上の油脂が乳化して成り立っている。そこで、オリーブ油と水に乳化剤であるレシチンを加えて攪拌。常温でスプレッドの形状を保つため、ゼラチンも加えた。油を足しながらハンドミキサーで混ぜていく工程はなんともマヨネーズ作りのよう。
 出来上がったスプレッドをフライパンで熱してみた。すると、バター同様泡が出てきた。ここに塩をした魚を入れ、ソテー。普通のオリーブ油でも同様に魚を焼き、火入れのようすや仕上がりを比較してみた。
 大川さん「実際に焼いてみると、スプレッドのほうが優しく火が伝わっているような気がしますね。庖丁で切った感触もふわっとしています」。
 二條さん「食べてみると、食感が明らかに違いますね。スプレッドのほうが柔らかい!」。
 火入れの温度が高ければ高いほど魚の筋肉はより収縮し、硬くなる。優しく火を入れて魚を柔らかく仕上げたければ、低温を保てるスプレッドのほうが適しているようだ。今回はピュアのオリーブ油を使ったが、ゴマ油や香草オイルなど、どんな油もスプレッドにできるという。
 そもそも香り成分は油に溶ける性質のものが多く、中華のネギ油など油に香りを移すことも多い。「クルミなどナッツの油でムニエルをするなど、香りの料理ができますね」と大川さん。メニューのバリエーションが拡がるスプレッドの可能性に興味津々だ。「バターはフレンチ、ラー油は中華など、油の種類は風味によって決まり、食文化を左右しますよね。でも、このスプレッドを応用すれば、フレンチのムニエルのようなゆるやかな火入れが、どんなジャンルでも応用できるんですよ」と川崎先生は言う。

スプレッドで焼いた魚はほっこりと仕上がった。

『コム シェ ミッシェル』大川 隆さんさん 『コム シェ ミッシェル』
大川 隆さん
リーガロイヤルホテルを経て渡仏。パリの『Ch ez Michel』で3年間修業を積む。帰国後、09年自店をオープン。「魚にはオリーブ油、肉類にはグレス・ドワ(ガチョウの脂)やバターなど、素材によって油脂を使い分けています」。

『中国彩膳  にじょう』二條晃一さん 『中国彩膳 にじょう』
二條晃一さん
神戸のホテルや関西の街場の中国料理店などで修業を重ねる。旬の素材をふんだんに用いた身体に優しい料理をコースで提供。「胃もたれせず、よい食後感をもたらすために、油を入れるタイミングを特に大切にしています」。


湯で溶かしたゼラチンとレシチン、オリーブ油を攪拌する スプレッド オリーブ油

●実習1/オリーブ油・スプレッド
湯で溶かしたゼラチンとレシチン、オリーブ油を攪拌する。ゼラチンとレシチン、湯、オリーブ油の割合は、0.5:0.5:19:80。

スプレッドで焼いた魚はほっこりと仕上がった。ちなみにマーガリンやバターの代用品となるオリーブ油スプレッドは市販されている。


融点を利用した新感覚の“固形油”

●実習3/ ホイップ油
 豚の脂、サンマの脂、サラダ油と、油脂は形状によって呼び名が異なる。常温(20℃)で固体であれば脂(ファット)、液体であれば油(オイル)。油の種類によってその融点は異なるが、オリーブ油なら0~6℃で液体から固体に変わる。「普段忘れてしまっているかもしれませんが、油には融点があります。温度を変えれば形状をコントロールでき、調理の幅が拡がりますよね」と川崎先生。
 その性質を利用し、ドライアイスで凝固させながらオリーブ油をハンドミキサーで攪拌してみた。しばらくすると、空気を取り込み、白くふんわりとしたホイップ状になった。
 大川さん「これだけ見たらオリーブ油とは思わないですね! 常温ではすぐに溶けてしまうのでどうやって提供するかはムズカシイですが、ちょっとした演出に面白いかもしれません。塩を入れてパンに添えてみたりとか…」。
 二條さん「口にするとアイスクリームのようにさっと溶けますね! 軽くて、油っぽさを感じにくいです」。
 Dr.川崎「そうなんです! 食べ過ぎてしまうかもしれませんね。空気が入っているせいか、香りはやや強く感じます」。
 どんな油でも融点より温度を下げれば固体になるが、融点が高い油であればホイップしやすい。サラダ油の融点は低いので難しいが、ゴマ油ならば融点はマイナス3~マイナス6℃なので、ドライアイスの温度でホイップ可能だ。

ホイップ油
●実習3/ ホイップ油
オリーブ油をボウルに入れ、クラッシュしたドライアイスなどで凝固させながらハンドミキサーで攪拌。しばらくすると、空気を取り込んで白く泡立ってくる。見た目はやわらかな白いムースのよう。味わいはオリーブ油そのものだが、空気を含んでいるぶん、エクストラバージンなど香り高い油を使えば、よりその風味を楽しめるだろう。


油脂と胃もたれのメカニズム

 ここで、軽く口あたりいいホイップ油をついつい食べ過ぎてしまった結果、起こるかもしれない“胃もたれ”について、川崎先生にご教示いただいた。
 そもそも油脂はなめらかなテクスチャーや香りのみで、味はないと言われていた。しかし、最近の研究で、舌には油脂を感じる受容体があり、感覚として油脂を認識していることが分かりつつある。この情報は脳に伝わり、快感を生じる。それが油脂の“おいしさを感じる”ということであり、この快感が油脂への執着や常用性をもたらすという。
 油脂を摂り過ぎると胃からの消化物の排出を遅らせ、胃もたれの原因となるのだ。
 「おいしさというのは“今食べておいしい”という、脳内のβエンドルフィンの分泌によるものと、“もう一度食べたい”というドーパミンの分泌によるものの2段階が関わっています。また、食後の胃腸の不快感は、味覚嫌悪学習といって、好き嫌いに大きく影響します。つまり、油脂で胃もたれしないというのは、レストランにとって大切な要素なんです」と川崎先生は話す。さらに、もし油脂のおいしさを感じさせつつも摂取量を減らしたいのであれば、香りをできるだけ立たせ、舌に触れるところにだけ油脂がある状態にするのがよいのでは、と。「仕上げに刷毛などですっと塗ったり、スプレーで最後に噴射することによって、少量の油を効果的に使えるでしょう」。
 今回の3つの実習。何気なく加熱するのに使ったり、素材に混ぜたりしていた油脂という存在を見直すきっかけになったのでは? 加熱媒体として必要なのか、味なのか、香りなのか…。用いる目的を捉えなおすことで、新たな調理法と出合えるのかもしれない。

『あまから手帖』2010年5月号より転載