料理理科 6限目「乳化」を操る

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ボトルに入ったフレンチドレッシング。冷蔵庫から取り出した時は層になってスパッと分かれている。しかし、食べる前にボトルをせっせと振ると、酢と油は混ざり合って濁り、一体化する。この状態を“乳化”という。
 ごくシンプルに捉えると、乳化とは、水と油など本来混ざり合わない液体の一方を微粒子にして他方に分散させること。この細かい液体の粒子を分散相、ベースとなるその周りにある液体を連続相という。水と油の乳化には、分散相が油、連続相が水である水中油滴型(O/W型)と、その逆の油中水滴型(W/O型)がある。前者の代表は牛乳やマヨネーズ、後者はバターやマーガリンなどだ。
 先ほどのドレッシング、振るのをやめた途端、また2層に分かれてしまうのは周知のこと。このように混ぜ合わせただけでは乳化はキープできない。このとき必要となるのが、水と油の境界に作用し、細かい粒子のまま留まらせる乳化剤である。すべてのタンパク質に乳化剤としての働きはある。マヨネーズなら卵黄のレシチン、バターなら乳カゼインといった天然の乳化剤が働くことで、乳化は保たれているのだ。この状態をより安定させるため、添加物としても多種開発されている。

乳化のメカニズム ●乳化のメカニズム

水やアルコールなどの液体、また水に溶ける砂糖や塩などの固体は「親水性」、油脂は「疎水性」というグループ。乳化剤は、その両方の特性を持つことで、乳化をまとめる。水中油滴型の食品は他に、牛乳、生クリームなど。油中水滴型はチーズ、フレンチドレッシングなど。


ガナッシュに見る乳化の効果

では、なぜ料理の世界で“乳化”は必要なのだろう。今回の検証に参加していただいた『ラ・ピエール・ブランシュ』のショコラティエである白岩忠志さんは、乳化の目的を「ショコラに関してはガナッシュの品質を保つことと、口溶けを良くすることですね」と話す。『ラ・ファミーユ モリナガ』の森永正宏シェフは、「フランス料理には、バターなど油脂を使うソースがたくさんあります。油と他の味わいの構成要素を乳化させることによって、出来上がりを均一化します。とろみが付くので、素材に味がのりやすいのもメリット」と話す。今回も農学博士である川崎寛也先生と共に、まずは、お二人に馴染み深い、ガナッシュとマヨネーズの乳化を検証する。

 「ガナッシュというチョコレートクリームは、ショコラティエには欠かせない土台ですから、毎日それこそ乳化、乳化(笑)」と白岩さん。ボウルに刻んだカカオ64%のクーベルチュール(製菓用チョコレート)、バター、トリモリンという転化糖を入れ、沸騰した乳脂肪分35%の生クリームを一気に注ぎ、混ぜ合わせる。その大胆さに川崎先生も驚いた様子だ。
 Dr.川崎「ドレッシングは、油に少しずつ酢を加えて作りますよね。一度に合わせて大丈夫ですか?」
 白岩さん「これが最も分離しない方法なんですよ」
 Dr.川崎「なるほど。生クリームの熱によって徐々にクーベルチュールが溶け、生クリームと混和していく。つまり、そのタイムラグが少しずつ油を入れて乳化させるテクニックと同じなのですね! その原理でいくと、凍らせたオリーブ油を使えば、酢の中に一気に入れて混ぜても乳化できるかも」
 森永さん「それは面白い!」
 ホイッパーを巧みに操る白岩さん。しばらくすると褐色のガナッシュの表面に粘りが出て、つややかになった。どうやら乳化したようだ。「マヨネーズ作りと同じでしょ。フランスでは黒いマヨネーズって言われますから(笑)」。
 ここで、乳化の効果を知るため、あえて分離させたガナッシュと味の比較をしてみた。
 森永さん「乳化させた方が口溶けがいい。なめらかです。分離したものは一体感はないけれど…これはこれでおいしい(笑)」
 白岩さん「カカオの酸味など、素材の個性をより感じるでしょ」
 森永さん「確かにソースなどでも、乳化させた方が油っこさは感じにくいですね」
 Dr.川崎「乳化させて油を粒子にすることで、舌に触れる頻度が減りますからね」
 ガナッシュは、粒子の大きさの加減が命と白岩さんは話す。大き過ぎると口溶けはいいが、ザラザラする。でも小さ過ぎれば、もたついて口溶けが悪くなる。真空の高速ミキサーもあるが、それを使って乳化すると粒子が細かすぎて、望むような口溶けにならないとのこと。程よい乳化がテクスチャーの良いガナッシュを生むのだ。

『ラ・ピエール・ブランシュ 元町店』白岩 忠志さん 『ラ・ピエール・ブランシュ 元町店』
白岩 忠志さん

神戸のパティスリーやホテルなどで修業を積み、ホテルピエナ『菓子'sパトリー』では製菓長に。03年独立。「生クリームとクーベルチュールを乳化させるガナッシュは、ショコラティエによって、口溶けなど望むタイプが異なります。ガナッシュの出来栄えが腕の見せどころですね!」

『ラ・ファミーユ モリナガ』森永 正宏さん 『ラ・ファミーユ モリナガ』
森永 正宏さん

調理師学校を卒業後、『シェ・イノ』で修業。93年渡仏し、『トロワグロ』『ジラルデ』などで腕を磨く。03年より『ミクニナゴヤ』総料理長を経て、『グランメゾングラシアニ』総料理長を歴任。13年にはオーナーシェフとして築80年の京町家を改装した同店を開店。原点回帰をテーマに素材と火入れにこだわり食通の舌を唸らせる。


ガナッシュの乳化 【実験1】ガナッシュの乳化

カカオ64%のクーベルチュールに対して、1割量のバター、1割量のトリモリン(転化糖)を入れ、8割量の生クリーム(乳脂肪分35%)を沸騰させ、混ぜ合わせていく。


ガナッシュの乳化

茶色がカカオ粒子で、白いのが砂糖。乳化状態では、砂糖の粒子が同じような大きさでほぼ均一に分散しているが、分離したものはバラバラ。これは、カカオバターが溶けて、乳化が壊れた時に、砂糖液同士がくっついたためと思われる。




マヨネーズで乳化3変化

続いて、森永シェフによるマヨネーズ。発祥の地であるマヨルカ島で買ってきた乳鉢と、ホイッパー、茹で玉子の卵黄を使っての、3パターンで作る。卵黄に酢、少量の水、塩を加え、少しずつオリーブ油を混ぜていく。同じ配合で作業を進めたが、乳鉢とホイッパーでは、仕上がりに差が出た。
 森永さん「ホイッパーの方が、粘りが出て白く仕上がりました」
 Dr.川崎「乳化させると粘りが出るのは、油の粒子は水に比べると巨大で動きが遅く、水の動きを妨げるためといわれています」
 白岩さん「乳鉢の方がオリーブ油のうま味を強く感じます。ホイッパーは舌ざわりがなめらか」
 Dr.川崎「ホイッパーは混ぜる力が強いため、分散相である油の粒子がより細かで均一になっている。乳化の段階がさらに進んでいるといえるでしょう」
 川崎先生によると、原則は「粒子が小さいほど全体の表面積が大きくなり、香りが鼻の受容体に接しやすくなるため、素材の風味は感じやすくなる」のだそう。顕微鏡写真を見ると、乳鉢のマヨネーズは、オリーブ油の粒子が均一でなく大小がある。ではなぜ、オリーブ油のうま味を強く感じたのだろうか。これは、牧場で飲む精製前の牛乳の脂肪粒子と同じ状態で、粒子が大きいと脂肪を直接舐めたように濃く味を感じるという作用によるものだそう。つまり、酢や卵黄との相乗効果ではなく、オリーブ油単体の風味を立たせたいならば、乳化させすぎないマヨネーズもアリということだ。
 最後に、茹で玉子の卵黄を使ったマヨネーズ作り。そもそもマヨネーズは酢の効果で日持ちするのだが、普段は酢をあまり使わずに作るという森永さんは、卵黄を加熱することで保存性が高まるのでは?と考えていたそう。黄身を丁寧に裏ごしし、酢、水と合わせてオリーブ油を混ぜ込んでいく。
 森永さん「ん、混ざりにくいですね…。でも、なんとしても繋いでみせますよ(笑)」
 白岩さん「あっ、繋がりましたね。でもサラサラしていてドレッシングっぽい。ややセパッ(分離し)てる(笑)。でも、オリーブ油や卵の味が強くて、僕は好きですね」
 Dr.川崎「乳化剤であるレシチンそのものは熱によって変性しませんが、熱凝固した卵黄の粒にレシチンが覆われるため、効果がかなり弱まってしまったのでしょう」。

●【実習2】マヨネーズの乳化
酢、水、卵黄に塩を加え、オリーブ油を徐々に混ぜ合わせていく。これは、水と油をつなぐ卵黄のレシチンがきれいに分散した状態でないと、乳化がうまくまとまらないためだ。 マヨネーズの乳化 乳鉢とホイッパーの写真で、白く見えるのが油。ホイッパーの方が、粒径が小さい。茹で玉子の写真で黄色いのは、黄身のタンパク質が凝固したもの。油滴がいくつか見えるが、これはタンパク質が凝固して、レシチンが乳化剤の役割を果たせなかったためと思われる。


油脂として注目!カカオバター

冬場なら室温で置いておけるチョコレートが、夏場はどろっと溶けてクロスにべったり…なんてカナシイ経験は誰にでもあるだろう。このチョコレートの性質は、32~36℃というカカオバターの融点(凝固点)の高さによるもの。そこで、このカカオバターの特異性に注目。巧く利用すれば、乳化の可能性はさらに広がるのでは──。
 まずは白岩シェフ。「通常ムースには生クリームを使うのですが、果物を合わせると、その風味が隠れてしまうような気がしてて…」と、生クリームなしのチョコレートムース作りに挑戦。溶かしたカカオ40%のクーベルチュールに同量のパッションフルーツのピュレを加えて乳化し、冷やしながらホイッパーで攪拌していく。さて、生クリームなしで泡立つだろうか。
 一度目は失敗。ピュレの量を減らして、再チャレンジすると…。
 白岩さん「よし、今回は大丈夫!ピュレはクーベルチュールの7割が適量みたいですね」
 Dr.川崎「お湯だけでクーベルチュールを泡立てるシェフもいるくらいですから。カカオバターの性質により、冷やすと簡単に固まるので、生クリームに頼らなくてもムースはできますよ」
 このムースをタルトショコラに添え、白岩さんのひと皿が完成。
 川崎先生によれば、ムースにすると空気が分散相として入ることで、連続相のチョコレートやピュレなどの香気成分が揮発して、香りを感じやすくなる。口内の体温で儚く溶けながらも、風味はしっかり感じられるとのことだ。

タルトショコラパッションフルーツとコートジボワール産ミルクチョコレートのクネル

タルトショコラパッションフルーツとコートジボワール産ミルクチョコレートのクネル タルトショコラパッションフルーツとコートジボワール産ミルクチョコレートのクネル
クネル(ムース)は、パッションフルーツとチョコレートの酸味が、通常の生クリームを使ったムースよりは、やや存在感のある口溶けと共に拡がる。しっかりと苦みが感じられるタルトショコラとの相性もいい。添えられたボンボンショコラは“ハワイ”。切り口からも分かるように層になっている。素材の持ち味がより分かり、それが目に見えるようにと、パイナップルとココナッツのカクテルフルーツのジュレとガナッシュをあえて“分離”させた。


油中水滴型のソースに挑戦

さて、お次は森永さん。料理の世界では水中油滴型の乳化液が多いのだが、カカオバターを使って、その逆である油中水滴型のソースを試作するとのこと。通常は煮詰めたフォンと赤ワイン、少しのカカオバターで仕上げるソースを応用した。カカオバターを温めて溶かし、慎重に少しずつフォンを混ぜ込んでいく。しばらくすると、白濁し粘りも出てきた。
 白岩さん「繋がりましたね。でも、これ以上フォンを入れると…ダメな気がするなぁ(笑)」
 森永さん「あっ、もう固まってきた。ソースとしては使えないなぁ。でも、口溶けはいいですね!」
 白岩さん「カカオバター特有の後味はありますけど。これをテーブルで料理の上に雪の様に削って出しても面白いかも。料理の温度でさっと溶けたりして」
 きれいなロゼ色にローストしたピジョン。フォンと赤ワインのソースを敷き、今回作ったカカオバターソース(固体)を天にのせ、森永さんのひと皿は完成した。
 白岩さんは、以前からカカオバターの可能性に注目していたといいう。「温度で形状がすぐ変わり、コントロールしにくい面もあるけれど、だからこそ面白い! フランス菓子の世界では昔から形状を保つために使ったり、最近はゼラチンのように用いることも。揚げ油にするのも手かな(笑)。僕もカカオバターで個性豊かな菓子を提案していきたい」と加えた。

ピジョンのカカオバター風味
【実習2】W/O型の乳化ソースを作る

ピジョンのカカオバター風味 ピジョンのカカオバター風味
クネル(ムース)は、パッションフルーツとチョコレートの酸味が、通常の生クリームを使ったムースよりは、やや存在感のある口溶けと共に拡がる。しっかりと苦みが感じられるタルトショコラとの相性もいい。添えられたボンボンショコラは“ハワイ”。切り口からも分かるように層になっている。素材の持ち味がより分かり、それが目に見えるようにと、パイナップルとココナッツのカクテルフルーツのジュレとガナッシュをあえて“分離”させた。


乳化をしない選択もアリ?

油脂はコクやうま味に繋がるので、料理には不可欠だ。けれど、できるだけ油っこさを感じさせたくない。そんな時、乳化は有用だ。しかし、ガナッシュやマヨネーズの実験で、乳化は素材の存在感を和らげてしまうこともあると分かった。そのため、あえて乳化しない選択もあると森永さんは言う。「例えばガスパチョ。構成要素を分解し再構築すると…。小さなグラスに透明なトマトウォーターとニンニク油。揚げたてのイカ、小さく刻んだキュウリなどを添えて一皿に。見た目の面白さに加えて、各々の素材感は格段に強くなりますよ」と。白岩さんも、ガナッシュは乳化させすぎると風味が鈍くなると感じ、本来ならフルーツを練り込むところを、フルーツジュレとガナッシュのパートに分けたショコラを作っているという。
 乳化によるメリット、デメリットを知ることができれば、今まで当然のように乳化していたものも、乳化の段階を調節したり、一部分を乳化したり、思いきって乳化しないなど、選択肢が増えるのでは? そのことによって、新たな味わいに出合えるかもしれない。

『あまから手帖』2010年7月号より転載