料理理科 11限目「分解と再構築」

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まずは、鮮魚と酢飯のバランスが決め手の寿司を例に、分解と再構築とは何か、を考えてみよう。その起源は、鮒ずしに代表される熟(な)れ寿司、つまり魚と飯を乳酸発酵させたものだとされている。
 「熟れ寿司を、魚と飯と酸味という3要素に“分解”します。そして、魚と飯に酸味をもたらす作業を、発酵ではなく酢酸、すなわち酢を利かせる、という仕事に置き換えます。これを一緒に食べれば、先の3要素が新しい味の相乗効果を放つ。それが“再構築”するということです」。そうして生まれたのが江戸前寿司ではないかと、農学博士の川崎寛也先生は言葉を重ねる。
 このように、料理の進化において、要素ごとに細かく分けた(=分解)後、再度組み立てること(=再構築)は、幾度も繰り返されてきたようだ。肉のジュが染み込んだジャガイモが美味しい「肉じゃが」も、明治時代に、ビーフシチューの甘味や風味を分解&再構築し、砂糖や醤油などで代用して考案されたという。
 川崎先生曰く、料理の分解には2種類ある。“調理の分解”と“素材の分解”だ。熟れ寿司なら、一緒に発酵させていた飯と魚を分けて下拵えするところが“調理の分解”。発酵が生む酸味を酢で代用する、すなわち素材の特定の成分を取り出すことが“素材の分解”だ。
 「分解も再構築もやり方は様々。どうするかは料理人さん次第です。でも目的は同じ、今まで以上に美味しい、という感動を与えることでしょう」と川崎先生は話す。本企画にご参加いただいた『菊乃井』村田吉弘さんと『神戸北野ホテル』山口 浩さんもその考えには同感だ。「素材を分解し、それぞれのジュだけ寒天にして食べる。…それは違うよな。目的のない再構築は無意味。プロは料理で遊んだらあかん」と村田さん。山口さんも「どこまで手を入れるか見極めが難しい。“できるけどあえてしない”選択もテクニックですよね」と続く。
 今回テーマにしたのは、伝統料理の分解と再構築。「筑前煮」と「ポトフ」を題材にしていただいた。普遍的な料理に、いかなる新しいエッセンスが付加されるのか。

『菊乃井』村田吉弘さん 『菊乃井』
村田吉弘さん

京料理『菊乃井』三代目主人。老舗の主でありつつも、幅広い探究心と時代の先端をゆく技術を取り入れる柔軟な姿勢で、関西の料理界を牽引。「科学を知れば、日本料理はもっと変わる。料理人に最も必要なのは“志の高さと大きさ”やないかな」。


『神戸北野ホテル』山口 浩さん 『神戸北野ホテル』
山口 浩さん

神戸北野ホテル総支配人・総料理長。故ベルナール・ロワゾー氏の “水のフレンチ”を受け継ぎながら、常に論理的な観点から料理を作り続けている。「アイデアを形にするために、メカニズムを知ることが重要。ただそれも、あくまで表現したいものがあれば、の話です」。


分解と再構築の考え方

分解と再構築の考え方

分解には2つの考え方がある。一緒に煮ていた素材を、焼いたり炒めたり、別々に扱うことを“調理の分解”。食材が持つ「香り」「味」「食感」から特定の要素を抽出することを“素材の分解”と考える。そして2つの分解を組み合わせるのが“再構築”。新たな美味しさの創造だ。

【筑前煮の分解】各素材に最適調理を

村田さんは、「筑前煮は日本の民族食。鶏のイノシン酸、野菜のグルタミン酸のうま味。それから、日本人が大好きな甘辛の味。香ばしいメイラード反応も魅力やな。でも一緒に煮〆てしまうと、みんな同じ味や」と現状の筑前煮の問題点を捉えた。その解決のため、一緒に煮〆るという調理を分解し、それぞれに最適な調理を施した。
 まずはニンジン。すったニンジンを漉したニンジンウォーターで湯がく。小蕪とキヌサヤはサラダ油とガストロパックに入れて60℃で加熱。ゴボウは八方地と真空パックし火入れする。サツマイモは60℃のスチームコンベクションオーブンに40分間入れた後、温度を徐々に上げて加熱し、100℃までもっていった。小蕪やキヌサヤについて「60℃で加熱すればシャキシャキになります。酵素活性が高まり、細胞同士の接着剤であるペクチンが硬化するからです」と川崎先生。サツマイモについては「約60℃で加熱すると、デンプンを糖化させる酵素が働いて甘くなります。さらに100℃ではデンプンがα化、ホクホクに仕上がりますよ」と付け加える。


【筑前煮の再構築】香りダレがまとめ役に

この筑前煮、最適調理を施した各素材を最後にタレで絡めて一体感を出すのだが、そのタレが独創的だ。柚子や山椒の香りやセセリのうま味などを分解・抽出してうまく付加しているのだ。つまり〝素材の分解〟である。土台となるのはオリジナルの香油と香り醤油。
 実山椒を揚げたサラダ油。青柚子の皮を浸したウォッカ。スライスしたニンニクを漬け込んだ醤油。それぞれに香りを移した後、ニンニクや柚子皮を取り除き、まずは油とウォッカをよく混ぜ合わせる。醤油を加えたら、火にかけてアルコールだけを飛ばす。常温で1日置くとキレイに2つに分離し、姿はなくとも山椒と柚子、ニンニクの折り重なる風味豊かな、香油と香り醤油になるのだ。「アルコールを媒介に、うまく香り成分のみを移すテクニックやな」と村田さん。

 いよいよタレ作り本番。セセリとハチミツは香油で炒め、メイラード反応を促進。香り醤油、酒、だしを加えて煮詰め、セセリの身を取り出して完成。「鶏肉の旨みを分解し、油脂分やコラーゲンなどを抽出。コクもたっぷり」と川崎先生。また具の主役となる鶏肉はこのタレを塗って香ばしく、皮はパリッと串焼きにした。
 最後、香油をひいた鍋に先ほどの野菜や鶏肉を入れ、温めながらタレを絡める。こうして煮合わせることなく、同じタレを各素材に纏わせることで一体感を作るという、新しい筑前煮が完成した。
山口さん「ポトフでやりたかったことがここにあります。素材の味が最適に引き出されて、強い個性を放っている。これぞ再構築(笑)」
Dr.川崎「見た目は筑前煮なのに、食べると何か違うという驚きもいいですね。香油の中の複雑な香りが、口に入れた瞬間、広がります」
村田さん「メイラード反応もよう進んで香ばしいでしょ」
Dr.川崎「メイラード反応はアミノ酸と糖が起こしますが、砂糖よりブドウ糖や果糖が主成分のハチミツの方が、反応しやすいはずです」
山口さん「ニンジンは甘くて、蕪はジューシー。キヌサヤも驚くほどシャキシャキですね」
Dr.川崎「ニンジンは、ニンジンウォーターに溶け出た糖分や香りが追加されたはず。キヌサヤと蕪は減圧調理することで、中の水分と油が入れ替わり、コクというか美味しさが加わったのでしょう」
 調理を終えて村田さんは「日本料理は五味五法と言われるように、料理名に調理法が入るものが多い。焼き物とか炊合せとか。それが調理を縛り付けている側面もある。調理技術が発達した今、この筑前煮みたいに煮ているように見えたら煮物、それでええんちゃうかな」と話す。引き継がれてきた知識や技術は言うまでもなく重要だが、縛られすぎずにもっと自由に調理できることを、この分解&再構築が示唆した結果となった。

筑前煮 ●再構築

赤や緑と色鮮やかだが、見た目は馴染みのある筑前煮のスタイル。“煮”とあるが煮てはいないのが最大の特徴。味わうと、ニンジンの甘さ、小蕪の生のような食感とジューシーさ、青臭くなくシャキシャキしたキヌサヤなど、一口ごとに素材の持つ力を実感でき、驚かされる。山椒、ニンニクなどの多層的な香り、メイラード反応による甘辛い香ばしさ、豊かなコクが重なるタレが、これら個性的な具材を品よくまとめ上げる。

分解と再構築(1)筑前煮
〜調理の分解〜
にんじん ●ニンジン

ニンジンウォーターと昆布を合わせた“ニンジンだし”で下茹でし、持ち味の強調とグルタミン酸の添加を試みた。

小蕪 ●小蕪

60℃のガストロパックにサラダ油と共に入れ、20分間加熱。素材感を残したまま芯まで火を通し、油脂のうま味を含ませた。

キヌサヤ ●キヌサヤ

小蕪と同様に、60℃に設定したガストロパックで5分火入れ。酵素を活性化させ、シャキシャキした食感を生かした。

ゴボウ ●ゴボウ

力強い食感を出すためアクが出る前に乱切りにし、だし、醤油、塩と共に真空に。100℃のコンベクションオーブンで30分間加熱。

サツマイモ ●サツマイモ

コンベクションオーブンで糖化温度の60℃で40分加熱、その後100℃まで10℃ずつ上げ、各10分ずつ蒸す。ホクホクの食感に。

鶏肉 ●鶏肉

まずそのまま皮目から焼いて天然のメイラード反応を起こし、タレ焼きすること3回。皮はパリッ、身はしっとりの理想的火入れ。


〜素材の分解〜 香油と香り醤油 ●香油と香り醤油

左からニンニク醤油、山椒油、柚子アルコール。まず油とアルコールをしっかり合わせてから、醤油を加える。火にかけながら、一気に揮発して爆発しないよう、必ず混ぜながらアルコールを飛ばす。冷ました後、瓶に入れて香油と香り醤油に分離させる。

タレ ●タレ

鶏のセセリをハチミツと混ぜ、フライパンで香油と共に炒める。メイラード反応が起こったら、香り醤油を加えて、さらに煮詰める。酒を回しかけ、アルコール分が飛んだら、だしを入れて軽く煮る。さらに詰めたのち、冷ましてセセリを取り除けば完成。

【ポトフの分解】油脂、苦味、酸味を添加

山口さんは「ポトフは肉と野菜が同時に味わえるけれど、実はどちらも出がらし(笑)。どれを食べても同じ味です。でも今の時代、それはレストランでは耐えられない。だから、味、食感、風味など、ひと口ごとに変化がある、飽きのこないポトフを考えました」と。村田さん同様、野菜、肉をそれぞれ分解しての調理が始まった。特徴的なのは肉の下処理と火入れ、また本来ポトフでは具材にしないフォアグラを使っていることだ。
 「肉はあえて表面に焼き色を付けずに火入れしました」と山口さん。ニンジンや玉ネギなどを炒めて赤ワインでデグラッセした液体と牛肉とを真空にし、56℃のスチームコンベクションオーブンに入れ、中心温度が53℃になるよう3~4時間火入れ、1日冷ました。
 また「油脂分、ポトフによく入っている骨髄の代わりです」とその役割を位置づけたフォアグラ。本来なら溶けるので煮込むことはできないが、今回の表現法なら具材にすることが可能だ。牛乳などの液体と共に34℃でガストロパックにかけ、減圧→常圧を繰り返して血を抜く。さらにピンセットで血管を取り、真空パック。67℃のコンベクションオーブンで中心温度48℃まで加熱。その後、冷やし固めてテリーヌにした。


【ポトフの再構築】ジュを添え脳の中で完成

「味にシャープさを出すため、本来のポトフにはなかった苦味を添加。酸味も同時に加えて、五味を完成させました」と山口さん。細く切ったアンディーブ、オレンジジュース、マンゴープードル(粉末)を常温でガストロパックにかけ、一度常圧にした後、減圧。再構築の際、これをポトフに添えた。「常圧から減圧に変えることで、クエン酸、純粋な酸味が含まれた調味液が生のままアンディーブに浸透しました」と川崎先生は説明する。
 肉、フォアグラ、アンディーブ、それぞれに最適な火入れをしたジャガイモ、大根など野菜を一皿に盛り合わせ、ポトフジュを煮詰めたスープも添えて完成。 村田さん「この肉、ちゃんと火が入ってて、煮たみたいや。香りもいいし、旨い。驚いたわ」
山口さん「赤ワインのマリネ効果。さらに長時間低温調理で熟成も進んでいます。肉のおいしさをぎゅっと詰め込めたと思います」
Dr.川崎「ポトフ本来の“牛肉を煮た香り”がしますね! 肉は表面を焼きたくなるものですが、あえてメイラード反応を起こさないという選択が新鮮。56℃の火入れはかなり低温ですが、離水がほぼ抑えられ、噛むと肉汁が溢れ出ますね。フォアグラはすっと溶けます」
山口さん「ガストロパック効果で血が抜け、毛細血管も取り除けました。通常のテリーヌがよりやわらかく、油脂に近づいたような」
Dr.川崎「減圧によってフォアグラの中の空気や水蒸気が外に出ようとして細胞組織が壊され、やわらかくなったのでは?」
 ポトフの再構築は、スープが素材を繋ぐ役割を持つのだが、山口シェフ曰く「温かいゼリー状なども考えましたが、一つでも分かりやすいものがあった方がいいと思って」、そのままカップに注いで添えた。川崎先生も「新奇恐怖といって初めての食べ物に違和感を覚えるのは人間の本能。斬新な料理ほど、どこかに親近感を備えた方がいいということですね」と話す。
 実は再構築は、鍋、皿の上、口の中、記憶の中など様々なシーンで完結する。このポトフは、スープと具材を一緒に食べることによって、脳の中で再構築されるという。「酸味や苦味も加わり、より進化した再構築と言えるでしょう」と、川崎先生も感激しきりだ。
 本企画を経て山口さんは「ポトフをうまく分解&再構築して紐解けたと。やはり科学は力になりますね」と。村田さんも「作業するだけで何も考えないのは料理の進化を止める。まずは素材、調理含めどんな意味を持つのかをみんなで考える必要がある。食べ手も枝葉をつつかず、料理人のメッセージを広く受け取る。するともっと料理が楽しくなるのでは」と話す。

 科学的背景を知ることによって、調理、ひいては料理全体の可能性を拡げようとした本企画。当たり前に行っていた調理や調味を一歩止まって「何故そうするのか?」と考えることが明日の料理を変える。そのきっかけとなれば、目的は果たせたのでは? 最後に川崎先生からの言葉を届けよう。「素材のどこに感動したのか、それを伝えるのが料理人。一般の人が気づかない魅力を見抜き、調理の中で分かりやすく凝縮する、その手助けをするのが“科学”なのです」。

ポトフ

あえてメイラード反応を起こさず、ポトフらしく煮た肉に近づけるように火入れした牛肉、同様にソテーせずにテリーヌにしたフォアグラのなめらかさが印象的。モダンでクールに見える料理も、カップで添えられた温かいスープと共に食べれば印象が変化。切り分けた肉を噛み締めたり、フォアグラの口溶けやジャガイモの甘みなどを愉しむうちに、スープとの相乗効果が、脳の記憶の中で「これはポトフだ」と認識させる。

分解と再構築(2)ポトフ
〜調理の分解〜
フォアグラ ●フォアグラ

牛乳、水、塩、パン・ド・エピス(ハーブとハチミツの入ったパン)の粉末を合わせた液体と共に34℃でガストロパックにかけ、減圧→常圧を繰り返して血抜きする。ピンセットで血管処理をして真空に、67℃のコンベクションオーブンで中心温度48℃になるまで加熱する。

ジャガイモ ●ジャガイモ

バターで、じっくりと低温でソテー、ホクホクの食感に。熱が入りすぎないように、バターの水分で温度調整する。

ニンジン ●ニンジン

ジャガイモ同様、低温加熱で水分を飛ばし、素材の味、特に甘みを凝縮。水分の多い野菜なので、バターなしでも低温をキープ。

大根 ●大根

こちらも素材本来の味を強調すべく、低温で調理。ニンジンと同じく、一気に熱し過ぎないよう、水分で温度調節する。

ポワロー ●ポワロー

炭火でじっくり焼き上げる。表面は焦げの風味が香ばしいながらも、中は蒸し焼きの状態に。より甘みと苦味を際立たせる。

牛肉 ●牛肉

炒めて赤ワインでデグラッセした野菜でマリネ、真空で56℃のスチームコンベクションオーブンで、3~4時間火入れ。1日寝かせる。


〜再構築〜 アンディ-ブ ●アンディ-ブ

オレンジジュ-スとマンゴ-プードルの液に浸し、0.85気圧の常温で7分、常圧に戻した後、再度減圧して8分ガストロバックに。

ジュ ●ジュ

野菜と肉を煮込んでとったポトフジュは鍋で温め、素材を食べながら口にしやすいよう、小さなカップに入れて提供する。

『あまから手帖』2010年12月号より転載