もっとも覆面調査に相応しいライターの巻

もっとも覆面調査に相応しいライターの巻

覆面調査の現場より

2022.11.30

文・撮影:「あまから手帖」編集部・剱持裕典

「取材させていただく店には必ず事前に食べに行く」というのが、「あまから手帖」編集部のモットー。その覆面調査の裏話をお届けする本連載。第4回目は、ライター・柴田くみ子さんと伺った大阪・福島『ときため』の現場より。

目次

即、場の空気に溶け込むライターとは⁉︎ 素性バレ防止の最終手段はアイコンタクト 素性バラしで驚かれれば、してやったり⁉︎ 店舗情報

即、場の空気に溶け込むライターとは⁉︎

本稿を担当するようになって、改めて覆面調査について考える機会が多くなった。

今までは仕事として、もはや当たり前に近い感覚だったけれど、よくよく考えれば、一般社会の感覚とは隔絶した、ある種“特殊任務”のような気もしてくる。

酒場特集の時などは、真っ昼間から酒を飲むことも多いが、お天道様がまだまだ高い時間帯で、ビールジョッキを豪快にあおれば、店の人から、「今日はお休み?」なんて聞かれることもしばしば。

「絶賛仕事中です」とは答えられず、
語気弱めで「えぇ、まぁ…」と。

正真正銘、仕事をしているのに、
嘘をつかざるを得ない切なさ…。

そのコンマ数秒の呵責を見抜かれ、
お互い気まずくもなる。

でも、得てして酒場には、早い時間から、明らかにサラリーマン風の男女が楽しそうに飲んでたりもして。

要は堂々としてさえいればよいのに、堂々とできないところに、この仕事のやり切れなさというか、もどかしさというか…。

ともあれ、
覆面調査とは文字通り、隠れてなんぼの仕事。
どんな風に思われようが、
お客さんになりきってなんぼなのだ。

で、そういう観点からいえば、ライターの柴田くみ子さんほど、覆面調査に適したライターはいないだろう(と思う)。

食のライター歴はウン十年以上(正確な年数は怒られるから非掲載)、豊富なキャリアを持ちながらも、これみよがしに、料理のウンチクをひけらかすことは一切ないから、食べている時の会話で編集者とライターのペアと悟られることはまずない。

シュッとした店ではシュッとして、
にぎやかな店ではにぎやかに、

とにかく“TPO”をわきまえ、服装や態度はもとより、ややもすると話し方まで変わったりもして、まさにカメレオンのごとく、その場の空気に溶け込んでしまう大先輩のライター様。

そんな、“覆面エキスパート”と共に向かった先は、大阪・福島の居酒屋『ときため』。

ここでも、大ベテランならではの、
鮮やかなテクが炸裂する――。

大阪・福島『ときため』

素性バレ防止の最終手段はアイコンタクト

ライター・柴田さんと共に入店し、案内されたのはカウンターだった。店主に会話を聞かれやすいカウンターは、覆面調査においては難所となるが、柴田さんなら問題ない。

カウンター内でせわしなく動き回る店主の前で、我々の会話が始まる。

自分:「柴田さん、最近俺ドライヤー買って」
柴田:「えぇ、どこの買ったの?」
自分:「ナ〇ケアってやつです」
柴田:「え!? ナ〇ケア!? 私も持ってる~!」

本当に、一般客の、一般客による、一般客になるべく、どうでもいい会話を繰り広げる。ただし、店主が何かを取りにバックヤードに入ると見るや、

柴田:「メニューいいね、和だけでなく色々」
自分:「ですね、幅広い客層にウケそう」
柴田:「生はジョッキと薄グラスから選べる」
自分:「早くもポイント高いすね」

と、ひそひそ声で業務確認。

何かを取って戻ってきた店主に、まずは生ビールのジョッキとグラスで各1杯ずつを告げ、会話に戻る。

自分:「温冷モードで髪ツヤツヤ!」
柴田:「自分それいらんやろ、ガハハ」

まだ一滴も飲んでもいないのに、すっかり酒場テンションの我々。やり過ぎか!? いや、この会話の中、店主が一瞬みせた笑みは決して苦笑ではなかったハズ。好感の方だ。

女将さんがお通しとビールを運んできてくださる。この日は、揚げたてのカニ入りさつま揚げを豆皿で。生のジョッキとグラスがそれぞれの前に並び、柴田さんと目が合う。

柴田:(やっぱ間違いないね)
自分:(ですね、直アポで)

もはや、言葉を交わさずともわかる華麗なるアイコンタクト。

店主の手の空く時間に取材アポや企画主旨をお伝えするとしたいが、その日は満席御礼の盛況ぶり。果たして何時になるだろうと思いつつ、まぁいっかでひとまず乾杯!

大阪・福島『ときため』

素性バラしで驚かれれば、してやったり⁉︎

「いやぁ、同じ会社勤めか何か関連会社のお2人だと思ってました」と、よもやの取材依頼に驚いていた店主・小柳 喬さん。我々としては覆面調査がバレないことは当然であっても、そう仰っていただけたらやはり嬉しい。

なんだか、水戸黄門みたいだ。印籠を「あまから手帖」の名刺と見立てるとすれば、助さんは自分。お忍び行脚で一行を引き連れるご老公はさながら…、いや、それはさておき、

覆面調査の最中でも仕事の話はするため、取材アポの段階で(さすがにこちらの素性はバレずとも)、店主から「食業界の方々だと思ってました」と言われることは多い。

その点、柴田さんとの覆面調査では、今回同様バレないばかりか、驚かれる率が高い。

それはきっと、本当に世間話で盛り上がり、お客さんとして楽しんでいるからにほかならず。

さらにいえば、

そういう雰囲気を作ってくださる柴田さんのお人柄かと。

大阪・福島『ときため』

■店名
『ときため』
■詳細
【住所】大阪市福島区福島6-9-17 レジオン福島101号
【電話番号】06-6451-7710
【営業時間】17:30~22:30LO(ドリンク23:30LO)、日曜・祝日は16:30~21:30LO(ドリンク22:30LO)
【定休日】水曜、不定休あり
【お料理】本日の魚の煮付980円~。焼酎G500円~。

あまから手帖/2022年12月号
バツグン酒場

一年の締めくくりとなるこの時季に訪れたくなるのは少人数でしっとり酔える酒場。料理も、酒も、人もバツグン。個性もきらりと光る酒場を和洋交えて、ご案内します。

Writer ライター

あまから手帖 編集部

あまから手帖 編集部

amakara techo

1984年の創刊以来、関西グルメの豊かさをお届けしてきた月刊誌「あまから手帖」編集部。 旨いものを求めて東奔西走、食べ歩いた店は数知れず。パン一つ、漬物一つ掲載するにも、関西の人気店を回って商品を買い集め、食べ比べる真面目なチーム・食いしん坊。

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