“生涯現役”を掲げる93歳・鮨職人のいる店

“生涯現役”を掲げる93歳・鮨職人のいる店

今月の…お蔵入り

2023.03.09

文:「あまから手帖」編集部・森 千尋 / 撮影:山口謙吾

白い提灯に灯りがともっていたら、営業中のサイン。店は創業59年、阪神・淡路大震災の震度7を耐えた。御年93歳のご主人・石飛正利さんが、ゆっくりと、丁寧に鮨を握ってくれます。ご主人と交わした会話から、こぼれ話をひとつ。

目次

味わい深い鮨とご主人の話 店舗情報

味わい深い鮨とご主人の話

最近固定電話を設置していない店が増えています。やり取りはSNSのDM(ダイレクトメッセージ)で、と言われることも多いです。ネットを頼って「電話番号:非公開」の記載を見ると「さてさてインスタ」とアプリを起動させるのですが、たまにあります。電話番号もInstagramも一切見当たらない店が。

3月号の「神戸のE面」で紹介した「鮨いずも」もその店に当たります。こうなると直接アポイントを取りに向かうわけですが、営業中に伺って話をするだけというのも味気ないし、食べて帰るしか、いや食べて帰るべき。と内なる声に従います。

外観幹線道路の交差点に店が佇む

暖簾をくぐると、鮨屋には珍しい青葉色のカウンターが目に入ります。髪を美しく結った女将さんの横で、「見ない顔やな」なんて表情を隠さずに向けてくるご主人・石飛正利さん。後で聞いた話、店は創業60年近く、ご主人は卒寿を越えられているとのことでした。

「おまかせでお願いします」
「はいよ」
「赤だしあります?」
「…今日から始めるわ」

入ってすぐ、気の置けない店だと分かります。

ご主人、女将さんご主人正利さん、女将一枝さんの二人三脚で営業

平目、剣先イカ、蒸し穴子…おまかせは全部で12貫ほど、3000円というコスパの良さでおいしい鮨をたらふくいただきました。たまにワサビを入れすぎる時もあるそうですが、それもご愛敬。

イカなどご主人との会話を楽しみつつ、時間に余裕のある人向け

ロック漫筆家・安田謙一さんにお薦めされていた赤貝は、おまかせには含まれていなかったので追加注文します。その場でコツコツと殻から剥き、身、ひも、ワタの3種を握ってくださいました。

赤貝3種手前からワタ、ひも、身(赤貝3種)

鮨を一通り握り終えたご主人に「電話は置かれないんですね」と尋ねました。

「生涯現役でいたいからな。混み過ぎたら困んねん」

雑談の中、貴重な話も聞けました。15歳の時に海軍の少年兵として戦場に駆り出され、九死に一生を得たというご主人。生涯現役にこだわります。

「今の時代は自分で道を選択して生きられるやろ。幸せなことやで。生き残ったのも鮨職人になったのも運命なら、全うせなあかんな」

詳しい話は、直接店に行って、ゆったりと鮨を握るその動作を眺めながら耳を傾けて欲しいです。

ご主人、また来るからネ!

■店名
「鮨いずも」
■詳細
【住所】兵庫県神戸市中央区楠町6丁目12−1
【電話番号】内緒

掲載号
あまから手帖2023年3月号『中華の町へ』
おそらく関西の雑誌史上、最もディープに攻めた中華料理特集。「鉄鍋炖」に「第三の王将」…、中華の沼は深いのだ。

Writer ライター

あまから手帖 編集部

あまから手帖 編集部

amakara techo

1984年の創刊以来、関西グルメの豊かさをお届けしてきた月刊誌「あまから手帖」編集部。 旨いものを求めて東奔西走、食べ歩いた店は数知れず。パン一つ、漬物一つ掲載するにも、関西の人気店を回って商品を買い集め、食べ比べる真面目なチーム・食いしん坊。

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