復活米で醸した滋賀『冨田酒造』の「七本鎗 無農薬 無有 滋賀旭」

復活米で醸した滋賀『冨田酒造』の「七本鎗 無農薬 無有 滋賀旭」

地酒党・中本の「今月のイッポン!」

2022.09.20

文:中本由美子 / 撮影:東谷幸一

滋賀らしさと蔵の個性を深め、自然な造りを目指す。『冨田酒造』蔵元杜氏・冨田泰伸さんの新作は、在来種「滋賀旭」を無農薬栽培で復活させて醸した「七本鎗(しちほんやり)無有(むう)」。この一本には“滋賀の風土”が宿っています。

目次

滋賀が大好きな、蔵元杜氏 無農薬米による自然な造りを 在来種「滋賀旭」を復活させて
滋賀『冨田酒造』の「七本鎗」のガラス看板

滋賀が大好きな、蔵元杜氏

「僕ね、地元が大好きなんですよ。東京で働いていた時も、滋賀には~、滋賀って~と、シガシガ言ってましたね」。

数年前、連載『地酒の星』で取材した蔵元杜氏・冨田泰伸さんの、この一言にキュンと来た。長浜市の木之本にある『冨田酒造』は、創業1534年。冨田さんはこの老舗蔵の十五代目だ。

地元が大好きだから、地元でしかできない酒を造りたい。地酒の魅力というのは、そういう想いから生まれるものだと、その時、つくづく思った。

冨田さんが実家の蔵に戻ってまず着手したのが、滋賀県産米を使うこと。兵庫県の特A地区の山田錦がいいことは分かっている。でも、地酒を醸すなら地の酒米で。その強い信念のもと、地元の玉栄(たまかさえ)、吟吹雪(ぎんふぶき)、渡船(わたりぶね)を主体として醸した「七本鎗」は、濃醇な酒として全国に知られる存在となった。

滋賀・木之本『冨田酒造』蔵元杜氏・冨田泰伸さん

無農薬米による自然な造りを

「七本鎗」は、冷酒でというよりお燗して飲みたい、どっしり系の旨口だ。余韻には、穏やかな酸がすーっと伸びて、きれいにキレる。

とはいえ、燗好きに好まれる酒質も、唎(きき)酒の会となると弱い。華やかな吟醸酒が一世風靡する中で、冨田さんの心が揺れたこともあっただろうと思う。それをグッとこらえて、濃醇旨口を貫いてきた。

ブレない酒質を支えたのは、「より地酒らしく」という信念。そこに近年、「より自然な造りを」という想いが加わった。冨田さんは、地元の篤農家と無農薬栽培に取り組む。 そして2010年、「無有(むう)」が誕生。農薬を“無”くすことで、農家と酒蔵の想いがこもった新たな価値“有”るものを生み出したい。酒の名には、そんな想いが込められている。

滋賀『冨田酒造』の「七本鎗 無有」右が、無農薬栽培の玉栄で醸した「無有」(2020年撮影)。

在来種「滋賀旭」を復活させて

無農薬栽培の酒米を手にしたことで、冨田さんの「自然な酒造り」は急速に進化した。昔ながらの伝統的な手法である山廃や生酛(きもと)、蔵付き酵母、木桶仕込み…と、次々精力的に取り組んでいく。

滋賀『冨田酒造』の仕込み風景

40代の行動力はすさまじく、毎年のように新しい酒がリリースされる。もうさすがにやり尽くしたのでは?と思っていた今年、ふと手に取った「無有」のラベルに見知らぬ文字を見つけた。

滋賀旭。酒米の名前のようだが、聞いたことがない。それもそのはず、何十年も姿を消していた在来種米だという。すぐさま購入し、冨田さんに電話をかけると、「種もみを手に入れて、復活させたんですよ!」と弾んだ声が返って来た。

ただでさえ大変な復活米の栽培。それを無農薬で、という冨田さんの情熱は、地元の3軒の農家に届いた。『みたて農園』『くさおか農園』バージョンが、今年リリース。『お米の家倉(やぐら)』も無農薬栽培にチャレンジするという。

「交配によって作られたのではない昔ながらの在来種には“滋賀の風土”が宿っている」。 そんな想いで冨田さんが醸した「七本鎗 無有 滋賀旭」は、とても無垢な味わいだ。立ち香には乳酸のニュアンス。米の旨みはやわらかく、それでいて厚みがあり、すーっと自然にキレていく。

滋賀『冨田酒造』の「七本鎗 無農薬 無有 滋賀旭」七本鎗 無農薬 無有 滋賀旭 720㎖2420円、1.8ℓ4400円。無農薬米で醸す「無有」の「滋賀旭」シリーズ。『みたて農園』バージョンを7月1日リリース。続いて『くさおか農園』編を発売と、農園の個性も醸し分ける。前者はまるさが、後者は軽快さがあり、飲み比べると違いは歴然だった。

●冨田酒造 a0749・82・2013http://www.7yari.co.jp/

あまから手帖/2022年10月号
クチコミ、北摂
北摂グルメを総力取材した本号。「七本鎗 無農薬 無有 滋賀旭」の記事は、後半連載「今月の飲み頃」にて。

Writer ライター

中本 由美子

中本 由美子

Yumiko Nakamoto

和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉~WA・TO・BI」編集長。「あまから手帖」編集部に1997年に在籍し、2010年から12年間、四代目編集長を務める。お酒は何でも来いの左党だが、とりわけ関西の地酒を熱烈に偏愛。産経新聞夕刊にて「地ノ酒礼賛」連載中。

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