150年ぶりの復刻ブランド! 兵庫『山名酒造』の「千歳(せんさい)」

150年ぶりの復刻ブランド! 兵庫『山名酒造』の「千歳(せんさい)」

地酒党・中本の「今月のイッポン!」

2023.03.07

文:中本由美子 / 撮影:東谷幸一(造りシーン) / 画像提供:山名酒造

創業は享保元年(1716年)。兵庫県丹波市の『山名酒造』で当時から幕末まで醸されていた「千歳」が、令和の世に蘇りました。十二代目の山名洋一朗さんはまだ32歳。若き情熱で復刻させた新ブランドはキュンとくる味わいです。

目次

奥丹波に木桶がやって来た 江戸時代の造りを再現しよう! けなげで、初々しい“今の味”

奥丹波に木桶がやって来た

兵庫『山名酒造』の木桶

この雪の日の画像がFacebookにアップされたのは、2022年1月14日。
「奥丹波の地にまっさらな木桶がやってきました」という一文が添えられていた。

その投稿をフォローした蔵元の山名洋一朗さんは、「今年から千歳シリーズは製造量数倍になります。頑張ります」と決意表明。
これはぜひとも飲まねば!と、新酒のリリースを心待ちにしていた。

「千歳」は、『山名酒造』の創業時である江戸時代中期から幕末まで醸していた銘柄だ。
明治期になると「萬歳(ばんざい)」が主力となり、1990年代まで醸していたが、日本酒は低迷期に突入。地酒はこれまで以上に差別化が求められるようになる。

そこで先代は、より地酒たるべし、と新たなコンセプトの酒を生み出す。「地元の山田錦で、丹波杜氏が造る吟醸酒」をテーマに生まれたのが、今の主銘柄「奥丹波」だ。

「千から萬(万)、そして奥(億)へと進んできたので、次は“兆”かな、と思っていたんですが(笑)」。
2021年、十二代目を継ぐにあたって山名さんは、あえて「千歳」復活の道を選んだ。

「江戸時代と同じように、木桶を使った生酛(きもと)仕込みで造らないと意味がないと思ったのですが、うちでは木桶は50年以上使っていなくて…。新調しないといけないし、大変な挑戦ではありました。木桶仕込みのやり方も、昔の丹波杜氏が残した記録を辿って調べるところから始めました」。

兵庫『山名酒造』の上槽(搾り)2020年9月号連載「地酒の星」の取材では、「奥丹波」の搾りに密着。「日吉式」という上槽機を使った手間のかかる作業だ。

江戸時代の造りを再現しよう!

山名さんが、生家である酒蔵に入ったのは、2017年。
蔵では、丹波杜氏組合の会長も務める70代の青木卓夫杜氏が醸造を指揮していた。関西のみならず、全国に名の知れた名杜氏の下で、27歳の山名さんは酒造りの技と精神を学ぶ。

そんな中で、少しずつ芽生えていったのが、「千歳」復活の夢だった。
「生酛仕込みは、丹波杜氏が生み出した技だと知って、やってみたい!という想いがより強くなりました」。

「奥丹波」は青木杜氏がしかと酒質を守ってくれている。
だからこそ「千歳」は、青木杜氏に頼らず、自分の手で醸してみたい。小さな木桶で、密かに生酛仕込みを試し始めたのは4年前のことだった。

江戸期の酒造りに近づけるため、酒米は85%精米と、低精白に。地元の自然栽培の山田錦で醸したその酒は意外や好評で、「ちょっと光が見えました!」と山名さん。

木桶は発酵に3倍ほどの日数がかかる上、温度管理が難しく、ましてや乳酸菌を添加しない生酛仕込みでトライするとあって不安は尽きない。大きな木桶での実験醸造も行いながら過ごした4年間は、プレッシャーと戦う日々だったと言う。

初仕込みは2021年。そして同年6月、「千歳」は150年の時を経て、令和の世に蘇った。

兵庫『山名酒造』外観

けなげで、初々しい“今の味”

なんて初々しい味わいなんだ!
「千歳」の「愛山」バージョンを飲んだ瞬間、脳裏に浮かんだのは、生まれたてのバンビ。けなげに4本の足で立とうとする、あの姿だ。

線の太い酒質ではない。味わいのボリュームも軽い。
口に含むと乳酸のニュアンスに続いて、キュンっとくるような酸。優しい甘みとやわらかい苦みがバランスを保っていて、いじらしさを感じる。

「愛山だけに、ラブリーな酒質でしょう」と山名さんがおどける。
おぉ、まさに! 繊細で、愛らしい。そんな酒質ゆえ、できれば口明けの一杯として味わっていただきたい。お相手は、肉より、魚より、野菜がいい。お浸しや和え物、これからの時季なら山菜の天ぷらで一献というのもオススメだ。

『山名酒造』は「農家さんごとの個性を尊重した酒造り」をモットーとしているので、「千歳」もバックラベルには酒米の生産者名が記されている。

兵庫県原産の酒造好適米だけを使った展開で、現在はこの「愛山」の他に、キング・オブ・酒米の「山田錦」、半世紀前の絶滅から復活を遂げた「野条穂(のじょうほ)」、新品種「Hyogo Sake 85」がある。

「木桶を使って生酛でというと、古臭い酒をイメージされそうですが、僕が目指しているのはモダンな味わい。伝統の手法に、現代の技術や品質のいい酒米を用いることで、“今の味”を生み出したいと思っています」。

山名さんは現在32歳(若い!)。柔和で、穏やかで、ハンサムな好青年だが、酒造りを語り出すと、熱い。その気骨で醸した「千歳 ルネサンス」シリーズは、乳酸菌だけでなく、酵母も無添加で挑んでいる。次の1000年に向けて──。山名さんは力強く歩んでいく。

兵庫『山名酒造』の「千歳」シリーズ「千歳」シリーズは、兵庫県原産の酒米のみを使った、木桶による生酛仕込み。酒米の作り手をバックラベルに記し、他の米とブレンドしないというのも『山名酒造』のモットーだ。左から、「野条穂(のじょうほ)」「愛山」1870円、「Hyogo Sake 85」1485円、「山田錦」1980円。720㎖の価格。
無農薬・無化学肥料で栽培した酒米を低精米し、酵母も無添加で醸した「千歳ルネサンス」も発売。
●山名酒造 ℡.0795・85・0015 https://www.okutamba.co.jp/

Writer ライター

中本 由美子

中本 由美子

Yumiko Nakamoto

和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉~WA・TO・BI」編集長。「あまから手帖」編集部に1997年に在籍し、2010年から12年間、四代目編集長を務める。お酒は何でも来いの左党だが、とりわけ関西の地酒を熱烈に偏愛。産経新聞夕刊にて「地ノ酒礼賛」連載中。

Related article 関連記事