兵庫『富久錦』の「下天の夢」がブラッシュアップしていた!

兵庫『富久錦』の「下天の夢」がブラッシュアップしていた!

地酒党・中本の「今月のイッポン!」

2023.07.04

文:中本由美子 / 撮影:東谷幸一(造りシーン) / 画像提供:富久錦

無垢でクリアで、優美。20代半ば、「別次元の酒!」と感動した兵庫・加西『富久錦』の「下天(げてん)の夢」。1980年代に“純米酒のしずく取り”に挑んだ酒は、四半世紀を過ぎた今、密かに大きな進化を遂げていました!

目次

“純米しずく取り”の先駆 搾る前の、ピュアな滴々 ボディ感が増したワケ 店舗情報

“純米しずく取り”の先駆

兵庫『富久錦』の「下天の夢」を始めて飲んだのは、20代の半ば。1990年代だった。

香り豊かな吟醸酒が花盛りの時代で、実はそっち系はちょいと苦手だった私は、花の20代を濃醇旨口な酒を片手に過ごしていた。「下天の夢」は香り系でもなく、どっしり、ガツンな濃醇系でもない。ちょっと次元が違う酒だな。そんな印象だった。

口当たりはシルキーで、柔らかく、心地よし。優しく美しく、五味のうち何かが突出することなくバランス感に富む。行きつけの酒場で知り合った左党の先輩が「カンペキやな」と感嘆して、スイーッスイーッと飲んでいたっけ。

先日、蔵元の稲岡敬之さんと飲む機会があり、「下天の夢」は時代を先駆けて“純米酒のしずく取り”に取り組んだ酒だったことを知り、今さらながらに驚いた。年明けのリリースなので、在庫はわずかと承知の上で、どうしても紹介したい!と今月のイッポンに選ばせていただいた。

兵庫『富久錦』蔵元・稲岡敬之さん、『富久錦』出麹風景。2020年6月号の連載「地酒の星」から。左/蔵元の稲岡敬之さん。「純青(じゅんせい) 生酛(きもと)純米 桶」を手に(ラベルは当時のもの)。右/麹室からできたてホヤホヤの麹を出す、出麹(でこうじ)の風景。

搾る前の、ピュアな滴々

「下天の夢」の初リリースは1988年。当時、“純米酒のしずく取り”は斬新なチャレンジだった。

しずく、というのは、酒を搾る最初の段階で出てきた酒のこと。 米が溶けて発酵したどろどろの状態のもろみを漉すのが、搾るという作業。酒を袋に入れて重ねたり、並べたりして、圧搾するのが一般的だ。

その最初の段階。まだ、圧搾をかける前。もろみを袋に入れると、酒が滴り落ちる。この滴(しずく)を取ったものが、しずく取り。「うちでは20年前まで、酒袋を木にぶら下げて、ぽたぽた落ちてきた滴を集めていたそうです」。

これは「袋吊り」と呼んで、大吟醸の中でも、鑑評会出品酒など特別な酒を搾る時だけに用いる手法。酒袋を重ねて圧搾すれば時間を短縮できるが、ぽたぽた落ちてきたものを気長に集めるのだから、手間も暇も驚くほどかかる。

それを純米酒でやろうなんて、酔狂だ。というワケで、当時、日本酒党の間で話題騒然となっていた。

兵庫『富久錦』外観『富久錦』の敷地内には、ショップ&レストラン『ふく蔵』があり、主銘柄「富久錦」「純青」や地元の優れた調味料、工芸品などが買える。レストランでは、バスク風チーズケーキ付きの「特別ふく蔵弁当」2695円などが楽しめる。

ボディ感が増したワケ

発売から四半世紀が過ぎた現在、「下天の夢」は当時のままの造りなのだろうか? 蔵元に聞いてみたらば、やはりアグレッシブな稲岡さんのこと、造りを見直し、ブラッシュアップしていた!

以前は、しずく取りした酒のアルコール度数が高かったため、加水していたという。「もろみに使う水の量を調整し、アルコール度数15度で仕上がるよう調整しました」。つまり、現在は加水なし。まさに生まれたての無垢な酒をそのまま瓶詰めしているのだ。

山田錦の精米歩合も70%に変えた。地元・加西で育てた米を、なるべく削らずに低精白で使い、蔵の井戸に湧いた水で、地元の味を表現する。それが、稲岡さんの酒造りの信念だからだ。

久しぶりに飲んだ「下天の夢」は、清(すが)しい味わいだった。 透明感があって、端正で。そこに、米の旨みのふくらみ、ボディ感が新たに備わったように感じた。

「人生五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」。天界の時間と比べれば、人の世の50年など夢幻のように儚い。「下天の夢」は織田信長が好んだこの句にちなんで、先代の杜氏が名づけたそうだ。

稲岡さんは、現在50代。「理想のカタチに年々近づいている」と手ごたえを感じながら、「下天の夢」の続きを生きている。

兵庫『富久錦』の「富久錦 特別純米 下天の夢」首掛けラベルがトレードマークだが、瓶のボトムにもご注目。地元・加西市で育てた山田錦だけを使って醸していることが記されている。

兵庫『富久錦』の「富久錦 特別純米 下天の夢」「さすがに袋吊りはしていませんが(笑)」と言いながら、搾りの最初の段階で滴り落ちてくる酒だけを瓶詰めした「しずく取り」はそのまま。地元産山田錦を70%精米で醸した特別純米。米の旨みに溢れた、雑味のないクリアな酒質。「富久錦 特別純米 下天の夢」720㎖1760円、1.8ℓ3520円。
●富久錦 ☎0790-48-2111
【公式HP】http://www.fukunishiki.co.jp/
【Instagram】https://www.instagram.com/fukunishiki/?hl=ja
【Facebook】https://www.facebook.com/profile.php?id=100063714245474

■店名
『ふく蔵』
■詳細
【住所】兵庫県加西市三口町1048
【電話番号】0790-48-2005
【営業時間】10:00~18:00(レストラン:ランチ11:30~13:30LO、カフェ14:00~16:00LO)
【定休日】正月のみ
【お料理】揚巻き湯葉ととうふのお膳1870円(バスク風チーズケーキ付き2255円)、和風ローストビーフの膳1980円(バスク風チーズケーキ付き2365円)。
【公式HP】http://www.299.jp/
【Facebook】https://www.facebook.com/fukukura
【Instagram】https://www.instagram.com/fuku_kura/

Writer ライター

中本 由美子

中本 由美子

Yumiko Nakamoto

和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉~WA・TO・BI」編集長。「あまから手帖」編集部に1997年に在籍し、2010年から12年間、四代目編集長を務める。お酒は何でも来いの左党だが、とりわけ関西の地酒を熱烈に偏愛。産経新聞夕刊にて「地ノ酒礼賛」連載中。

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