狭小席にハマり込んでの串酌、京都・裏寺町『焼鳥 熾(おこし)』

狭小席にハマり込んでの串酌、京都・裏寺町『焼鳥 熾(おこし)』

河宮拓郎の「ひとり居酒屋放浪記」

2023.01.20

文・撮影:河宮拓郎

狭いところにハマり込んでは「あ、しあわせ」と呟くウサギが出てくる4コマ漫画があった。左右のお客に仁義を切り切り『焼鳥 熾』のカウンター席に肩すぼめつつ割り込めば、そんな古い記憶がよみがえる。趣味のいい酒場が軒を連ねる柳小路にあっても、この店が発する引力は強い。今宵はどんな酒、鶏にハマってしあわせを探そうか。

目次

意外な生酒燗で先制パンチ 酒と相寄り添うおまかせ焼鳥 店舗情報

意外な生酒燗で先制パンチ

引き戸を開ければ目の前のカウンターは7席。我が予約席を挟む両翼で先客は楽しそうにやっていて、表の冷気と一緒に割り込むのにはやや思い切りが要るけれど、入らなければ始まらない。すんませんね、すんませんと、席にひとまずちんまり沈む。あとは鶏と酒で左右に追いついて、空席などなかったかのように馴染んでしまえばいい。

主の木村高行さんは土佐備長炭の炭台にかかりきりでいかにも忙しそうだが、注文したそうな素振りをすれば目ざとく声をかけてくれて、仮に一見の客であってもモヤモヤさせることはない。

「今日は?」
「えー、まずはIPAのオススメと、ポテサラを」

やっぱり真冬でも、1杯目の泡はほしい。プァー、やっぱこれだ。ビールは残しておいて日本酒の合いの手にしてもいいし。あれ、でも、アメリカはシェラ・ネバダ産のこのビール、7度もあるな…。ま、えっか。

店主の木村高行さん店主の木村高行さん

ここのポテトサラダ、ササミの燻製香と半つぶれのポテトがよくよく泡とアルコールを吸ってくれるのだ。IPAはちょいとトロピカルな風味が強くって、もっとキリッと苦くあれと思わなくもないが、来る酒を拒まぬポテサラの懐は深い。

ビールとポテトサラダササミ燻製ポテトサラダ(550円)と、付出しのもろみ野菜。ビールは「シェラ・ネバダ リキッド・ホッピネスIPA」(355㎖缶950円)。これらと取り皿で、奥行き40cmほどの卓上、その一人分の幅はそこそこ埋まってしまい、写真の撮りようには大いに苦労する…。

「気張って3合飲みますから、燗をお任せで。前も言いましたが、そこに並んでる酒はぜんぶ好きです」

燗酒の注文は1合から。「そこ」とは、キッチン壁面の常温酒の棚。換気フードに隠れてラベルの下の端くらいしか見えないが、「…の…ぶ」「…鹿」「…旭日」「…置櫻」(あとで正解写真を載せます)。声に出して読みたい燗のための酒がズラリ10本ほど…。

だけではもちろんなく。
ここのお手洗いは靴を脱いで滑りやすい階段を上がった2階にあるのだが、その畳敷きの座敷には「磐城壽」やら「るみ子の酒」やら「剣菱」やら、ここで寝たらさぞいい夢が見られそうな数十本の酒瓶の森が。
というわけで、さだめしそのあたりから見繕ってくれるのだろうと予想していると、カウンターの目隠しの上にデンと置かれた一升瓶は、滋賀「北島」。ん? お隣さん用の酒かな、と思ったら私ので、こりゃ意外。

「あまり燗のイメージはない酒ですよね。でもこの完全発酵シリーズは、生酒だけど温めるといいんです。塩味やゴマ油、ポン酢との相性が特に」

上燗をチビッといくと、おおっ、ぶっとい旨み。ゴマ系の香ばしさを漂わせつつ、ちょっとトサカの立った若々しさも感じさせ、ウーン、1本目にこれは…巧いなァ。

酒と相寄り添うおまかせ焼鳥

いざ焼鳥へ。これもむろん「鶏以外も適当に混ぜてもらって、10本」と他力本願を決め込む。
焦げ目を一切まとわず、真白に火を入れた「さび」ことワサビを戴いたササミが、一番槍ならぬ一番串。中はいわゆるロゼ色の半生ながら、ほくほくとした温みは芯まで伝わっている。

そこへ、次の1合の予告として目隠しにドン、の酒瓶は、おっ、島根「玉櫻」の、えっ、純米大吟醸?ラベルをひっくり返せば、精米歩合は確かに50%とある。いわずもがな純米メイン、純米吟醸すらあまり見かけない銘柄に、こんな酒があったのか。

「僕も最近知ったくらいで。でも、やっぱり『玉櫻』ですから、普通の大吟醸とはだいぶ…」
「違わなきゃ嘘ですよね」

程よく黄色いそれをクイッ。笑ってしまう。まったき「玉櫻」の熟成の味だ。よく見れば製造年月は2018年3月とある。
おっと、鶏を忘れていた。お次はハツ。血肉のジュを満々と湛えながら、噛みしめるまで漏らさず待っていてくれる。
溢れたそれとぬる燗の「玉櫻」を合わせれば、これはケシカラン。どちらも冷めぬうちに退治せねば松尾さまに申し訳が立たない…と思ったが、酒のほうは少し冷めてくると、なるほど大吟醸ニュアンスはこれか、のふわっとキレていく品のよさも。なんだよ、燗冷ましもイケるのかと。

焼き鳥4品左上からZ字の順で出てきた、焼鳥前半戦の4串。さび(240円)、ハツ(200円)、ねぎま(240円)、京丹後産大黒本しめじ(250円)。椎茸サイズのシメジがまた、キノコのたっぷり濃厚果汁を「玉櫻」純米大吟醸(1合1000円)と溶け合わせ、次の串への舞台転換を保たせてくれる。

さらにねぎま、本しめじと、ここまで塩。食材そのものの健全な旨みを楽しんだところで、次がタレの背肝。
タレを軽く焦がした軽い苦旨みと背肝の苦甘い野趣が相まって、心地よい転調を告げる。塩の砂ズリ、セセリと、タレのキモ、塩のかしわ(モモ)とフィナーレへのステップは早まっていき、最後に!これでもかとタレを黒々まとった厚揚げで10本劇場閉幕。オシャレやわ。

この後半戦のうちに、なんとか3合目に辿り着き(7度のビールが地味に効いて、いまいちペースが上がらなかったのだ)、出てきたのは島根「十旭日(じゅうじあさひ)」純米原酒改良雄町70(1合1000円)。特有の甘い熟成香と、原酒ならではの、しかし重すぎない呑みごたえが、塩もタレもまとめて相手してくれる。

木村さんは加水燗をおこなう人であるし、燗が仕上がったかどうかは、試飲用の浅い猪口にほんの半口、それを含んで確認している。気も遣うし肝臓も使うし、たいへんな仕事だなァと思いつつ、出てきてすぐがバッチリ旨い燗を実現するに、これがとても有効な方法であるのだろうから、やめてしまわれても困る。よろしくお願いします。

焼き鳥6品左上からZ字の順で出てきた、焼鳥後半戦の6串。背肝(240円)、砂ズリ(200円)、セセリ(240円)、肝(220円)、かしわ(もも・280円)、厚揚げ(200円)。タレ焼きにはつい卓上の粉山椒を振りたくなるが、個人的には山椒なしのほうが酒に合うと思う。

スローペースから、酒がだいぶ残ってしまった。といって、おなかはほぼ一杯。

「ちびちびつまめるアテってあります?」
「こんなのは?」

出してくれたのは、子イワシのオイルポン酢と気仙沼産子持ちイカの半量ずつの盛合せ。
鶏は文句なく旨かったが、海のもので舌が変わればやっぱり新鮮に旨いし、ナチュラルに酒に添う潮気の有り難みも沁みる。鶏を看板にしながらも、酒に合うものを広く揃えて左党を愉しませたい、という木村さんの思うところが、改めて見直した品書きから伝わってくるような。酔いのうえの見当違いかもしれないが。

子イワシのオイルポン酢と気仙沼産子持ちイカの半量ずつの盛合せ子イワシのオイルポン酢(1人前500円)と気仙沼産子持ちイカ(1人前750円)の半量ずつの盛合せ。イワシの干物を煎って、米油とポン酢に浸したイワシ、旨し。家で真似しよう。

注文の波が引けて、少し手が空いた木村さんと酒の話をするうち、話題にのぼった愛知「敷島」や宮城「山和」を、呑んだことないならぜひ、と味見させてくれる。
嬉しいのだけど、もうへべれけ間近のバカ舌だ。それでも、どちらも冷酒で呑んでさえ「十旭日」に引けをとらない存在感、凝縮感であることは伝わってきた。

勘定は7000円台後半。ちょいと呑みすぎたか。卓から身体を引っこ抜くように立ち上がってみれば、今の今まで「あ、しあわせ」だったことがよく分かる。
ただ、私のような酒樽体型が長時間座っていると、両隣に迷惑をかけぬよう常に軽くしゃっちょこばってしまうので若干肩は凝る。今度は試みに、開店早々のおやつどきから知り合いをひとりかふたり連れてきて、2階のちゃぶ台にあぐらで陣取らせてもらおう。

酒棚前半でほのめかした酒棚の揃えはこんな感じ。やや燗酒オールスターズ的に過ぎるかと思われた向きは、手洗いがてら酒瓶の森を見渡しに階上へどうぞ。

■店名
『焼鳥 熾』
■詳細
【住所】京都市中京区新京極通四条上ル中之町577番地12
【電話番号】075-275-1317
【営業時間】15:00~23:00
【定休日】木曜、不定休あり
【お料理】地鶏の磯辺揚げ680円、とりわさ茶漬け650円。日本酒は1合850~1000円前後が中心。
【公式サイト】http://www.yakitori-okoshi.jp/
【Instagram】https://www.instagram.com/yakitori_okoshi/

掲載号
あまから手帖/2021年4月
日本酒アップグレード

Writer ライター

河宮 拓郎

河宮 拓郎

Takuo Kawamiya

食中に向く日本酒および酒呼ぶ肴を愛するが、「この酒、旨いわ!」「それ、前も同じテンションで言うてたで」を頻発させる健忘ライター。過去に取材した居酒屋は、数えていないがおそらく100軒には届かず。しかし、ロケハン(店の下見)総数はその数倍。それが「あまから手帖」。

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