技を凝らした滋賀の酒食に酔える店。京都・荒神口『お料理とお酒 ふくら』

技を凝らした滋賀の酒食に酔える店。京都・荒神口『お料理とお酒 ふくら』

河宮拓郎の「ひとり居酒屋放浪記」

2023.03.22

文・撮影:河宮拓郎

センセイがた、学生さん、住んでる人が、いい塩梅で混じり合う京都・荒神口界隈。ここに、小さな暖簾を掲げる人気の店がある。屋号は『ふくら』、その肩書きには「お料理とお酒」。この言葉に、酒場ライターは職業柄、惑うのだ。ここは居酒屋かい? 割烹かい? その答えを得られるときが、ついに訪れた。

目次

「味は割烹、値は居酒屋」、その本来はこういう店かと思う 店舗情報

店主の村田光宏さん割烹をはじめ、和食・寿司店や居酒屋で腕を磨いたご主人・村田光宏さんが2019年に開いた、屋号の通り「料理と酒」の店。滋賀・大津在住とあって、滋賀県産食材への造詣と愛情はことに深く、「滋賀県産品フェアを年中やってるようなもんです」と笑う。締めのご飯ものを省いたゆえのネーミング「未完」コースを中心に、多彩な一品で魅了する。

「味は割烹、値は居酒屋」、その本来はこういう店かと思う

『ふくら』の味に触れるのは、これが四度目になる。
しばらく以前に取材で訪ねたのが初回、昨年末に数名で忘年会づかいさせてもらい(このときはテーブル席でアラカルト注文)、さらにこの正月は「ふくらの福招き」という酒肴ミニおせちに舌鼓を打ったのだった。いずれの機会でも、文句なしの料理の腕を見せつけられている。

今回はカウンターに陣取り、お客の八割方が頼むという名物コース「未完」(全6品・6000円~)を注文。つまり、店のスタンダードに初めて沿うことになる。席に着き、店主の村田光宏さんにまず尋ねたのが「このお店、居酒屋扱いしてよかったんでしたっけ」。当連載、「居酒屋」放浪記を謳っているものだから、気になったのだ。いや、気にせざるを得なかったと云うべきか。
敷地の四角形に対して斜めに据えられたウォールナットのカウンターも、小粋なハンチングをかぶった村田さんの佇まいも、客を寛がせる効果をしか持っていないように見えるが、席からほぼ丸見えの、シュッと調えられた板場が、コースの調理が始まる前からもう主張しているのだ。「料理は、居酒屋とはちょっと違うからね」と。

「居酒屋でも酒亭でも、ええように呼んでもらえたら。僕自身は“小料理屋”くらいの気持ちでやってます」と村田さん。しかし、“小”料理じゃァあるまいよ、と客が必ず思うだろう一品が、この日の先付で早くも出てくる。それが、滋賀の幸のジュレ寄せだ。

滋賀の幸のジュレ寄せ滋賀のイチゴ・みおしずくにマキノ産原木シイタケ、ビワマススモークの古樹番茶ジュレ寄せ

イチゴに原木シイタケにビワマスのスモーク、コゴミにタラノメと、説明を聞いただけでは全く想像できないとっちらかりそうな味わいが、食べれば「ああ、こうまとまるのか」と得心がいく。果実の酸味、燻香、マス身の甘み、シイタケの旨みと香り、山菜の春の苦み、多彩すぎるほどの風味が、古樹番茶(百年を超える茶の木を、葉も枝も幹も「丸ごと」焙煎した、聞くだにエゲツナイ番茶)をハブとして、クジャクの羽のように美しい円を描く。料理は「こういうの」ですから、店のテイはお好きに捉えてください。この無言の見得切りが、『ふくら』の神髄かしらん、とコースひと皿目に思ったのだった。

果たしてその通り。粕汁の底に潜めた大豆、造りのサワラ、その皮目の細かな庖丁仕事、酒肴盛りの重箱仕立て、鹿のローストのカシスのほうのソース。「なくてもいいけど、あると位(くらい)がひとつふたつ上がる」要素を、ここの料理は決して抜かないのだ。

近江高島の酒「萩の露」の粕汁近江高島の酒「萩の露」の粕汁。椀種は琵琶湖産ニゴイの自家製みりん干し、菜の花、汁の底には滋賀の希少在来種大豆・みずくぐりを半ごろしにして焼き上げたものが潜む。ここまでの2品が先付に相当する。

ブリとサワラの造りブリとサワラの造り。燗で薄にごりの澱が旨く開いた「萩の露」を、塩・ワサビをつけたサワラの炙りに合わせると、身の甘みがうまうまとのばされて、かすかに桃のような合わせ香が感じられる。

酒肴盛りの重箱仕立て酒肴盛りの重箱仕立て。鹿のスネ肉の煮凝り、子鮎の甘露煮、万木(ゆるぎ)カブの自家製漬物でサンドした刻み鮒寿司、ワカサギのオイル煮、安土信長葱に竜王『古株(こかぶ)牧場』のブルーチーズととろ湯葉、サツキマスの焼き物など、近江の幸が一堂に。

滋賀・日野町産の鹿ロースト7~8種の料理から選べる「本日最後の一品」、我がチョイスは、滋賀・日野町産の鹿ロースト(プラス800円)。肉はもちろんだが、自家製の醤(ひしお)をベースに、玉ネギ、バター、粒マスタードなどを使うソースが酒のアテとしても旨い。アクセントに真っ赤なカシスのソースも。

されど居酒屋放浪記。酒について述べるなら、これはもう女将の雅恵さんに全面的に任せてしまうのが最適解で間違いない。滋賀大好きなお二人だから、尽くしで来るのかと思ったら、群馬の酒「町田酒造」に始まって、滋賀のメジャー級「萩の露」から次第に地元寄り銘柄へ。最後は「大治郎」で名を馳せる『畑酒造』の超地元酒「喜量能(きりょうよし)」で落とす。もちろん、度数・熟成・味わい・温度帯で確かなクレッシェンドを描きながら。

群馬「町田酒造55」特別純米 美山錦限定直汲み酒番を務める村田雅恵さんに見繕ってもらった一杯目、群馬「町田酒造55」特別純米 美山錦限定直汲み(1合1240円)。好ましい甘酸っぱさと、舌先でかすかに弾ける発泡感。

日本酒【左上】「萩の露 雨垂れ石を穿つ しずり雪」特別純米 十水仕込み(1合1320円)。同じ「萩の露」の粕汁を飲み終える頃にぬる燗で出てきたので「あっ、合わせ損ねた」と悔やむも、「あっ、お酒は次の造り用なので、それでいいんです」と雅恵さん。燗を頼むと、まずは猪口に半分ほど冷酒で味見させてくれる大親切が嬉しい。
【右上】やはり滋賀「近江藤兵衛」山廃純米生原酒 県産吟吹雪(1合1280円)。精米歩合(70%)も燗つけの温度も上がってきて、しかも山廃、生原酒。にわかにゴリッと香ばしく押しの強い旨みに「さあ呑め」の声が聞こえるよう。
【右下】トドメの主菜を前に出てきたのは、蔵元夫妻と先代の3人だけで醸す滋賀「浅茅生(あさぢを)」の「カエル」特別純米 生酛仕込み 無濾過生原酒 常温熟成(1合1400円)。ラベルはカエル好きにはタマラン愛らしさだが、ほんのり熟した香りもして飲み応えあり。
【左下】毎度の悪あがき、「もう半合!」と頼めば、滋賀「喜量能」上撰純米造り(半合500円)。つとに知られた「大治郎」の先輩格だが、こちらは東近江市の蔵周辺でのみ消費されてしまう、ガチの地酒。しみじみと、しかし力強く旨い。

コース内容は初めのほうで決まっているとはいえ、雅恵さんが立てる酒プランとは違うリクエストを途中で挟んでくる客だっているだろう。でもそれくらい難なくさばけます、のやはり見得切りが、猪口の水面にキラリ映っているような。

コースに、光宏さんが自宅のベランダで2年漬け込んだへしこを挟む、へしこもちを追加して、7品。やっつけて時計を見れば、入店から3時間以上が過ぎていた。この時の流れ方は、割烹のそれ(10品コースでも2時間半がせいぜいだろう)とは違うなァ。
今回、実は看板に偽りアリで、ふたりでの訪問。ふたりとも「未完」を頼み酒は私が6割方呑んだはず。で、支払いはひとりあたま約1万円。この勘定も割烹のそれとは明らかに違う――。

どうです。この店を何と呼べばいいのか、悩ましいでしょう。え、そんなことはどうでもいい? であれば幸い、「荒神口」バス停すぐ、洒落ているのに全く目立たない小さな間口を目指していただきたい。中をのぞけばナナメったカウンターで、先達が楽しゅうやっているのが見えるはずだ。

■店名
『お料理とお酒 ふくら』
■詳細
【住所】京都市上京区河原町通荒神口下ル上生洲町220-1
【電話番号】075-252-0505
【営業時間】17:30~20:30入店(コースは20:00入店)
【定休日】月曜、第1・3日曜、不定休あり
【お料理】真鯛かぶと焼き・あら炊き・骨蒸し各1300円~、近江牛すね肉味噌煮込み1800円、刻み鮒寿司950円。日本酒は126㎖800円前後が中心。
【公式サイト】https://fukura-suzume.net/
【Instagram】https://www.instagram.com/oryoriosake_fukura/

Writer ライター

河宮 拓郎

河宮 拓郎

Takuo Kawamiya

食中に向く日本酒および酒呼ぶ肴を愛するが、「この酒、旨いわ!」「それ、前も同じテンションで言うてたで」を頻発させる健忘ライター。過去に取材した居酒屋は、数えていないがおそらく100軒には届かず。しかし、ロケハン(店の下見)総数はその数倍。それが「あまから手帖」。

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