食材への探求心と大胆な一手が光る、兵庫・芦屋『壱』

食材への探求心と大胆な一手が光る、兵庫・芦屋『壱』

門上武司の「今月の一軒!」

2022.09.01

文・撮影:門上武司

編集顧問・門上武司が出合った、キラリ輝く一軒をご紹介。第1回目は、兵庫・芦屋の和食の新店『壱(にのまえ)』です。食材を追い求める姿勢と、発想豊かに仕立てる料理はお見事! 通いたくなる理由をご紹介します。

目次

お客に寄り添う姿勢が魅力的 馳走した食材に、意想外の一手 ご飯・デザートまで抜かりなく 店舗情報

お客に寄り添う姿勢が魅力的

「海鰻」を食べた後、何名かの食いしん坊仲間の顔が思い浮かんだ。次回は彼らを誘おう——そう感じさせる料理店は、年に数軒ほど。ここはそのうちの一軒だ。

今年3月にオープンしたばかり。店主は、大阪・高槻の里山にある日本料理店『心根(こころね)』で修業した原口隼平さん。 まず、ロケーションが素晴らしい。並木道沿いにあって、落ち着いた雰囲気。「食べ終えて、外に出た時に繁華街の匂いなどが漂っていると、余韻が変わってしまうような気がして。ここは人通りも少ないですし、春は桜が咲いて…すごくリラックスできるんです」。お客の帰り道にまで想いを馳せる心意気に、感銘を受ける。

店はカウンター6席のみ。凛とした佇まいの中、人懐っこい笑顔の原口さんと奥様(京都で仲居修業の経験あり)の二人三脚で醸し出す気安い空気感が、今の時代の料理屋であることを感じさせる。

『壱』外観

馳走した食材に、意想外の一手

そして、食材への探究心がすごい。予約の確認のために電話をかけると「今、秋田にジュンサイを採りに来てるんです」と、弾んだ声。僕が南草津の精肉店『サカエヤ』のことを話すと、数日後には「『サカエヤ』に行ってきました。これからお肉の勉強をしていこうと思っています」とメッセージが入っていたりする。行動力が半端ではない。

付出しには、その秋田のジュンサイと北海道・礼文島(れぶんとう)のウニが登場。爽やかで混じり気のないピュアな味わいに、身体が喜ぶ。食材が持つポテンシャルとはこういうことだと感じる。

続く車エビは、サッと油通しして。人肌のような温度帯から生まれる旨みの凝縮感、そして甘みに目を見張る。造りはアオリイカと甘エビ。それぞれ鮮度、質は申し分ないのはもちろん、2つの強い食材の味を卵黄醤油のコクで繋ぐ。そこに新たなチャレンジを感じるのだ。

クルマエビ・イカと甘エビ左/車エビには、ヤングコーンと海ブドウを添えて。右/造りは数種提供。アオリイカと甘エビは卵黄醤油で和え、アオサノリをのせる。

続く春巻きに歯を入れると、松茸と鱧のジューシーな液体が広がる。そこに「添えたスダチを搾ってください」と原口さん。なんと、まるで土瓶蒸しのような味わいに。春巻きから土瓶蒸しへ。これぞ発想の勝利。まさに一本あり!の一品だ。

春巻きとスダチ

ご飯・デザートまで抜かりなく

そして、「海鰻」。
「海で獲った鰻を海鰻といいます。エビやカニ、シャコなどを餌にしていたから、旨みが違うんですよ。これは九州の漁師さんが特別な手法で神経締めしたもの。それを氷水で一週間さらすと脂が全体に回って柔らかさと旨みが増すんです」。
タレを塗り、炭火で焼き上げ、炊きたての白ご飯にのせる。直焼きなのに、ふんわりとした食感、皮のパリッとした歯ごたえと共に、濃密な鰻の味に翻弄されそうになる。食材と料理人の腕が直結した料理は罪作りとさえ感じる逸品だ。

鰻ご飯

締めは、季節の果実を“あるもの”で閉じ込めた和菓子。これは実際に体験していただかないといけない。驚くこと必至の技をご覧いただける。

今後、この才能がどう開花していくのか。これからも見続けたい、楽しき一軒と出合った。

■店名
『壱(にのまえ)』
■詳細
【住所】兵庫県芦屋市大桝町3-16
【電話番号】0797-78-8535(予約はWEBサイト「OMAKASE」より)
【営業時間】12:00~(土・日曜のみ)・18:30~一斉スタート
【定休日】水曜、第2・4木曜、その他不定休あり)
【お料理】コース16500円~。※サービス料10%別。

Writer ライター

門上 武司

門上 武司

Takeshi Kadokami

あまから手帖・編集顧問。年間外食350日という生活を20年以上続け、食事と食事の合間にもおやつをボリボリ…。ゆえに食の知識の深さは言わずもがな。食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者を繋ぎ、発信すべく、日々奔走している。

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