“深海の隠れ家”で愉しむ、変幻自在な選曲とシチリア料理の新たな世界

“深海の隠れ家”で愉しむ、変幻自在な選曲とシチリア料理の新たな世界

カオリンの「シェフのBGM」

2023.06.12

文:船井香緒里 / 撮影:岡森大輔、船井香緒里

神戸・北野にあるシチリア料理『ヴァカンツァ(vacanza)』。ほの暗いアプローチを通り抜けるとそこには、深海のように落ち着きのあるフロアが広がります。壁にはエレキギターが並び、スピーカーの上には手製の真空管アンプ。「オーディオに関しては趣味全開です」と微笑む島田英明シェフのBGMに、耳を傾けてみましょう。

目次

オーディオ機器は“究極の自己満足” BGMと調和する洗練のシチリア料理 店舗情報

オーディオ機器は“究極の自己満足”

『ヴァカンツァ』店内には暖炉(エコスマートファイアー)も

「“どうでもいいところ”に命を懸けたいんです。料理も音も同じですよ」
そう言って微笑む『ヴァカンツァ』島田英明シェフ。ほの暗いフロアを見渡せば随所に、その想いが散りばめられている。

壁には「フェンダー」、「フェルナンデス」、「ESP」のエレキギター3本が輝き、ワインセラーの横には『JBL(4311B)』のスピーカーが鎮座。組み合わせる真空管アンプは、シェフの自作だ。しかも、グラフィックイコライザーを用い、周波数範囲を調整して音質を向上させるなどして、好みの音に仕上げていく。

『ヴァカンツァ』店内のスピーカー「JBL(4311B)」

「明らかに自己満足の世界ですよ」とシェフは笑うが、「ミキサーを設置して音の広がりをプラスできれば」と、さながら音響エンジニアのよう。だけどここは音楽スタジオじゃないから「営業中は耳に心地いい曲を、小さな音量で流していますよ」。

BGMと調和する洗練のシチリア料理

島田シェフ自身、学生時代はトランペットやギターに慣れ親しんできただけあり、引き出しは多い。
基本的には、ビル・エヴァンスをはじめとしたジャズ・ピアノなどアコースティックなサウンドが中心だが、「僕の気分や、その日のお客様の層、コース料理の展開により、音楽ジャンルもトーンもコロコロと変えます」。そのフレキシブルさが、音好きには堪らない。

例えば、初夏のコース料理の始まりには、ブライアン・イーノのアンビエントなサウンドを。はじまりの前菜「夏の香りのカクテル」は、バイ貝、帆立貝柱の食感心地よく、雲丹とイクラが煌き、ペペロナータのソースが、夏の透き通った甘みを運んでくる。
「イーノの曲を流すと、料理がアートのような、抽象的トーンになるから好きですね(笑)」

『vacanza』コースの前菜「夏の香りのカクテル」

コース料理の抑揚に合わせて、邦楽も妙に馴染むのは島田シェフのセンスといったところか。岡山弁の歌詞の抑揚やグルーヴ感が心地いい藤井風を挟むことがあれば、「大橋トリオの曲を流すことも多いですよ」。

『vacanza』コースの「明石 太刀魚 フリット」「明石 太刀魚 フリット」

本マグロと季節野菜を用いた前菜2皿目に続き、「明石 太刀魚 フリット」が登場。
透明感のある衣は、さっくりと軽やか。噛めば一瞬にして、脂のりがいいタチウオの深い旨みが広がる。確かに、大橋トリオのリズミカルなサウンドと軽快なストリングス、優しい歌声が、気持ちよくハーモナイズする。

洋楽と邦楽を行き来しながら、客を置いてけぼりにさせない懐の深さが『ヴァカンツァ』には存在している。
「料理と音が、お客さんの感性に触れたとき、その瞬間が記憶に残ると思っています」と島田シェフ。だから、さりげなく、“どうでもいいところ”に命を懸ける。

料理も然り。シチリアの伝統をそのまま表現するのではない。シチリアの食文化に敬意を払った上で、宝石を磨き込むかの如く常にアップデートを試み、洗練の一皿へと昇華させていく。

バイオエタノール暖炉が放つ炎の揺らぎと、柔らかな間接照明。テーブル席から少し離れた光の先には、島田シェフを筆頭に、料理を仕上げるスタッフの姿。
細部に至るまで計算し尽くされた空間には、島田シェフ独自の美意識が宿る。

作業台のある『ヴァカンツァ』の新厨房(撮影:岡森大輔)

■店名
『ヴァカンツァ』
■詳細
【住所】神戸市中央区山本通2-6-11
【電話番号】078・222・0949(要予約)
【営業時間】12:00〜13:00LO、17:30〜20:00LO
【定休日】火曜・第2水曜
【お料理】ランチコース(全9皿)11000円、ディナーコース(全12皿)16500円。(共にサ10%別)
【公式サイト】http://vacanza.jp/
【Instagram】https://www.instagram.com/vacanza_kobe/

掲載号
あまから手帖2022年7月/時めく神戸(「Amakara Topics」内の「おいしい音楽」より)

Writer ライター

船井 香緒里

船井 香緒里

Kaori Funai

「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」でお馴染み。酒と酒場と音楽をこよなく愛し、「Led Zeppelin」、「The Who」はじめ60〜70年代の洋楽ロック好き。愛用するスピーカーは「Tannoy ⅢLZ」66年製。アウトドア好きでもあり、ジョギングとロードバイクにて健康維持。https://kaorin15.exblog.jp/

Related article 関連記事