プロ×プロ 料理を深める技

第8回「スペイン料理の凝固術」

教えるプロ/スペイン料理『Fujiya1935』藤原哲也さん「イマジネーション次第で無限の料理ができます。」

大阪市中央区鎗屋町2-4-14
tel.06-6941-2483

一ツ星レストラン『レスグアルド』で最先端スペイン料理を修業。日本に最も早く“クリエイティーヴォ”スペイン料理を紹介した一人で、今やこの分野の若き巨匠的存在。

教わるプロ/創作串揚げ料理『川と山』佐々木隆さん「熱いゼリーに、リョックを受けました。」

(現在は閉店)
素材のジュースをムースにするエスプーマなど、積極的に採り入れる新技術で話題の串揚げ店。そのクリエイティブさはシェフの間にもファンが多い。

マイナス180℃で固める液体窒素が不可欠

最近ではキッチンに、ソースを濃縮するための蒸溜機や、液体窒素を常備するレストランまで少なくないというモダン・スパニッシュ料理。その常識破りの実験的レシピの数々は『エル・ブリ』以降、今も急速に激化・先鋭化し続けている。今回のテーマ、"固める"という術についても、やはり現代スペイン料理は、予測以上のサプライズづくし、一部は、まるで料理版・引田天功ショー?だった。

今回、藤原シェフが準備してくれた凝固剤は4種類である。カラギーナン(アイルランド産紅藻エッセンス)、アガール・アガール(精製寒天)、ジェラン(微生物の酵素)、そしてマイナス180℃の液体窒素である。
「前3種類の凝固剤は、いずれも60~80℃まで溶けないところが、今までのゼラチンにない長所です。熱いゼリーが作れるんですね。食感、テクスチャーも違うので、自分のイメージする料理に一番合うものをチョイスします」と藤原さん。佐々木さんは「僕も最近ゼリー寄せなど、ゼラチンは多用していますが、こんなに数多い凝固剤があるとは」と早くも目を丸くする。

藤原さんがまず作ってくれたのは"オレンジ風味のマカロニ"である。オレンジジュースを沸騰直前まで温め、カラギーナンを溶かし込む。その時点でかなり粘度は上がっている。その粘りの出たオレンジジュースに、なんと藤原さんはワインを抜栓するコルクスクリューを浸し、すぐに氷水につける。すると素早く素材が凝固していき、オレンジジュースがマカロニの形に変形した。香りと風味、そして味わいも当然のことながら爽やかなオレンジ。しかしプリッと弾力のある歯ごたえが、何ともユニークな、藤原さんのオリジナルである。すかさず佐々木さんは「コルクスクリュー以外に、スプーンの型で固めることもできますよね」と、スプーンでトライ。こちらも花びらのような形に仕上がり、カラギーナンによる滑らかな舌ざわりが楽しめ、2人の表情がほころんだ。

photo

凝固剤のアガール・アガールやカラギーナン。食材専門店、またはネットショップで容易に入手可能。


photo

オレンジ風味のマカロニ。凝固させたオレンジジュースは、抜栓したコルクを外す要領でスクリューを静かに逆回転させて、型から外す。

液体を食べるという仰天発想も現実に

次に始まったのは、ほとんどSF的な技だった。料理名は"カシスリキュールの水球"。レシピの要は、液体窒素と最新凝固剤のジェランである。まずは発泡スチロール箱に液体窒素を注ぐ。温度はマイナス180℃。この超低温で、計量スプーンに満たしたカシスリキュールの氷を作る。そしてこの氷を、ジェランの溶液に浸し、表面をコートして完成。ジェランは、リキュールの氷の温度ですぐに固まるという仕かけである。
と書いただけなら、食べるとジェランの膜に包まれたシャーベット? を想像するだろう。ところが驚きはこの後である。アルコールの氷は非常に早く溶ける。つまり、テーブルに運ばれるころには、カシスリキュールは再び液体に戻っている計算。そう、客が食べるのはスプーンの上にのったジェランで包まれた液体なのだ。プリプリしたわらび餅かジュンサイのようなジェランの膜を口で噛むと、中からは冷たいリキュールがジュワ~リ……。佐々木さんも「異次元の世界ですね。これは感動しました」と脱帽する。

photo

カシスリキュールの水球。氷にしたリキュールを、ジェランで覆ったもちもちした膜の中で再度溶かして食べるという発想がアヴァンギャルド。スプーンを窒素に浸してからほんの10秒ほどでリキュールは氷に。

冷温のギャップを計算するイマジネーション

最後は"冷たいと温かいの紅茶ゼリー・バラの香り"。こちらは80℃まで溶けない凝固剤、アガール・アガールの特性を利用する。ガラスの器に、アガール・アガールで紅茶を固めた後、湯煎で80℃に保った紅茶ゼリーを作る。それを冷凍庫で霜をつけた冷たいスプーンで食べるというもの。この料理のポイントは、客の想像と現実のギャップである。いかにも涼しげなガラスの器に、さわるとキンキンに冷たいスプーン。客は当然冷たい紅茶ゼリーと思って食べると、実はゼリーは熱々。またもや、サプライズである。

「いい意味での裏切りまで計算してプレゼンテーションするという策の深さがすごいです」と、またもや佐々木さん、再脱帽である。
「イマジネーションさえあれば、昔はできなかったことがかなりできるようになりました。まだまだトライしたいレシピがいっぱいあります。だし、醤油など、和の素材を固めても面白いんじゃないですか」と藤原さん。
「タラの串揚げの周りを白子のジェランで包むとか、フグの串揚げの上にポン酢のアガール・アガールゼリーをのせて出すとか。いや〜、これは燃えてきました!」と佐々木さん。もしや、日本発『エル・ブリ』を驚かせるような串揚げを……生んでくれる日が、来るかもしれない。

photo

(左)冷たいと温かいの紅茶ゼリー・バラの香り。不思議な料理名が実現したのは、80℃まで溶けない凝固剤、アガール・アガールの威力。
(右)藤原さんはエビ料理などの付合せにオレンジ風味のマカロニを多用する。


photo

メレンゲムース。泡立てたメレンゲをゼラチンで固め、表面を乾燥させたもの。綿菓子のように一瞬で溶けてしまう。


(あまから手帖07年10月号より転載) 文/寺下光彦・撮影/東谷幸一

プロの料理人が自分のテクニックを別の料理に人に教えるとどうなるか?
過去(07年2月号~08年12月号)に本誌で連載され、好評を得た企画「プロ×プロ 1日料理塾」をホームページ用にアレンジしました。
ぜひとも続けてお読み下さい。

レストランリスト レストランリスト あまから倶楽部 会員限定の特典 登録無料 あまから倶楽部 会員限定の特典 登録無料