プロ×プロ 料理を深める技

第10回「中国料理の油通し」

教えるプロ/中国料理『一碗水』南茂樹さん「上級・中国料理には不可欠の技術です」

大阪市中央区安土町1-4-5
tel.06-6263-5190

月初めの3日で、1カ月分の予約が埋まる、超人気中国料理店。豪快で最高に太っ腹な素材選びと、卓越して切れ味のいい仕上げが人気の秘密。

教わるプロ/フランス料理『グラシニア』森永正宏さん「日本人のDNAにも合う調理法だと感じました」

京都市中京区蛸薬師通新町西入不動町175-5
075-223-3120

スイスの超名門三ツ星『ジラルデ』(現在閉店)、『グラシアニ』のシェフを経て、13年3月に同店オープン。で鍛えた腕は、格別の緻密さと繊細さを誇る。

“揚げる”とは違う“油通し”の技

中国料理の調理法の奥深さ、多彩さ、ひいては偉大さを語る時、この“油通し“というデリケートな下仕事の技法は、非常に心強い、太い柱になってくれる技術だ。“揚げる“のではなく“油通し“。一見、両者は似たものにも見える。南さんも「確かに、油通しと唐揚げの線引きは微妙なラインですね。分かれ目の基本は、油の温度と、素材を油にくぐらせる時間ですかね」と笑う。
森永シェフは「例えばフレンチの野菜料理は、やわらかく煮るかローストするパターンが多いのですが、日本人のDNAは野菜でも歯ごたえが残っているのを喜ぶように思う。だから油通しの技からは、フランス料理も学ぶものが多いと思います」と目を輝かせる。

この日、南さんが披露してくれたのは油通しのパターンが異なる2品。《加賀レンコンのエビ子炒め》と、《鶏胸肉の香糟風味炒め》である。2タイプの油通しの、最も重要な違いは、温度と衣の有無。レンコンなど硬めの野菜は、高温(180~200℃)で衣なし。火入れで収縮して硬くなりやすい肉類は中低温(120~140℃)で、衣付きで、というのが基本である。

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「油に通しているのに、油っこさがない。温度と時間がポイントです」と南シェフ。

野菜がシャキッと甘みを増す効果

まずは《加賀レンコンのエビ子炒め》から。レンコンは大きめに乱切りし、中華鍋で約180℃に熱したたっぷりの大豆油の中へ。レンコンを油の中で約30秒ほど泳がせ、素早く油から引き上げる。これで油通しは完了。「油から上げるタイミングは、表面が軽く色付いて、薄い膜ができたような感じになればOK」と南さん。その後は油を返した中華鍋で、エビの卵、ネギ油とともに素早くレンコンを炒めて、あっという間に完成。
料理を試食した森永シェフは「絶妙のほっくり感で、レンコンが甘くなってる。油通しで水分が抜けて、甘みと旨みが凝縮してますね! シャッキリとした歯ごたえもいい感じです」と目を細める。
「油通しなしで普通に炒めたのでは、今回のレンコンぐらいのサイズの素材に均一かつ適切に火を入れることはまず無理です。油通しの油は、素材全体に均一に熱を入れるための媒介なんです。レンコン以外でも、中国料理では葉物以外の野菜の多くは油通しを施しています」と南さんは語る。

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(左)レンコンは中身のもっちり感が出るよう、やや大きめの乱切りに。
(右)野菜類は高温、約190℃前後が基本。それ以上高温だと唐揚げになってしまい、低温だと油を吸ってベタついてしまう。

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表面に膜ができたら鍋から引き上げる。

肉がふんわりと膨らむ驚き

次に取り掛かったのは、《鶏胸肉の香糟風味炒め》。こちらは、薄切りの鶏胸肉に卵白、水を加えて片栗粉でまとめて衣を付けてから油通しする。
「衣は収縮しやすい肉類にあたる熱を和らげる緩衝材の役割もあります」と南さん。この衣付きの油通しの注意点は、油を入れる前に鍋を空焼きしておくこと。しっかり鍋を熱することにより、衣が鍋にくっつく失敗がなくなる。油の温度は130℃前後の中低温。レンコンの時と同様、たっぷりの油で約1分、衣付きの鶏を泳がせる。これぐらいの低温では、いわゆる揚げ物を作る時のジュワーッという油の音は全くなく、鍋の音は静か。表面がわずかに色付いたところで素早く鶏を鍋から引き上げる。後は仕上げに再度、香糟、塩、砂糖、鶏スープとともに、ほんの一瞬、サッと鶏を炒めて完成である。

試食した森永シェフはたじたじとなった。「鶏のふっくら感が凄い。肉をこんな風に仕上げようと思うと、フレンチなら鶏は1羽まるごとの塊を、低温で長時間ローストするしかない。ところが油通しだと、こんなに小さな切り身の肉が、短時間でたまらなくふんわりと仕上がるなんて。凄いですね。驚きました」と目を丸くする。
南さんは「料理名は炒めですが、鶏の火入れは8割以上、油通しで完了してるんです。炒めるのはほんの仕上げに、紹興酒や香糟の味と香りを絡めるための作業。よく油通しは下処理の作業と思われますが、実は油通しが主な火入れという料理も多いんです」と語る。
森永さんは「実は昨日まで、油に通すんだから、ベタッと油っこくなると思っていたのですが、まるでその逆。油に通すことで、シャキッとすっきり仕上がってるのも凄いですね。これならフレンチでも、例えば帆立貝の料理なんかで応用してみたいです」と燃える。

「炒める前に一度油にくぐらせる、手間のかかる作業なので、中国でも家庭や庶民的な食堂では見られない、中~上級の中国料理店の技術です。でも絶対欠かせない、重要な技術なんですよ」という南さんの言葉は、不動の説得力で響いた。

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(左)片栗粉は鶏肉に付いた衣がたれ落ちない程度。多すぎると唐揚げになり、少ないと仕上げの味付けのノリが悪くなる。
(右)油の温度が下がらないよう、鶏は少しずつ鍋に。


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(左)肉類は高温だと収縮するので、中低温(130℃前後)が鉄則。見た目はふっくらと膨らんでいるよう。
(右)《鶏胸肉の香糟風味炒め》完成。香糟は紹興酒の酒粕で作った中国調味料。料理名は“炒め”でも、火入れの主軸は油通し。


(あまから手帖08年2月号より転載) 文/寺下光彦・撮影/太田恭史