料理理科

用語説明はこちら

 例えば刺身。活かったコリコリの食感を愉しむのもいいが、寝かせてうま味が増した状態もいい。今回の検証に参加いただいた『コクトゥーラ桜井』の櫻井克則さんは、「特に鯛などの白身は、少し置いたほうが旨いと思います」と話す。『トゥールモンド』の高山龍浩さんは、「器具の発達で火入れがコントロールしやすくなった今、料理人としては素材そのものをよりおいしくすることに関心があります。肉ならいかに熟成してうま味を引き出すか、常に考えますね」と、これまた興味津々のご様子。
 素材そのもののおいしさUPのキーを握る“熟成”。様々な定義はあるが、本企画ではごくシンプルに「熟成=置いておいたらおいしくなった」と捉え、話を進める。


肉は熟成させると本当においしくなるのか

 まず、熟成のメカニズムについて、農学博士である川崎寛也先生に解説していただこう。
 例えば肉を熟成させれば、自体の持つ酵素の働きによってタンパク質が分解され、グルタミン酸などのアミノ酸が増す。また、乾燥することで水分が飛んでうま味が濃縮し、強く感じられるようにもなる。「動物の死後、筋肉中のエネルギー物質が分解されて生成されたイノシン酸との相乗効果によっても、よりうま味を感じられますよ」と川崎先生は付け加える。肉質に関しては、熟成期間中に筋線維を硬くまとめていた結合組織中のコラーゲンがほどけ、軟らかくなるという。

『コクトゥーラ桜井』櫻井 克則さん 『コクトゥーラ桜井』
櫻井 克則さん
京都の料理旅館や料亭などを経て、独立。料理、空間、器など、トータルで愉しめる懐石を提供する。「魚と野菜の熟成に興味があります。魚自体のうま味をより高められれば、造り以外の新しい生食の料理を考えてみたいです」

『ad hoc(アドック)』高山 龍浩さん 『ad hoc(アドック)』
高山 龍浩さん
大阪のフレンチ『カランドリエ』やリッツ・カールトン大阪『ラ・ベ』などで修業をした後、独立。「ジビエなどは熟成させることで血や内臓の風味が回っておいしく感じます。熟成させたベストな状態をキープできれば嬉しいですね」


熟成のメカニズム ●熟成のメカニズム
例えれば、食肉は筋線維が集まった束(たば)であり、膜状の結合組織がそれらをまとめる。時間を経ると、酵素が筋線維中のタンパク質をアミノ酸に分解し、うま味が増す。また別の自己酵素が結合組織内のコラーゲンの接着性を弱めるため、食肉全体が硬さを失って軟化する。


この検証にあたり、絞めてから4日目の鴨と風を当てて12日間熟成させた鴨を、高山さんにご用意いただいた。どちらも青森産の真鴨で、内臓や血もそのままである。それぞれをカットし、その肉質を見比べてみた(実験1)。
 高山さん「明らかに12日目のほうが、皮目やその下あたりの色が茶色いですね」
 Dr.川崎「肉に含まれる色素であるミオグロビンが酸化したためです。実際にうま味成分が増えているか、アミノ酸を検出すると青くなる試薬で調べてみましょう」
 櫻井さん「あっ、12日目のほうがより濃い青色になりました!」
 Dr.川崎「日数を経て、アミノ酸が多くなったと言えますね」
 次に味見をするため、それぞれをソテーした。高山さんは「12日目のほうが、水分が少ない分、火入れがコントロールしやすいですね。カリッと焼きやすい」と鍋を動かす。アミノ酸が増えているためメイラード反応が促進し、より茶色く香ばしく焼き上がった。「12日目のほうがいろんなうま味が感じられて、風味が増していますね」と試食した櫻井さん。やはり、熟成によって肉はより複雑味を増し、おいしくなったようだ。

12日 4日

皮付きのブロックで比較すると、熟成させた左の方がより茶色いことが分かる。それぞれをひと口大にカットし、切り口のドリップを紙に染み込ませ、アミノ酸と反応して青くなる試薬を垂らした。紙を加熱して試薬を反応させ、紙の裏側から色を見比べると、12日間熟成させたほうがより青くなった。アミノ酸が多くなったと言えるだろう。

【実験1】熟成した鴨の旨みを比較 熟成した鴨の旨みを比較 熟成した鴨の旨みを比較 熟成した鴨の旨みを比較 熟成した鴨の旨みを比較


熟成促進のカギは温度にあり

次に、より効率よく熟成させる方法について考察してみよう。
 熟成を促進させるには、肉自体が持つ酵素の活性を高めるのがよい。川崎先生は「温度をコントロールするのがやりやすいですね。約40~50℃の状態を長く保てば酵素がよく働き、分解は進みます。ただし、酵素はタンパク質なので、約60℃を超えると働けなくなります」と言う。
 では魚の熟成にはどんな温度帯が適しているのか、鯛を使って櫻井さんに実験していただいた。ちなみに鯛は、死後1週間ほど経ってもイノシン酸の量は減りにくい。マグロも同様だ。しかし、カツオは死後1~2日で激減。カツオ節はこの性質を考慮し、捌いたらすぐ加熱することで、イノシン酸の酵素分解を止めている。このように、魚の種類によって熟成に向き・不向きがあることを付記しておく。
 通常、櫻井さんは鯛を氷温で4~5時間寝かせてから造りにしている。「熟成とは思っていませんでしたが、修業先からずっとそうしていました。うま味が増し、おいしさの持ちもいいと感じます」。
 今回は氷温のほかに、常温、38℃の3種類の温度帯で鯛を熟成させた(実験2)。38℃に設定したのは、魚のタンパク質が凝固せず、酵素ができるだけ活性化する温度を考慮してのこと。鯛は切り身にしてアルコールスプレーで殺菌し、真空パックにした。2つは氷温と常温(この日の室温は15~20℃)で17時間ほど置き、残りの1つは38℃のコンベクションオーブンで4時間加熱。3つとも同じ温度で冷やしてから造りにし、味見をした。
 櫻井さん「常温のほうがやや黄色いですね。38℃のは白っぽい」
 高山さん「常温、おいしいです! 38℃のは…火が入ってる(笑)」
 櫻井さん「確かに常温のほうがねっとり甘い!」
 Dr.川崎「氷温より常温の方で分解が進んでいて、うま味成分が増えています。通常、魚のタンパク質は40℃~50℃で凝固すると言われていますが、38℃のものはタンパク質が変性してしまっていますね。低い温度から凝固し始めるタンパク質もあるためでしょう」
 熟成は温度が高いほど促進されやすいが、単純に温度を上げればいいというものでもない。素材の性質を考慮し、どんな身質に仕上げたいかを逆算した上で、時間と温度を設定しなければならない。「常温で魚を置くなんて思いもつきませんでした(笑)」という櫻井さんの言葉通り、衛生面への配慮も重要。「表面を一回軽く焼いたり、炙ったりしてから熟成させると、菌の繁殖は抑えられ、安全性は増すと考えられますが、もちろん検査は必要です」と川崎先生。櫻井さんは「タタキや焼き霜などを熟成させても面白いかもしれません」と想像を膨らませていた。

【実習2】温度による鯛の熟成の違い 【実習2】温度による鯛の熟成の違い
室温で熟成させた鯛の切り身は氷温よりも黄色がかっており、身も柔らかかった。うま味もより感じられ、温度が高いほど熟成が進んでいたことがわかる。38℃の鯛はタンパク質が凝固したためか白くなっていた。


ドリップを逃がさず肉を熟成させるには

高山さんは、肉を熟成させる時、ドリップが出てしまうことが気になっていたという。「ドリップはアミノ酸が含まれたうま味ですよね。だから、もったいない気がして…」。そこで、ドリップが出にくい熟成方法を考えてみた。
 一般的には1週間でいい状態に熟成するという豚肉(240g)を、冷蔵庫で8日間熟成。1つは風に当て、もう1つはキッチンペーパーを巻いてラップした。「ドリップは水分なので、油が周りにあると出て行けないはず」という川崎先生の助言により、3つめはオリーブ油に漬け込み、ハーブも加えた。
 各々の重さを計り、ドリップの重量を検証(実験3)。風に当てた豚肉が最も軽く202g。カチカチになっていた。ラップをした豚肉は227gで、やや締まった感じ。最後に、オリーブ油に漬けた豚肉はなんと240gをキープ!感触も柔らかく、オリーブ油も透明なまま。重さに変化がなく油も濁っていないことから、ドリップは出なかったといえるだろう。実際にそれらを焼いて試食してみた。
 高山さん「焼き色は、風に当てたものが一番いいですね。味もうま味が凝縮されていておいしい」
 櫻井さん「でも、オリーブ油に漬けた豚肉、とてもジューシーですよ!」
 高山さん「本当ですね。驚きました! うま味があるのに、ジュワッと肉汁が溢れてきます」
 Dr.川崎「オイル漬けすることによって、肉の酸化も防げます。身質の状態を保ちながら、長期保存できる可能性がありますね。油やハーブの種類を変えるなど、いろいろ工夫ができそうです」
 高山さん「ソテーするなら、風に当てて熟成した豚肉が風味豊かでいいですが、ジューシーさを生かして蒸し煮にするなら、このオイル漬けは使えそうです!」
 また、両方の良さを生かして、ドリップの出やすい熟成初期はオリーブ油に漬け、その後風を当ててうま味を凝縮させる、などの応用も考えられそうと高山さんは話してくれた。

【実習3】熟成の環境とドリップの関係
【実習3】熟成の環境とドリップの関係
写真奥から、豚肉の熟成中に、風を当てたもの、ペーパーを巻いてラップしたもの、オリーブ油に漬け込んだもの。今回はオリーブ油だが、抗酸化成分が含まれた、例えばゴマ油などでも同じ効果があると考えられる。


昆布〆の手法で熟成の効果を創る

熟成の目的はうま味の増幅。ならば、熟成によって得るうま味を、他の食材の力を借りて創出できないだろうか。
 そこで着目したのが、昆布〆。グルタミン酸が豊富な昆布の乾物で魚介などを包み、置いておくという手法。乾物は吸水力が強い。それゆえ素材を早く脱水させ、その結果、味が凝縮する。さらに、昆布のグルタミン酸が素材に移るので、その分うま味もより高くなるという訳だ。
 今回は、昆布に加え、グルタミン酸が多いドライトマト、乾燥した生ハムも用いてみた。それぞれで塩・酒をした鯛の切り身を挟み、真空パックにして、約17時間冷蔵庫で保存した(実習)。

 櫻井さん「昆布〆は通常4~5時間なので、少し長すぎましたね。生ハムはおいしいです! ちょうどいい塩加減で。これは驚きです」
 高山さん「ドライトマトもいいですよ。酸味もあって、うま味が複雑。これは使えそう」
 そこで、櫻井さんに生ハム〆を使って即興で一皿創っていただいた。「向付はやはり新鮮な造りがいいと思うのですが、先付などで野菜と合わせるには面白いですね」と、今回はウスイエンドウと新玉ネギのピュレ掛けに。

 一方、高山さんはドライトマト〆で、冷たい前菜を完成させた。トマトウォーターのジュレと共にドライトマト〆をバスク産唐辛子、オリーブ油、塩で味付け。サワークリームやセルバチコなどのハーブのつぼみをアクセントに添えた。

 高山さんの料理を試食しながら櫻井さんは「これは新しい発見やなあ。トマト同士よく合う。早速、いいトマトがあるんで来月のメニューの参考にします」と笑顔を見せた。「今回は3種類でしたが、うま味の豊富な乾物だったら何でもいいですよ。海苔、乾燥したポルチーニなどのキノコ、カツオ節でも。和食なら干した大根とか!?(笑)」と川崎先生も笑う。

 今回、熟成に関する4つの検証を経て、櫻井さんは「食材を加工する、熟成の表現が増えて、手持ちのコマも一気に増えました」と。高山さんも「実は以前から、ドリップの出やすい鹿をオイル漬けにしてたんです。それが理に適っていたんだと分かって、ちょっと嬉しいです」と頬を緩めた。
 熟成のメカニズムを知り、時間・温度・環境などを巧みに操ることで、より肉や魚のうま味を引き出せることが分かった。“ただ置いておく”だけではない、例えば香りを付けながらの熟成なんてことも可能になるだろう。熟成を味方に付ければ、もっと食材はおいしくなる、はずだ。

【実習】乾物の力で熟成と同じ効果を創る
●【実習】乾物の力で熟成と同じ効果を創る
鯛の切り身を、グルタミン酸が豊富な3種の乾物で〆た。今回、ドライトマトは細かく砕いて使ったが、全体をまんべんなく包めるのであれば、スライスを用いてもよい。

鯛の生ハム〆 ウスイエンドウと新玉ネギのピュレをのせて
●鯛の生ハム〆 ウスイエンドウと新玉ネギのピュレをのせて
まず特筆すべきはウスイエンドウの緑。素材の味を残したまま色鮮やかに仕上げたいから、と塩は使わず、茹で汁には外した莢も入れ、中火で2~3分、やさしい火入れに努める。新玉ネギをオリーブ油で火入れしたピュレは、新鮮な甘みを口内に運んでくれる。

鯛のドライトマト〆とトマトウォーターのジュレ エスプレットとハーブの香り
●鯛のドライトマト〆とトマトウォーターのジュレ エスプレットとハーブの香り
湯剥きしてミキサーで攪拌したトマトをペーパーで包み込む。ザルの上に置き、重しをのせて待つこと一晩。純粋な果汁だけを抽出してできたトマトウォーターを固めたジュレは、瑞々しく溢れんばかりの酸味だ。唐辛子やハーブと絡むことで、さらに重奏的な味わいを醸し出す。

『あまから手帖』2010年6月号より転載