酒が旨い、アテが旨い、敷居は低い。すると、こういう素敵な店になる。

酒が旨い、アテが旨い、敷居は低い。すると、こういう素敵な店になる。

河宮拓郎の「ひとり居酒屋放浪記」

2023.05.22

文・撮影:河宮拓郎

京都・先斗町の北の外れ、雑居ビルの2階に、いい日本酒を出す『またもや』はある。酒のみならず、アテもよくって値打ちもいい。となれば、コアな日本酒ファンが引きも切らず…となりそうなものだが、そうはならず、広く居酒屋を愛する人たちが、大いに楽しむ店となっている。その懐の深さ、チラリとご紹介できれば。

目次

日本酒スノッブの店に収まらない、アテの値打ちと居心地のよさ。 店舗情報

日本酒スノッブの店に収まらない、アテの値打ちと居心地のよさ。

いつ来ても、いろんな人が呑んでいるなあと思うのだ。特に、テーブル席で盛り上がる若めの4~5人連れが複数組いる、というのが興味深いというか。いや、居酒屋なのだからそれで当たり前なのだが…。

日本酒党員であれば、カウンターに陣取ればまず、わざわざライトアップされている常温の一升瓶の森が目に入るし、少し顔を上げれば、酒瓶の銘柄ラベル(佳い酒ばかり!)で作られたでっかいアートボードっぽいものに見下ろされていることにも気づく。
さらに、達筆すぎてたまに読めない酒の品書きズラリを見れば…言わずもがな、ここはほぼ日本酒専門の居酒屋だろうと分かるのだ。
でも、カウンターの中では生ビールがやたらと注がれているし、店主の下坂徹さんは、これが通常営業、という顔でこなしている――。

20分ばかり歩いてきたので喉がカラカラ。いい酒ないですか、と問えば、「開栓したてなんで、ちょうど塩梅かも」と出してくれた佐賀「光栄菊」黄昏Orange無濾過生原酒。名前の通り柑橘の爽やかなテイストに加え、ほんのりと発泡感があり、原酒なのにアルコール分13度でスイスイ入る。

こりゃいいやとワイングラスでやりながらサワラのたたきなどいってみれば、バーナーで炙って、ネギとミョウガを散らして、醤油ではなくスダチと塩で。酒を迎えるサワラにはこれでしょう、という手順を外さない。

佐賀「光栄菊」黄昏Orange無濾過生原酒1杯目、「光栄菊」黄昏Orange無濾過生原酒(90㎖650円)。愛知「菊鷹」の『藤市酒造』を経て、休眠蔵『光栄菊酒造』復活(2019年)の立役者となった山本克明杜氏の最新作。柑橘の果実の酸味だけでなく、ピールのほのかなビターネスも表現されているのが面白い。

サワラのたたきサワラのたたき790円。大きく分厚く引いたサワラを7~8切れほども盛ってこの価格は嬉しい。食べれば炙りの余韻でほんのり温かく、口中の酒もぬくまって旨みを十全に咲かせてくれる。

次のホタルイカも、酢味噌和えではなく、ゴマを散らした辛子味噌。
合わせるは、下坂さんが惚れ込んで以来懇意にしている石川の蔵元の「宗玄」純米生酒。「夏酒的なやつです」と薦められて呑めば、確かにこの銘柄としては涼やかに淡泊で、でも1杯目より力強く、この先の酒へと導くセッターとして万全の働き。

と、この調子で、的を外す気配がまあない。やはりここは腕っこきの酒処なんである。ビールでワイワイやってる人たち、みんな分かってんのかなァ…などと、スノッブに傾いてはイカンな。酒食は楽しんでナンボか。

ホタルイカ辛子味噌ホタルイカ辛子味噌(680円)に、「宗玄」純米山田錦生酒[名門酒会](90㎖580円)。「高い魚介は買えませんよ」と下坂さんは謙遜するが、ホタルイカのミルキーなワタにくさみはなく、辛子味噌と相まって酒を呼ぶ。

ふと、さっきから下坂さんを静かに、しかし手際よくアシストしているパーカー姿の若者くんが気にかかる。お若いの、できるようだがトシは?と問えば、「22歳です」と。若っ!
「彼はまだ同志社の学生で。わざわざ栃木から出てきて、うちの店なんかに引っかかってねェ」と笑う下坂さん。「そうなんですよ。来年卒業ですけど、お酒に関わる仕事に就けたらいいなあなんて考えるようになってます」。ういことを言ってくれる。

ならばとばかり、その彼に、今きたマグロホホ肉の炙りに常温で合わせてくださいな、と頼んでみれば、出てきたのは三重「るみ子の酒」山廃特別純米雄町。
「味付けもしっかりめの赤身の料理なんで、負けない山廃をと思って」と、渋いセリフもいいアテだ。客に出す前に猪口へチロッと垂らして味を確かめる店主の流儀をキッチリ継いで、その分じゃ、卒業するころにはいっぱしの日本酒学士さまですな。重畳。

『またもや』スタッフの小島麗太さん酒デビュー後2年にして日本酒酒場のスタッフを務める大学生・小島麗太さん。「日本酒の店で働いてみたかったのは確かですが、客として訪ねた1軒目のここで、いきなり『じゃあ働く?』となったのは驚きでした」。

天然マグロホホ肉炙り天然マグロホホ肉炙り(1500円)に小島さんが合わせてくれた、三重「るみ子の酒」山廃特別純米酒雄町R1BY(90㎖580円)。常温で呑んだことはないかも、と含んでみると、炙られたマグロの肉っぽい食べ応えにしっかり組み合う熟成の旨み。

この日はたまたまカウンターの燗つけ器が故障中で、電気ポットでの湯煎となったが、下坂さん得意の燗は変わらず冴えていた。その腕にのせられて「王禄」「悦凱陣」をツイツイと。

島根「王禄」純米八〇(ハチマル)無濾過生原酒/香川「悦凱陣」山廃赤磐雄町無濾過生(左)私としては珍しく、4銘柄目でようやくの燗。島根「王禄」純米八〇(ハチマル)無濾過生原酒(1合1100円)。下坂さんの丁寧な試飲の甲斐あって、生原酒ながら生っぽさもアルコールの悪目立ちもないダイナミックな味わいに。この酒で揚げ物を討つ。
(右)締めの炒飯を目がけて選んでもらった、香川「悦凱陣」山廃赤磐雄町無濾過生(1合1100円)。旨いだけでなく、仕込総米(仕込み米の総重量)や醪日数(留仕込終了~上槽の日数)までラベルに明記する姿勢が潔いといつも思う。

『またもや』店主の下坂徹さん店主の下坂さんに燗つけを頼むと、開き具合を確かめるために猪口で再三味見してくれるのだが、ネット上で「店主が呑みすぎ」と心ないクチコミを見かけることもあるそう。「まあ遠からずですよ、ハハッ」と気にしない。

じゃこエビや鯛の白子を揚げてもらい、締めに柴漬け炒飯までかき込んで、滞在約3時間。支払いは8000円台後半。うむ、まいどのこととて呑みすぎているものの、値打ちに大満足。

じゃこエビ唐揚げ/鯛の白子天ぷら/柴漬け炒飯(左)じゃこエビ唐揚げ(570円)と鯛の白子天ぷら(670円)を半量ずつの盛合せにしてもらう。安いメニューなのに無理を言って悪かったなァと反省。白子が旨いのは当然として、じゃこエビの薄い衣にしっかり染みた塩気も秀逸。
(右)カウンター上のコンロで作る名物「だし巻かず」と迷ったあげく頼んだ締めの、柴漬け炒飯(850円)。ピンクパープルの柴漬けカラーに目を惹かれるが、乳酸発酵の酸味と玉子の甘み、エノキの舌ざわりが「悦凱陣」と合うわ合うわ。

先斗町通りの外れ、雑居ビル2階、出入りはエレベーターのみ。表の看板は小さく、情報は店名だけ。
そんな日本酒の店が、「楽しくお酒を飲みたい」層に広く支持される。それって、かなり凄いことだ。来るたびにそう感嘆する私に、下坂さんは「へへっ」と照れ笑いをしてみせるのだが、私はその表情がとても好きなのだ。また来よう。

『またもや』店内

『またもや』メニュー品書きはこの達筆。私は、上段のスルメイカと讃岐サーモン(さーもん)に挟まれたメニューが読めなかった(正解は「赤えび」)が、それを尋ねるのも注文のいいきっかけになる。1000円を超える料理はほとんどない。

■店名
『またもや』
■詳細
【住所】京都市中京区河原町通三条下ル東入ル石屋町121 先斗町松嶋屋ビル2F
【電話番号】075-212-5573
【営業時間】18:00~翌2:00
【定休日】不定休
【Facebook】https://www.facebook.com/matamoyan/

Writer ライター

河宮 拓郎

河宮 拓郎

Takuo Kawamiya

食中に向く日本酒および酒呼ぶ肴を愛するが、「この酒、旨いわ!」「それ、前も同じテンションで言うてたで」を頻発させる健忘ライター。過去に取材した居酒屋は、数えていないがおそらく100軒には届かず。しかし、ロケハン(店の下見)総数はその数倍。それが「あまから手帖」。

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