受け継ぐだけでは終わらない。京都『紫野源水』の菓子作り

1984年創業の『紫野源水』。江戸時代創業の『源水』からのれん分けし、40年以上にわたって菓子を作り続けてきた。父の代から続く製法を受け継ぐ「松の翠」がある一方、自ら手がけた「有平糖」や「黒洲浜」、季節の干菓子も店頭を彩る。昔からあるものを大切にしながら、新しい菓子を考えることも忘れない。そんな店の日々が、一つひとつの菓子に重なっている。

自分の菓子を作りたくて

店主の井上茂さんが菓子職人として腕を磨いたのは、江戸時代創業の老舗『源水』。父と兄弟3人で菓子を作り、修行期間は15年に及んだ。兄弟はいずれも和菓子の道へ進んだという。
そんな環境から独立したのが1984年。「自分のお菓子を一軒で試してみたいということがあった」と振り返る。父や兄弟と同じ仕事場に立つなかで、自分自身の菓子を作りたいという思いが膨らんでいった。

この地で菓子を作り続けて40年以上。地元客が車で買いに訪れるのはもちろんのこと、常連客と本の貸し借りをすることもある。日々の商いを重ねるうち、店と客との関係も育ってきた。店内には日本画を手がける作家による襖絵が飾られ。菓子だけでなく客を迎える空間にも、この店ならではの趣がある。

紫野源水内観
季節の菓子が並ぶ店内。奥には日本画を手がける作家による襖絵が飾られている。
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良い素材なしに良い菓子は作れない

同店の菓子づくりを語るうえで欠かせないのが、材料への考え方だ。
価格が上がったからといって、材料の質を落とすことは決してしない。職人の技術を語る以前に、まず材料があるからだ。

昔から使ってきた道具にも目を配る。なかでも木型は古くからあるものを今も大切に使う。新しい木型で作れないわけではないが、古い木型が持つ意匠には簡単には置き換えられないものがあるという。

一方で、昔と同じことだけを繰り返しているわけではない。普段から周囲に目を向け「これは和菓子に使えるんじゃないか」と考える。守るものと、新しく考えるもの。その線引きを決まりごとにするのではなく、一つひとつの菓子で判断している。

紫野源水陳列
季節を映した生菓子が並ぶショーケース。素材や意匠を変えながら、時季に合わせた菓子を手がける。
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店とともに歩む「松の翠」

その仕事ぶりがよく表れているのが、店を代表する「松の翠」だ。もとになったのは修行先で作られていた菓子で、製法は父の代から続くもの。独立後に自ら「松の翠」と名付け、こちらの菓子として作り続けてきた。

羊羹の上に大納言小豆をあしらい、すり蜜をかけて仕上げる。表面は軽い歯ざわりで、中はほろりとほどける。さらに大納言小豆の粒感が重なり、羊羹とも松露とも違う食感をつくり出す。

変わらない味を作るために、作り方はいつも同じとは限らない。気温や湿度によって水分量を変え、季節によって微妙に調整する。日々手加減を変えながら、食べたときの仕上がりを揃えるのが職人の仕事なのだ。

父の代からの製法をそのままなぞるのではなく自ら名を付け、40年以上作り続けることで、今ではこの店を語る一品となっている。

紫野源水松の翠1
父の代から続く製法を受け継ぐ「松の翠」。羊羹に大納言小豆をあしらい、すり蜜をかけて仕上げる。
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紫野源水松の翠2
すり蜜の軽い歯ざわりに、ほろりとほどける羊羹地、大納言小豆の粒感が重なる。
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季節を映す菓子と自ら生み出す一品

受け継いだ仕事がある一方で、こちらには井上さん自身が考えた菓子もある。

その代表が「有平糖」。江戸時代から伝わる飴菓子だが、こちらのものは本家から技術を受け継いだものではなく、自ら手がけてきた。桜や蝶など季節を表す意匠を、ガラスのような透明感のある菓子にする。

近年生まれた「黒洲浜」もある。長く続く店でありながら、新しい菓子を考える手は止まっていない。

昔ながらの菓子を知り尽くした職人だからこそ、古いものだけに縛られない。その柔軟さが、菓子の幅を広げている。

紫野源水黒洲浜
ここ数年で加わった「黒洲浜」。昔ながらの菓子だけでなく、新しい一品も店頭に並ぶ。
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「おいしい」が菓子を作る基準

店頭には干菓子など、その時季に合わせた菓子が並ぶ。形も素材も製法も異なるが、井上さんが判断の基準に置くものは意外なほどシンプルだ。
「食べておいしくないと、お菓子ではないからね」。

見栄えだけを優先するのでも、昔からあるという理由だけで残すのでもない。まず食べておいしいこと。そのうえで、素材を選び、技術を使い、季節に合った姿へ仕上げていく。

材料選びから仕上げまで自分の目を通す現在の仕事ぶりにも、その考えは表れている。たくさん作ることより、自分が納得できる菓子を作る。それが、同店の40年以上変わらない距離感なのだ。

紫野源水井上夫妻
温かい笑顔で迎えてくれる井上夫婦。
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次世代にも残したい京菓子の仕事

井上さんが目を向けるのは、自店の菓子だけではない。和菓子を支えてきた原材料を取り巻く環境が変わっていることや、京菓子を作る店そのものが少なくなっていくことにも危機感を持つ。

一方で、これからを担う世代には「自分たちの好きなように」と伝えているという。自分が父のもとから独立し、自分の菓子を作ってきたように、次の世代には次の世代の考え方がある。

父の代から続く製法で仕立てる「松の翠」があり、自ら考えた「有平糖」や新しい菓子もある。そこに共通するのは、古いか新しいかではなく、素材を選び、手をかけ、食べておいしいものを作るということ。

長く続く仕事をそのまま残すだけではなく、自分の感覚を加えながら菓子にしてきた。その積み重ねが、今の『紫野源水』を形づくっている。

紫野源水外観
紫色の暖簾が目印の『紫野源水』。1984年の創業から、この地で菓子を作り続けている。
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