話を聞いてパンを選ぶ。対話重視の販売スタイル。兵庫・神戸『パンと暮らしの Ça Marche(サ・マーシュ)』
神戸・山手らしいロケーションに
坂を上って、『サ・マーシュ』がある、「パールストリート」を目指す。この辺りはマンションや昔ながらの家屋、そしてムスリムモスクがすぐ前にあり、神戸の山手らしい閑静な場所だ。店内へは、門を潜ってわずかにアプローチを歩く。庭には屋根付きのイートインスペースも。ドアを開けると陳列台にパンがずらりと並んでいる。
開店時刻の頃は、クロックムッシュや食パン、バゲットなどが並び、午後になるとブリオッシュ生地のあんパンなど甘い系も登場する。毎日60種類ほどのパンが並ぶが、訪れる時間帯によって売り切れの商品もある。お気に入りのパンを見つけたら焼き上がり時間を確認して訪ねるのがおすすめだ。
日本を代表するパン職人
シェフの西川功晃(たかあき)さんは、業界でこの人を知らない人はいないのでは?というほど、日本の製パン界を牽引してきた人物。パン職人向けの講習会で各地を飛び回り、出版されたレシピ本も数えきれないほどある。現在そのうちの何冊かは中国や台湾などアジアの国々でも販売されているそうだ。
自店の営業で多忙な中でも、精力的に活動する西川シェフ。パンを通じて被災地に支援をと東日本大震災後から「ハート・ブレッドプロジェクト」を立ち上げ、賛同店と一緒に各店でハート型のパンを販売し、売り上げを寄付するなどの社会貢献活動も行なってきた。また神戸で、定年退職後のシニア男性に新たな趣味を持ってもらうべく、パン作りを教える「パンじい」プロジェクトの講師など、応えられる限り多くのプロジェクトに携わっている。
食べる人を想うパン造り
屋号に付けた「パンと暮らしの」というフレーズは『サ・マーシュ』のパンを選んでくれる人たちの暮らしに寄り添いたいとの思いから。「『コム・シノワ』時代から何十年も、食パンのハード・トーストをずっと買いに来てくださるお客様がいらして。その方の日常のなかにうちのパンが存在できているなんて、嬉しいことですよね」と西川シェフ。
パン自体も、コロナ禍を経て、考え方に変化があったと語る。昔はおしゃれでかっこいいものを作りたいと思っていたが、今はベーシックをいかに大事にできるかと考えている。「強いものはいらない。生地の自然な状態を見てあげて弱ければ少し補ってあげる程度に」と西川シェフ。また、日々食べてもらうには、安心で身体に優しいパンである必要があると、成分についても検証。糖質や塩を控えめにしながら美味しさは保つべく、配合や工程を見直した。もち麦を使ったバケットや、生地に豆乳を混ぜ込んだソフトなフランスパンなど新しいパンも生まれた。
柵越しにパンを見る独自のスタイル
2010年の開店時に誰もが驚いたのはパンの陳列台の前に設置された「柵」である。お客さんはこの柵越しにパンを見て、店のスタッフがそれをトレイに入れてくれる。対面販売とも異なる、パンとお客さんの間に「店員」が存在しているのが『サ・マーシュ』ならではの販売スタイルだ。
店のスタッフはお客さんが気になったパンについてどんな食感や風味なのか、どういう食べ方がおすすめかなどを話してくれる。
「お客さんが自分でパンをトレイに取るお店が大多数で、近年だとセルフレジも出てきました。それだと店とお客さんはひと言も会話しないで出ていくことになる。若い人はその方が好まれるのかもしれないけれど、うちはパンについて説明したいんです!」と、売り場を担当する奥様の文さん。マダムもまた、パンへの愛情が深い。
「この前買ったパンな、教えてもらった食べ方で食べてみたら美味しかったわ」と馴染みのスタッフに話す常連客。年配の方には「この生地はそんなに硬くないので食べやすいと思います」と説明する店の人。「逆にお客様からこうやって食べたら美味しかったよ、と情報をいただくこともあって。とにかくおしゃべりするパン屋なんです。アナログで、時代と逆行しているかもしれないけれど、うちらしくていいかなと思って」と文さんは笑う。
大切なパンを、美味しく食べて欲しいからできる限り話したい。人と触れ合わないことをよしとする風潮とは真逆の、温もりがある。
コレクション1「カンパーニュロゼ」
さてそんな情熱いっぱいの『サ・マーシュ』のパンコレクションは⁉︎
フランスの食事パンといえば、「パン・ド・カンパーニュ(田舎風パン)」。西川シェフが30年継ぎながら育てている自然酵母を用い、中力粉とライ麦全粒粉、小麦全粒粉を使った香ばしくも歯切れのよい生地。そこへ赤・白ワインを加えたオリジナルレシピだ。ロゼワインを使っているわけではないが、赤と白をミックスしているので「ロゼ」と命名したそう。
程よい酸味で、日常の食卓に馴染む。これからの気温が低い季節なら1週間ほど日持ちする。買った日から味わいが変化していくので、それを毎日楽しみたい。「初日は厚めにスライスして焼かずにぜひそのまま食べてみてください。サンドウィッチや、日が経って固くなってきたらフレンチトーストにするのも面白いですよ」と文さん。
コレクション2「抹茶あん・つぶあん」
「これは一体何だろう?」と、初めて見ると正体が分からないユニークな形。実は、食パン「パン・ド・ミ」の生地を使ったあんパンだ。くぼみに抹茶あんと粒あんの2色のあんを絞り、焼き上げた遊び心あふれる一品。ほかにも、レモンあんや栗あんなど、季節に応じた味が登場する。
コレクション3「ザ!クリームパン」
3つ目はクリームパン。一般的なふわふわ生地のクリームパンではなく、国産小麦の全粒粉100%のハード生地の中に、バニラビーンズ入りのカスタードクリームを絞って焼き上げたもの。また生地にはアクセントに、フルール・ド・セル(フランス産の塩)を少し散らしキュッと味を引き締めて、甘みとのバランスをとった粋な仕立て。ガブっと噛み締めると小麦の風味が立っている。
常にアイディア溢れる西川シェフは、レシピを変えることも、これまでにない形のパンを作ってみることも、いつだって冒険を恐れない。けれど「ベーシックを大切に考えるようになった」という言葉は、それぞれのパンの生地の味わいに見て取れた。素材の個性は立ちながらも、どれも優しい後口だった。
「例えばあんパン1つでも、それぞれの店の個性や技術、オーナーの想いが表現されていた方が面白いじゃないですか。わざわざうちの店まで買いに来てくださる人に、地元の店のあんパンとはまた違うな。神戸のパンって美味しいなと思ってもらえたら嬉しいですね」と語る。
どこにもないパンがここにはあるから、訪れるたびに楽しい。
data
- 店名
- パンと暮らしの Ça Marche
- 住所
- 兵庫県神戸市中央区山本通3-1-3
- 電話番号
- 078-763-1111
- 営業時間
- 10:00〜18:00
- 定休日
- 月・火・水曜
- 交通
- 各線三宮駅から徒歩8分、元町駅から徒歩10分
- 席数
- カウンター3席、テーブル12席
- メニュー
- 豆乳クリーミーフランス486円、ハードトースト486円、キャラメルチョコ ホワイトチョコのブリオッシュ540円、アーティチョーク(チーズ・オリーブオイル)324円(いずれもテイクアウトの価格)、おまかせ冷凍パンBOX4860円。コーヒー220円、JAVA TEA165円(イートインの価格)。
writer

三好 彩子
Miyoshi Ayako
愛媛県生まれ。関西の飲食店の皆様に育てられ、丸々成長した食いしん坊フードライター&編集者。特技はレストランの厨房に潜入取材をすることで、調理師免許も取得。イベント司会や企業のプロモーションも担う。共著書に『ご当地グルメコミックエッセイ まんぷく神戸』(株式会社KADOKAWA)がある。
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