「食から未来を変える」アリス・ウォータースさん&田中愛子さん対談

「食から未来を変える」アリス・ウォータースさん&田中愛子さん対談

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2023.11.14

文:宮下亜紀 撮影:宮本 進、あまから手帖編集部

1971年、カリフォルニア州・バークレーにオープンした、レストラン『シェ・パニース』。現在では食のトレンドとなっている地産地消、有機栽培、ファーマーズマーケットなどを実践し、世界的に知られるお店です。アリス・ウォータースさんはこの店のオーナーであり、食を通して学ぶ学校教育「エディブル・スクールヤード」の創始者です。79歳を迎え、約5年ぶりに日本へ。アリスさんの活動に影響を受け、日本でフードスタディーズを広めてきた料理研究家・田中愛子さんと語らいました。生涯かけて「食」と向き合ってきたふたりのメッセージをお届けします。

目次

おいしさを求めてたどり着いた、オーガニック 未来のために、できること 70代を生きるふたりから、次世代へメッセージ

おいしさを求めてたどり着いた、オーガニック

アメリカで最も予約が取れないレストランといわれる、『シェ・パニース』。その日届いたオーガニック食材で最高の料理を作り上げます。オーナーのアリス・ウォータースさんは「オーガニックの母」と称され、世界に先駆けて、スローフードを提唱してきました。

「ただただ、おいしさを求めてたどり着いたのが、オーガニック。正しいことだからやろうというのではなく、おいしかったからはじめたんです」と、対談では、今に至るはじまりを話してくれました。

「『シェ・パニース』では、食材は地元のオーガニックの農家さんから直接仕入れます。農家さんは、真の対価を受け取り、私たちに代わって、この地球のケアをしてくれているのです。近所の生産者さんたちは、みんな、私のベストフレンド。自然の豊かさ、食材本来のおいしさ……、なにもかも生産者さんから教わりました」

スローフードが暮らしに根ざせば、人も、地球も嬉しい。アリスさんがもうひとつ生涯かけて取り組んできたのが、「エディブル・スクールヤード」。生徒たちが食物を育て、調理し、食べる。体験を通して学ぶ、学校教育です。

「店に通ってくれていた、公立中学校の校長先生から、『学校を一緒に美しくしませんか?』と、声をかけられたのがきっかけなんです。たったひとつの学校から始まり、いまでは6000校までに広がりました。

私が子どもの頃は、どの家にもビクトリーガーデン(戦時中に推奨された家庭菜園)がありましたが、自分の手で、もいで、食べる、その体験は忘れられないもの。自然が好きになります。レストランと、エディブル・スクールヤード。私が手がけてきたのは2つだけ、だけど、この2つのモデルを創ったことで世界に変化をもたらせると感じています」

アリス・ウォータースさん、田中愛子さんアリスさんは、2022年に出版された「スローフード宣言 食べることは生きること」(海士の風)を記念して来日。京都「GOOD NATURE STATION」にて田中愛子さんと対談しました。

料理研究家・田中愛子さんはまさに、変化をもたらされたひとりです。

「2002年に『シェ・パニース』を取材し、感銘を受けました。20年前といえば、世の中はファストフード志向。みんなが目を向けていない中で、果敢にスローフードを提唱されていました。アリスさんとの出会いで、私の人生は変わりました。とても感謝しています」

アリスさんの影響を受けてフードスタディーズ(※)を学びはじめました。そして2009年、食育ハーブガーデンを立ち上げ、幼稚園や小・中学校など、150の施設で、ハーブを育て、食べる、食育を実施。2023年には「日本フードスタディーズ・カレッジ」を開校しました。ふたりは同じ時代を生きてきた、まさに同志といえます。

※フードスタディーズ…食をあらゆる角度から研究し、持続可能な未来の食を考察するアメリカで始まった学問

未来のために、できること

SDGs、サスティナビリティといった言葉が使われるようになりましたが、地球温暖化は深刻さを増すばかり。未来のために私たちができることを、アリスさんは次のように話します。

「私の考える、最も身近な答えが、「食べものと教育」です。私たちはラッキーであれば、毎日食べられ、教育が受けられます。ということは、どちらも多くの人が関われるということです。

解決策のひとつとして、すべての公立校の給食において、地域の生産者さんから直接買い付けるようになれば、酪農、漁業、農業が変わっていきます。これは、52年間、『シェ・パニース』で実際にやってきたこと。地域の経済が動き始めるのを見て、私は目が覚めました。日本では、小学校だけで600万人が給食を食べていると聞きました。きっと、変わると思います」

登壇するアリス・ウォータース氏

「エディブル・スクールヤード」にならい、田中さんが手がけてきた、食育ハーブガーデンも、未来のためにはじまりました。

「日本の気候では、春に植えた野菜は、おおむね夏に収穫となる。学校や幼稚園は夏休みに入ってしまうので、長く収穫できる、ハーブを育てることにしたんです。当時、まだまだ日本ではハーブの認知度は低かったし、買うといまでも高いでしょう。だから、自分たちで植えて、食べるには、いい選択でした。

とりわけ印象的だったのは、奈良・吉野の知的障害者施設ですね。ハーブは香りがするのでみんな喜んでくれました。一緒に料理をしようというと、集中力が長くもたないからと、先生は心配されましたが、サポートしながらやりとげました。そうしたら、その後、親御さんがお手紙をくださって、自分でつくって食べる経験ができたことをとても喜んでくださったんです。食は人を繋ぎ、心を繋ぎますね。アリスさんを通して、学んだことです」

70代を生きるふたりから、次世代へメッセージ

食を軸に、第一線に立ち続けてきた、ふたり。対談の最後に、次世代へ向けてメッセージを聞きました。

『足るを知る』こと。多ければいいというものではありません。食べることはただ栄養を摂るということではなく、食べ物の背景まで取り込んでいるのです。本物を食べれば、産地や生産者と繋がることになり、各地の文化を育むことにも繋がります。日本ではすでに行われていることだから希望を感じています。ただ、急がないとなりませんね」(アリスさん)

「食と環境は繋がっている。食卓からできることがあります。今年開校した、フードカレッジは食について学べるシンクタンク。地域と仲良くしながら、食の大切さを広く伝えていきたいです」(田中さん)

アリス・ウォータースさん、田中愛子さんアリス・ウォータースさん、田中愛子さん

未来をより良くするために、ふたりの活動はつづきます。 対談では、『シェ・パニース』で働き、現在、ナパバレーで夫とワイナリーを営むクリスティーナさんも登壇。アリスさんの温かな人柄、また、60人の従業員が幸せでであることを考え、ワインづくりだけでなく、野菜や蜂蜜づくり、ジュースバーの運営など、多角的に事業を行うことで、持続可能な経営を続けていると話してくれました。

田中愛子さん、クリスティーナさん『シェ・パニース』でアリスさんと働いていたクリスティーナさんも登壇。

そして最後に、「毎日が決断の連続。日常の中でも、この買い物が、だれかの助けになるか、問うています」と。
私たちにも、いまできることがあります。


アリス・ウォータースさん
1971年にオープンした『シェ・パニース』オーナーであり、「エディブル・スクールヤード」創始者。ファストフード文化に一石を投じ、世界中の料理人や教育者に影響を与え、「おいしい革命」をもたらす。近著に「スローフード宣言 食べることは生きること」(海士の風)。

田中愛子さん
料理研究家、「日本フードスタディーズ・カレッジ」理事長、大阪樟蔭女子大学元教授。アリス・ウォーター氏の影響を受け、フードスタディーズを学ぶ。大阪樟蔭女子大学、高校に「フードスタディーズコース」設置に尽力。日本と世界を結びながら、日本の未来の食へのメッセージを発信している。2023年、日本初の食と環境を考える教育機関「日本フードスタディーズ・カレッジ」を設立。
https://kitchen-conversation.jp


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