門上武司が語る加藤和彦氏。「食の場での振る舞いを教えてくれた人」

門上武司が語る加藤和彦氏。「食の場での振る舞いを教えてくれた人」

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2024.05.15

文:椿屋 撮影:「あまから手帖」編集部

日本の音楽史を変えた“トノバン”こと加藤和彦氏の軌跡を紐解くドキュメンタリー映画「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」の公開に先駆けて、映画にも出演している本誌編集顧問・門上武司が、美食家としても知られた加藤和彦氏との想い出を語ります。

目次

加藤氏が教えてくれた「食」 溢れ出すトノバンとのエピソード 音楽の柵がなかったからこそ 公開情報

加藤氏が教えてくれた「食」

5月31日公開「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」。自主制作したアルバム「ハレンチ」に収録されていた「帰って来たヨッパライ」でメジャーデビューし、日本の音楽史に多大なる影響を与えた先駆者・加藤和彦氏にフォーカスした初のドキュメンタリー映画です。「音楽家・加藤和彦」について語るのは、泉谷しげる、つのだ☆ひろ、坂崎幸之助といった錚々たる面子。美的センスも抜群だったという彼と親交のあったコシノジュンコなど多くの著名人が名を連ねるなか、三國清三シェフと門上武司が「美食家・加藤和彦」の魅力を浮き彫りにしているのです。

本作への出演依頼に対して、「それはもう、めっちゃ嬉しいわけですよ。加藤さんとはプライベートな付き合いだったので……食べ物パートとして出していただけるなんて光栄で、本当に嬉しかった」と、門上は目を細めます。

「加藤さんは大学卒業後にホテルのコックになることが決まっていたのに、デビューして音楽の道へ進んだ人です。だから、料理の知識と腕前はプロレベル。僕がブーダンノワールを初めて知ったのも、六本木のご自宅で手料理をいただいたときのこと。血のソーセージってこんな味なんや、って不思議な感じでした。ロブションなどの一流店に連れていってもらったり、ン十万円もする驚くほど高価なワインを一緒に味わったり……あれはいい勉強になりました」

トノバン

作中、インタビューを受けるのは、門上が懇意にしている『祇園 さゝ木』のカウンター。もちろん、そこには店主である佐々木浩氏の姿も。佐々木氏曰く「生きていれば食べてもらいたかった」という珠玉の一皿を、加藤氏の代わりに喫しています。

「加藤さんが京都に来るといつも一緒にごはんを食べに行っていました。特に、佐々木さんのところへは定期的に足を運びましたね。作中で、加藤さんの代わりに新作料理をいただきながら、共に彼を偲ぶひとときを過ごすことができました。いまでも新しい料理に出合ったら『一緒に食べたかったなぁ。加藤さんならどう言うかなぁ』って考えます」

トノバン作中、『祇園 さゝ木』のカウンターで、佐々木氏共に加藤氏との思い出を語りました。 ©2024「トノバン」製作委員会

溢れ出すトノバンとのエピソード

「作中に登場する吉田牧場さんで、手造りしたピザ窯の窯開きに集ったのはいい思い出です。そこにあったチーズを使って即興でティラミスを作ってくれたり、ギターを爪弾きながら吉田牧場さんの歌をつくろう!って盛り上がったり。当時先駆けだったオーベルジュを目当てに加藤さんの愛車で伊豆まで出かけたこともありますし、湯布院で裸のつき合いをさせてもらったことも」と、プライベートでのエピソードが次々と思い出されます。

トノバン作中には、吉田牧場での楽しいひとときの写真も登場します。 ©2024「トノバン」製作委員会

「加藤さんは本当に食べることが大好きで、ワインにも大変詳しかった。ソムリエに付いて、勉強していたくらいです。ご自宅のスタジオにも、ワインについての書籍がたくさんありました。ゴルフを始めたときも、ちゃんとプロのレッスンを受けていましたし。一見、飄々とした印象を受けるかもしれませんが、実は物事を突き詰めていく性質で、とても努力家だったと思います。コンピューターを導入するのも早かったですが、機械にはない揺らぎや誤差を大切にされていました。そういう感覚的なものは素晴らしかった。料理を『ベースラインがしっかりしてる』なんて、音楽に喩えて評することも多く、分析力と表現力に長けていましたね」

音楽の柵がなかったからこそ

かつて、ラジオから流れてきた「帰って来たヨッパライ」を聴いて衝撃を受けた門上少年からすれば、加藤氏は雲の上の人。リアルでのファーストコンタクトは、仕事のオファーだったといいます。彼との長年の親交について、門上は「オープンマインドで受け入れてもらいました。音楽の柵がなかったからこそ、長く付き合えたのかもしれません」と、しみじみと振り返りました。

食以外で影響を受けたことは?と問えば、すぐさま「ファッションですね」との答え。 「イタリアブランドに満足した後、ロンドンのテーラーに全てオーダーするようになった彼は、当時で一着何十万円もするスーツをどんどんと誂えていました。なので、不要になったアルマーニのコートやスーツをおさがりでいただきましたね。彼の影響で高級なスーツを仕立てたのも、そのときは正直痛かったですが(笑)、いまとなってはいい経験です」

門上が知る加藤氏は、“優しくて褒め上手”な人。「『今日のベスト、なかなかいいね』と言われたことが忘れられない」と教えてくれたときの門上の嬉しそうな表情が印象的でした。

「そのうえ、彼は持っているものは振る舞うタイプ。ある日ロンドンから電話がかかってきて、『そろそろ老眼じゃない? ちょっといいのがあるから』って、可愛い老眼鏡をくださったことも。度が合ってなかったからレンズは替えたけど、ずっと愛用していますよ。形見分けで受け取ったマーティンも僕の宝物です」

トノバンプレゼントされたお気に入りの老眼鏡をかけて。

加藤氏との尽きない想い出。過ごした時間はいまもなお、色褪せることなく門上の血肉となっているように見受けられました。

「完成した映画を、どこか懐かしい気持ちで観ました。知らなかったこともたくさんあって興味深かったです。加藤さんは、常にフラットな人でした。彼と出会ってなかったら、いまの自分はなかった。食の場でのスマートな振る舞いをはじめファッションセンスなど、様々なことを加藤さんから学びました。いまでも加藤さんは常に、僕の近くにいてくれていますね」

トノバン©2024「トノバン」製作委員会

■映画名
トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代
■詳細
【公開日】2024年5月31日(金)
【関西の上映館】
大阪:『大阪ステーションシティシネマ』『TOHOシネマズなんば 本館・別館』『MOVIX堺』
京都:『京都シネマ』『イオンシネマ京都桂川』
兵庫:『TOHOシネマズ西宮OS』
【公式サイト】https://tonoban-movie.jp/
【X】https://twitter.com/tonoban_movie
【instagram】https://www.instagram.com/tonoban_movie/

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