
小さな宿の個性派ベーグルたち / 京都・河原町五条『bakery &dining 603』
小林明子の「偏愛パン」
四条河原町の南、五条通に至るまでの界隈に新店が続々登場し活気づいている。そんな賑わいに先立ち、ベーカリーやダイニングを併設した全6室の小さな宿をオープンさせたのは、料理人として活躍してきたシェフ。
使うのは国産小麦と自家培養酵母
太ったドーナツのような形が特徴のベーグルは、東ヨーロッパのユダヤ人コミュニティーから生まれたと言われている。一方、ドイツ名物のプレッツェルから着想を得たと唱える研究者もいて、起源は定かではない。
日本で親しまれるようになったのは1990年代。ブームが起きては去り、また起きては去り、を繰り返してきたが、近年は専門店や独自性の高いベーグルを出す店も登場。何度目かのブームを呼んでいる。
そんななかでも、シェフの中澤衛さんが作るベーグルは実に個性的だ。
ホテルやレストランで料理人として活躍し、イタリアンから和食まで幅広くこなす中澤さんだが、パン作りに関しては「パン教室に通っただけ(笑)」。やがてその楽しさにハマり、独自に工夫を重ねる。そして2018年、実家があった場所に全6室の小さな宿をオープン。1階は、ベーカリーと宿泊客以外も利用できるダイニングにした。
シェフの中澤衛さんと、店を手伝うのが「楽しい」と話す小学生の長男。
ムチムチを通り越した、ムッチムチのベーグルは、日替わりで10種類前後。生地は、北海道産強力粉「春よ恋」とレーズンから自家培養した酵母で仕込んでいる。
中澤さんは、宿泊客用の朝食、ビジター向けのランチなども一人で作る。加えて、ベーグル、スコーンなどを焼くのだが、そのうえでさらに粒あん、こしあん、芋あん、各種ジャム類にハムまで、ベーグルに合わせるフィリングの多くは自家製。「買ってきた物をそのまま使うのはクリームチーズぐらいですかね」と笑う。
まさに“いつ寝てるねん”状態なのだが、「喜んで食べてもらえるなら」と意に介さない。
自家製フィリングで魅了する “味の積み重ね”
フィリングとしてよく使うのが果物のジャム。柿やバナナといったおなじみの果物に加え、オーロラ(洋梨)、木になるカスタードクリームとも呼ばれるポポー、ジンの香りづけにも使われるねずの実といった、名前を聞いてもすぐにはわからない果物を積極的に使っている。
ほうじ茶の香り高い生地にはプルーベリーとクリームチーズ。ミルクの水分だけで粉を練って黒ゴマを加えた生地には、ラム酒の風味と紅はるかのあん。焦がし全粒粉を加えて香ばしさを増した生地を重曹入りの湯にくぐらせてから焼く、プレッツェルタイプのベーグルには、梨のジャムに胡桃、シナモン、レーズン。
食事系も充実。スモークハムはもちろん、粒マスタードもシードから自作している。
いくつもの食材を重ねているにも関わらず、それらがケンカすることはない。一体感で魅了する。
「それは生地に包容力があるからだと思います。自分なりに工夫して編み出したベーグル生地が、すべてを受け入れてくれるんです」。
右上から時計回りに、ほうじ茶ブルーベリー、クリームチーズベーグル、340円。自家製スモークハム・マスタード、ドイツのモッツァレラチーズのプレッツェルベーグル、360円。黒ごまミルクと芋あんのラム風味ベーグル、360円。オーロラとシナモン、くるみ、クリームチーズベーグル、340円。焦がしポポー、クリームチーズ、プレッツェルベーグル350円。
つい先ごろ、厨房の改装を行ったため、「作業効率が上がりました」と中澤さんは嬉しそうに話す。また、荷台付きの三輪自転車を導入。移動販売を行う計画も進行中だ。
とはいえ、調理全般を一人でこなしながら、家族とともに宿の運営も行う中澤さん。パン屋営業は週末中心だが、そこは大目に見ていただきたい。店は閉まっていても、中澤さんは休みなく人を喜ばせる手立てを講じているのだから。
■店名
『bakery &dining 603』
■詳細
【住所】京都市下京区万寿寺通御幸町西入堅田町603 ホテル京の森有隣舎1階
【電話番号】075-746-7906
【営業時間】8:00~18:30(売り切れ次第閉店)
【定休日】週末を中心に営業(Instagramで告知)
https://www.instagram.com/mamoru_yurinsha/
Writer ライター

小林 明子
Akiko Kobayashi