“古くて新しい”奈良『今西酒造』の「みむろ杉 木桶菩提酛(ぼだいもと)」

“古くて新しい”奈良『今西酒造』の「みむろ杉 木桶菩提酛(ぼだいもと)」

地酒党・中本の「今月のイッポン!」

2023.01.10

文:中本由美子 / 撮影:マツモトカズオ(商品)、東谷幸一(人物、蔵)

酒の神を祀る奈良の大神(おおみわ)神社の膝元に創業して360余年。『今西酒造』は、その三輪にただ一つ残る酒蔵です。2020年、奈良固有の手法である菩提酛をアップデートするため専用蔵を新築。伝統に新風を吹き込む一本が誕生しました。

目次

正暦寺生まれの最も古い酛 “三輪を表現する酒”を造りたい スマートな現代的・菩提酛
奈良『今西酒造』蔵元・今西将之さんと「みむろ杉 木桶菩提酛」『今西酒造』蔵元・今西将之さん。

正暦寺生まれの最も古い酛

速醸、山廃(やまはい)、生酛(きもと)。コレ、すべて「酛」の名だ。だから正式には、速醸酛、山廃酛、生酛。酛というのは、字面のごとく“酒の元”。これを三段仕込みで増やしていくのが現代の酒造りで、酒を生み出すお母さん的存在なので、酛は酒母ともいう。

実は、酛も、三段仕込みも、奈良が発祥とされている。最古の酛は、清酒発祥の地と言われる奈良県の菩提山正暦寺(ぼだいせんしょうりゃくじ)で、500年以上前に生まれた「菩提酛」というのが、定説だ。

その製法は、とても原始的で、そして、神秘的。 まず、生米と水を合わせ、乳酸発酵させて「そやし水」を作る。そして、米を取り出して蒸し、そやし水と再び合わせて麹を加え、発酵させるというもの。

この製法は一時途絶えてしまったが、90年代に復活し、現代流に少しアレンジされて、今に受け継がれている。毎年、奈良県と「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」の7蔵が、正暦寺で共に菩提酛を仕込み、各蔵で三段仕込みを行い、7種の酒が醸されている。

その一つが、三輪にある『今西酒造』だ。
「奈良固有の菩提酛を、もっと崇高なものとして、物語と共に伝えたい」。38歳の若き蔵元は、2020年、築170年の蔵を改修し、なんと菩提酛専用蔵を新築。そやし水を自分の蔵で一から作り、オリジナルの菩提酛の酒に挑んだ。

奈良『今西酒造』の放冷風景地元・三輪産の山田錦の蒸し米の粗熱を取る、放冷作業。この米が『今西酒造』オリジナルの菩提酛の酒となる。

“三輪を表現する酒”を造りたい

『今西酒造』のある三輪は、酒の神が鎮まる地だ。
蔵から徒歩10分のところに、日本最古の神社とされる大神(おおみわ)神社があり、境内には杜氏の祖先とされる高橋活日(たかはしのいくひ)が祀られている。酒蔵の軒先に吊るす杉玉も、ここ大神神社で作られ、全国の酒蔵に届けられるという。

「三輪で酒を造ることを、誇りに思っています!」と、今西さんは口癖のように言う。酒の神が、杜氏の祖先が見守る地にある蔵として、“三輪を表現する酒”を醸したい。その想いが結実したのが、今回ご紹介する「みむろ杉 木桶菩提酛」だ。

酒米から手掛けたいと、今西さんは地元の自社田での栽培にも着手。その米と、契約栽培米だけを使って、この酒は醸されている。

仕込みに使うのは、奈良県が誇る吉野杉の木桶だ。
そこにも三輪に繋がる物語があると、今西さんは言う。「吉野杉は、1500年代に三輪山の杉を移植して育てたという文書が残っているんですよ!」。

ありったけの三輪への想いを詰め込んで醸した「みむろ杉 木桶菩提酛」は、半年ほど蔵で熟成させたのち、2021年6月にリリースされた。

奈良『今西酒造』の「みむろ杉 木桶菩提酛」の木桶仕込み10㎏ずつ丁寧に洗い、蒸し上げた米を放冷したら、菩提酛の待つ木桶へ。東側が壱号、西側が弐号と名付けられ、6月に発売されたのは弐号。その3カ月後に壱号もリリースされた。当初は2つだった木桶も、今は東西南北が揃い4つに!

スマートな現代的・菩提酛

口に含んだ瞬間感じるのは、清冽な湧水を思わせるピュアな風味。どこにも角を感じない、五味のバランス感が凄い。キレイな味だなぁ…。思わずため息が漏れるような完成度だ。

甘くて、酸っぱいというのは、菩提酛の酒の特徴だが、その甘みのエレガントなこと、酸味のスマートで伸びやかなこと。素晴らしく洗練された菩提酛だ。

しかし…この美しい酒が、あのそやし水から生まれるのだから、酒造りって不思議だ。 生米と水を発酵させたそやし水は、驚くほど臭い。よく足の裏の匂いと喩えられるが、はっきり言ってそれ以上だ。目に来る刺激臭なのだ。

もしや、『今西酒造』のオリジナル菩提酛のそやし水は臭くないんじゃないか? ふと、そんな疑問が生まれてきた。
「そうなんですよ! うちのそやし水はまったく臭くないんです」。

この蔵の「清く、正しい、酒造り」という醸造哲学をもってすれば、あのそやし水も雑菌汚染することなく、きれいな風味に仕上がるのか。掃除の行き届いた蔵で、驚くほど細やかに手をかけて醸す「みむろ杉」の、雑味を一切感じさせないピュアな風味は、菩提酛でも健在だった。

菩提酛が生み出す力強さと厚み、木桶仕込みによって創られる複雑味。それらをしっかりとまとめ上げ、洗練させる『今西酒造』の技術は、貴い。

奈良『今西酒造』の「みむろ杉 木桶菩提酛」みむろ杉 木桶菩提酛 720㎖箱入り5500円。
奈良県内で自社田または契約農家が育てた山田錦で醸す。『今西酒造』オリジナルの菩提酛を使った、木桶仕込み。現在、発売中は「2021年酒造年度 北木桶壱号」。爽やかな酸ときれいな甘みのバランスが、厚みのある複雑味をモダンに感じさせる。ラベルデザインは、人形師・中村弘峰さん。形状は青蓮華の葉、その中に大神神社の御神花のササユリなどが描かれている。

●今西酒造 【電話番号】0744-42-6022【公式サイト】https://imanishisyuzou.com

Writer ライター

中本 由美子

中本 由美子

Yumiko Nakamoto

和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉~WA・TO・BI」編集長。「あまから手帖」編集部に1997年に在籍し、2010年から12年間、四代目編集長を務める。お酒は何でも来いの左党だが、とりわけ関西の地酒を熱烈に偏愛。産経新聞夕刊にて「地ノ酒礼賛」連載中。

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