京都『松井酒造』の「神蔵(かぐら)」から「東風KOCHI」が吹く

京都『松井酒造』の「神蔵(かぐら)」から「東風KOCHI」が吹く

地酒党・中本の「今月のイッポン!」

2023.05.08

文:中本由美子 / 撮影:東谷幸一(造りシーン) / 画像提供:松井酒造

『松井酒造』は、京都の町中で酒造りを続ける最古の蔵。創業は享保11(1726)年ですが、昭和の時代に35年も休造し、平成に復活。「神蔵」ブランドが誕生しました。その春季限定酒「東風KOCHI」で春の名残をお楽しみあれ!

目次

“はちみつレモン”な春酒 酒の神様へのオマージュ コロナ禍中に蔵も「神蔵」も刷新

“はちみつレモン”な春酒

桜も散ったし、春の幸の代表格・山菜のシーズンも終わりか…と言うなかれ!
私の大好物のコシアブラを筆頭に、5月はワラビ、ゼンマイ、イタドリなどが目白押しだ。

昔から「春は苦みを盛れ」と言うけれど、日本酒だって、春は“ほろ苦”の季節。
春酒というジャンルもすっかり定着し、うすにごりや澱がらみなど新酒の搾りたてを主流に、売り場や品書きを彩っている。その味わいの特徴と言えば、華やかさの中に潜むほろ苦さなのだ。

山菜×春酒の“ほろ苦マリアージュ”を早春から存分に楽しんだところで、残春の候、お薦めしたいのが京都『松井酒造』の「神蔵」春季限定酒「東風KOCHI」。3月からリリースされ、5月末まで販売予定だ。

この春酒は、苦みも渋みもとっても柔らか。無濾過生原酒らしいボディ感がありながら、キュートな甘みと伸びやかな酸味のバランスが“はちみつレモン”的で、ほっこりする。 山菜の天ぷらといただくと、レモンを搾ったようなさっぱりとした余韻になるので、ぜひお試しを!

京都『松井酒造』外観

酒の神様へのオマージュ

「神蔵」は比較的新しい地酒だ。初リリースは2009年。まだまだ京都市内を中心に出回る、知る人ぞ知る銘柄だろう。

『松井酒造』は、昭和の時代に35年もの間、造りを休んでいた。きっかけは、京都の地下工事の影響で、仕込み水が使えなくなったことだそう。
15代目の蔵元にして、杜氏を務める松井治右衛門(じえもん)さんが生まれた頃はすでに休造中で、「酒造りを見たこともない蔵の息子だったので、学生時代は日本酒と焼酎の区別もつかないくらいでした(笑)」。

そんな慶応ボーイ時代、父から突如「蔵復活」を宣言される。
「父は養子だったので、自分の代で蔵を終わらせるワケにいかないという想いが強かったんだと思います」。
マスコミ志望ではあったが、父の切実な想いを知り、「モノづくりできるなら、それもいいな」と帰京を決意したと言う。

「蔵を継ぐなら、酒造りも自分で」と決めていた松井さんは、各地の蔵を視察し、伏見の『黄桜』で酒造りも経験。石川「宗玄」の名杜氏を招き、3年間みっちりとマンツーマンで指導を受けた後、2006年に杜氏となった。

「35年も休造していたのに、うちは酒造免許を手放していなかった。これって神のお導きだと思うんです」。
蔵の復活も、名杜氏との出合いも、すべては酒の神様のおかげ。そんな想いを込めた新銘柄「神蔵」は、その3年後に産声を上げた。

京都『松井酒造』仕込み蔵 京都の町中のマンションの1階にある蔵は、コンパクトな設計。仕込みタンクと貯蔵タンクが整然と並び、衛生管理が徹底している。

京都『松井酒造』製麹「神蔵」の麹造りは、蔵元杜氏の松井さん(右)も含めた全員参加で。麹室はガラス張りになっていて、蔵見学時に良く見えるよう工夫されている。

コロナ禍中に蔵も「神蔵」も刷新

松井さんに初めてインタビューをしたのは、2021年の秋だった。連載「地酒の星」の取材で蔵に伺ったのだが、当時はコロナ禍真っ只中。取材終わりの一献が叶わず、いつかゆっくり酌み交わしてみたいと思っていた。

先日、ようやく京都でその一献が叶った。
すれたところも構えたところもなく、自然体。話を聞いていると端々に謙虚さが覗く。
年間通して酒造りをしているから、杜氏としてはかなり多忙。にもかかわらず、この1年半の間に蔵元として大胆な戦略を展開している。機を見るに敏な人だ。

「神蔵」のボトルをリニューアルしたのは2021年11月。大河ドラマ「龍馬伝」の題字で知られる女性書画家・紫舟(ししゅう)さんの手になる文字はそのままに、なんとAR対応ラベルに変更。COCOARを起動してスマホをかざすと、製造の様子や蔵からのメッセージが動画で受け取れるという新しい試みだ。

翌年には、蔵と売り場を大幅にリニューアル。長い試飲カウンターを設え、蒸留酒造りにも着手を始めていた。久しぶりに訪ねた蔵には、外国人の観光客が溢れていて、アメリカ人の蔵人・ジョージさんが接客に励んでいた。

30歳で蔵元杜氏になって15年。45歳の松井さんは、まだまだ進化の足を止めないだろう。けれど、根底にあるモノづくりのスピリットがブレることはない。3時間に及ぶ愉しい酒宴で、私が一番グッときた台詞は、こうだ。

「酒は感性に訴えかけるものだと思うんです。うちはマンションの1階で再開した蔵なんで、衛生的な環境が造れたし、最新の設備も導入できた。けれど、酒造りは機械化すればできるものではなく、人の手が入ることも重要。そうじゃないと、“エモく”ならないですよね(笑)」。

 京都『松井酒造』の春季限定「神蔵 東風KOCHI」無濾過・無加水・生酒「神蔵」は基本、無濾過生原酒。季節限定酒として、春の「東風KOCHI」以外に、夏の「南風HAE」、秋の「西風NARAI」がシリーズ化されている。ラベルは、画家の中島 潔さんによる女性画だ。
「東風KOCHI」は五百万石を50%磨いた純米大吟醸。無濾過・無加水の生酒らしい躍動感と、アルコール度数17%のボディ感、穏やかな香りが楽しめる。720㎖3080円、1.8ℓ5280円。
●松井酒造 ℡.075・771・0246 https://matsuishuzo.com/

Writer ライター

中本 由美子

中本 由美子

Yumiko Nakamoto

和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉~WA・TO・BI」編集長。「あまから手帖」編集部に1997年に在籍し、2010年から12年間、四代目編集長を務める。お酒は何でも来いの左党だが、とりわけ関西の地酒を熱烈に偏愛。産経新聞夕刊にて「地ノ酒礼賛」連載中。

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