滋賀は甲賀の『瀬古酒造』より春限定のしぼりたて「忍者」参上!

滋賀は甲賀の『瀬古酒造』より春限定のしぼりたて「忍者」参上!

地酒党・中本の「今月のイッポン!」

2023.04.04

文・撮影:中本由美子

“忍びの里”として知られる滋賀県の甲賀に、60代の異色の造り手がいます。『瀬古酒造』の上野敏幸さんは、眠っていた昔の銘柄「忍者」をリブランディング。その春限定酒をご紹介します。今宵、山菜の天ぷらとぜひ!

目次

忍びの里に、異色の造り手 甲賀の「忍者」をリブランディング 春らしい“ほろ苦”の微発泡

忍びの里に、異色の造り手

兵庫『山名酒造』の木桶『瀬古酒造』製造責任者の上野敏幸さん。「蔵元杜氏と呼ばれるのは気恥ずかしいんでね。ブランディングから製造、販売までトータルの責任者という意味で名乗ってます」。埼玉県出身の64歳。

数年前までは甲賀の里に忍んでいた…と思う。とある滋賀の酒の会で、ブラインドで14~15種唎いて、「コレ好き!」とリストに◎を付けたのが『瀬古酒造』の「忍者」だった。

ぶぉんっと香り立つような派手さはなく、ふくよかなニュアンスがあって、親しみやすい。それでいて、ちょっと無骨。アテを選ばず、飲み疲れもしない、よき食中酒だな~と思った。

「ただただ愚直に造ってる酒なんでね」。
初めて蔵を訪ねた日、製造責任者の上野敏幸さんは穏やかに笑いながら言った。そして、語り始めた「忍者」誕生潭。その物語が…意外すぎた!

『瀬古酒造』の上野さん。生家であれば、瀬古さんのはず。婿養子?と思いきや、さにあらず。なんと、公私共にパートナーの女性の家業を継いだ、というではないか。

かつて二人は、東京で代理店を営んでいた。フランスの美術展を企画したり、百貨店で「パリ展」を催したり。「ゲイのダンサーたちをパリから呼んで、イベントもやったなぁ」。

ところが、30代半ば、『瀬古酒造』の先代が病に倒れたことで、上野さんの人生は急展開。多忙なパートナーに代わって経営を手伝うことになり、東京と滋賀を往復する日々が始まった。当時の石高は2000石以上。パック酒も造る、薄利多売の商売だったという。

経営難で、跡継ぎもいない。廃業するか、再建するか。選択を迫られる中、上野さんに芽生えたのは「酒造り、面白そう」という好奇心だった。「1本仕込んでみたい」。クリエイター魂が疼いたのだろう。「で、やってみたワケです。すると、意外と上手くできちゃって(笑)」。40代半ばで蔵を継ぎ、製造責任者になったと言う。

滋賀『瀬古酒造』の蔵『瀬古酒造』は明治2年創業。昔は「雄星(ゆうせい)」という銘柄を造っていたが、現在は「大甲賀」と「忍者」が主体だ。

甲賀の「忍者」をリブランディング

「忍者」は上野さんが復活させた銘柄だ。
「だって甲賀で忍者、ですよ。キャッチーじゃないですか!」。商標が残っていたことに目を付け、蔵再生の一手としてリブランディングを試みた。

値ごろ感を考えて、吟醸ではなく、まずは特別純米をリリース。ボトルは忍者のイメージで黒。ラベルは知り合いのグラフィックデザイナーに依頼したというから、まさに代理店出身の面目躍如だ。

けれど、伝統産業である日本酒業界の壁は厚かった。蔵の跡取り息子でもない40代のチャレンジがいきなり上手くいくワケもなく、「県内のお蔵さんとも酒販店とも軋轢(あつれき)ができちゃってね」。10数年は孤軍奮闘。それでも止めなかったのは、「一から何かを作るというのが面白かった。それと、意外と田舎が好きだったんでしょうね」。

汚れた蔵を掃除するところから始めた酒造り。効率化を図りながらも、必要な手作業は惜しまず、当たり前のことを愚直に重ねてきたと上野さんは言う。
すると、年下の蔵元が意見をくれるようになり、酒屋との繋がりもできた。少しずつ酒質を上げた「忍者」は、とうとう『瀬古酒造』の主銘柄になった。

滋賀『瀬古酒造』の主銘柄「忍者」

春らしい“ほろ苦”の微発泡

上野さんは現在64歳。滋賀の酒蔵の蔵元としては、年配の方だ。けれど、仲間うちでは、どうやらツッコミ役というより、いじられキャラ。年下に「この純米、ちょっと生ひねしてる」と評されては落ち込み、「でも、純米大吟醸はふくよかで美味かったっすよ」と褒められたら素直に喜んじゃうようなお人柄。

「酒造りを始めたのは40代からだからね。後輩ですよ、僕は」。
経営者としては、冷静で柔軟。造り手としては、謙虚で愚直。そこに、代理店時代に培ったプロデュース力が加味されて、上野さんの「忍者」は造られている。

吟吹雪という酒米から始まった「忍者」は、玉栄で醸した「PLUS」、美山錦を使った「NEO」を加え、「三兄弟になりました」。番外編として白ボトルを使った「白忍者」シリーズも展開。愛山で醸した純米大吟醸は、フランス語で愛を意味する「l’Amour(ラムール)」と名付ける遊び心も見せる。

今回ご紹介するのは春限定の「純米忍者しぼりたて一番<うすにごり>」。微発泡のフレッシュな一本だ。
一口飲んで、おっ!ほろ苦。酒米ではなく、飯米のみずかがみで醸すため、粗さもあるが、それが逆に春酒らしい。フキノトウの天ぷらが春の味だなぁ~と感じるのと同じだ。

アテを食べて二口目。さらに食べて三口目と進むと、落ち着いた柔らかさが出てくる。開栓して30分も経つと、持ち前のふくよかさが顔を出し、ぐっと親しみやすくなる。

滋賀『瀬古酒造』の「純米忍者しぼりたて一番<うすにごり>」「純米忍者しぼりたて一番<うすにごり>」720㎖1600円。
飯米のみずかがみを60%精米で。穏やかな香りと、微発泡の軽やかさがあり、余韻にほろ苦さが続く。生酒らしいフレッシュ感ある春酒は、限定100本。3月初旬から発売中だ。
●瀬古酒造【電話番号】0748-88-2102
【公式サイト】
https://www.sekoshuzo.co.jp/

Writer ライター

中本 由美子

中本 由美子

Yumiko Nakamoto

和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉~WA・TO・BI」編集長。「あまから手帖」編集部に1997年に在籍し、2010年から12年間、四代目編集長を務める。お酒は何でも来いの左党だが、とりわけ関西の地酒を熱烈に偏愛。産経新聞夕刊にて「地ノ酒礼賛」連載中。

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