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門上武司の旅vol4:岐阜駅前の“熟成肉研究所”『焼肉 旬やさい ファンボギ』へ。

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立っても居られない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第4回は、岐阜『焼肉 旬やさい ファンボギ』へ。

焼肉の世界を変えていく一軒

焼肉・韓国料理の『ファンボギ』を営む高橋樗至(のぶゆき)さんは、牛肉にかける思いの深さが凄まじい。

初めて高橋さんに会ったのは、岡山『吉田牧場』。15年ほど前、料理を作って楽しみながら、食の関係者が情報を交換する集まりであった。
そこへ高橋さんが持ち込んだのは、3か月ほどの熟成をかけた牛肉。「食肉を熟成させる」という技法が、今ほど世に知られていない頃の話だ。

正直なところ、恐るおそるその熟成肉を食べてみたのだが、コクと旨みが非常に豊かでありながら、もしやと予想した強過ぎる熟成香やクセはまるでなく、大いに感心したことを覚えている。そこから、『ファンボギ』を訪ねたり、関西の料理店で一緒になったりで、高橋さんとの付き合いが始まった。

『焼肉 旬やさい ファンボギ』高橋樗至さん
16歳から家業の焼肉店で修業し、肉を知るための遊学などを経て30歳で自店を興した高橋さん。店内ではスパイスなどの販売も。
『焼肉 旬やさい ファンボギ』熟成肉
この熟成庫内で自生する菌の状態を見極めながら熟成期間を調整してゆく。これは長年の経験と蓄積されたデータのよるものだろう。
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真のプロが提示する肉の「違い」

「当店ならではの、タン4種の食べ比べから始めましょう」と高橋さん。

『焼肉 旬やさい ファンボギ』タン4種
各々に適したカットと隠し庖丁を施されて、旨さがクリアに伝わる。タンはウェットエイジングで2か月、さらにドライエイジングで10日仕上げ。写真はすべて「おまかせ88」コース8800円から。
『焼肉 旬やさい ファンボギ』レモン
『焼肉 旬やさい ファンボギ』タレ
左からデュカ、バジルソース、レモン、おろしポン酢。
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まずは、柔らかなタン元の厚切り。レモンを垂らすのではなく、すり付けて食べる。優しい弾力、噛むごとに溢れる旨みの化身のような液体に思わず笑みがこぼれる。

続くタン中は薄くスライスされて、これまた噛む喜びを感じさせる。この切り方、この薄さでこそタン中の味わいが増幅されるという高橋さんの確信が、問答無用で伝わるのだ。

タン先の厚切りは、デュカ(中東発祥のミックススパイス)をプラスすることで旨みが深まっている。スパイスの香りや刺激が肉汁と混ざり合い、飲み込むのが惜しいぐらいである。

最後はアゴの部分、タン下だ。この味わいの濃密さはやみつきになる。

タンというひとつの部位をこうも多彩に食べさせるところに、肉のプロとしての矜持を感じて実に頼もしい。
続くは、7~10日寝かせた鶏。ゴマ油で食べれば、レバーの甘みが舌を覆い尽くしてゆく。これが楽しい。モモ肉は、皮目をしっかり焼き切るよう言われる。たしかに香ばしさが生まれ、身のしっとり加減との対比が興味深い。

『焼肉 旬やさい ファンボギ』鶏レバー
ゴマ油は少し付ければ充分。シルキーな口どけの鶏レバー。
『焼肉 旬やさい ファンボギ』バラ肉
豚バラ肉は、バラと思えないほど脂のくどさがなく、かつ甘みが強い。
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豚バラはおろしポン酢で。バラ肉とは思えないほどさっぱりした肉質の奥に潜む甘さを探す。口中で肉を噛みながら転がすようなイメージだ。
高橋さんが提示する肉のさまざまな見どころを逃すまいと、どこか検査のような食べ方になってしまうのが、我ながら面白い。

熟成のために「雪室も作りました」

精肉料理の主役は、岐阜の銘柄牛・飛騨牛のクリ(前脚上部)、ヒウチ(内モモ奥)、サーロインのそろい踏み。部位ごとの特徴を楽しむひと皿だ。
クリは爽やか。ヒウチは脂の甘さが鮮烈。サーロインは、同じく脂の甘みでうっとりとさせてくれるが、ヒウチに比べていくぶん上品だと感じる。

『焼肉 旬やさい ファンボギ』クリ、ヒウチ、サーロイン
迫力の大判にスライスされた、飛騨牛A5等級のクリ、ヒウチ、サーロイン。
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この皿を皮切りに、めくるめくような牛肉が登場するのだが、それぞれのクオリティは無論のこと、その一つひとつに高橋さんが詳しい説明を付けてくれるのも、牛肉好きにはたまらない経験となる。

『焼肉 旬やさい ファンボギ』ホルモンの盛合せ
ホソ、レバー、サガリ、ハツなどホルモンの盛合せ。新鮮なホルモンもまたこちらの名物である。サガリは横隔膜で脂の入り具合、柔らかさもあり人気の部位だ。ハツはコリっとした食感もうれしい。
『焼肉 旬やさい ファンボギ』ホルモンの盛合せ
食べごたえのある肉厚なレバーは、まるでキャラメルを口に含んだような濃密な甘みを感じるのである。
『焼肉 旬やさい ファンボギ』ホソ
ホソは脂分がたっぷりでプリプリの食感が特徴的。噛むごとにそれが柔らかくなり甘みが増してゆく。
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カウンターの向こうからまめまめしく肉の世話をしながら、店主が語る。

「店内の熟成庫でドライ、ウェットのエイジングを行うだけでなく、雪室(ゆきむろ)をつくり、氷点下・湿度約100%の室の中で熟成をかける(スノウ・エイジング)など、さまざまな手法を試みています。きちんとしたプロジェクトチームを組んで、大学の先生にアミノ酸の含有量データを採ってもらいながら」

自らの仕事の理想を追い、たゆまぬ研究と実践を続けるのが、高橋さんその人なのだ。

学びを止めないトップランナー

牛肉を堪能したあとは、参鶏湯のお粥と冷麺が登場した。このふたつのメニューは、それまでの「肉を究めたい」の強いメッセージから一転、韓国料理の滋味深さを感じつつの終幕となった。

『焼肉 旬やさい ファンボギ』参鶏湯
コースの締めは、参鶏湯のおかゆと冷麺で韓国料理に落着する。冷麺はオプションでプラス450円。
『焼肉 旬やさい ファンボギ』ナムル
前菜として供されたナムル5種。
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食べて、話して、常に感じるのは、高橋さんの牛肉に対する思いが尋常ではないほど強いことだけではない。自身の料理の高め方やそのアプローチが並みの料理人とは違うこと。学究的でありつつ、視野がとても広いことも、ひしひしと伝わってくるのだ。

家業の焼肉店で修業し、欧米など国内外で肉についての知識を深め、2010年に『ファンボギ』を開店。肉の熟成に傾倒する一方で、牛の繁殖にも目を向けるようになり、今や岐阜県の協力を得て、種付けの段階から飛騨牛の育成に関わる人でもある。

そんな、牛肉の碩学(せきがく)とでも呼ぶべき高橋さんの店が、岐阜駅からほんの数分のところに何でもない顔をしてある。それが、岐阜を愛してやまない僕にとって、なんとも嬉しいのだ。

連載「皿までひとっとび」

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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。