門上武司の旅vol4:岐阜駅前の“熟成肉研究所”『焼肉 旬やさい ファンボギ』へ。
焼肉の世界を変えていく一軒
焼肉・韓国料理の『ファンボギ』を営む高橋樗至(のぶゆき)さんは、牛肉にかける思いの深さが凄まじい。
初めて高橋さんに会ったのは、岡山『吉田牧場』。15年ほど前、料理を作って楽しみながら、食の関係者が情報を交換する集まりであった。
そこへ高橋さんが持ち込んだのは、3か月ほどの熟成をかけた牛肉。「食肉を熟成させる」という技法が、今ほど世に知られていない頃の話だ。
真のプロが提示する肉の「違い」
「当店ならではの、タン4種の食べ比べから始めましょう」と高橋さん。
まずは、柔らかなタン元の厚切り。レモンを垂らすのではなく、すり付けて食べる。優しい弾力、噛むごとに溢れる旨みの化身のような液体に思わず笑みがこぼれる。
続くタン中は薄くスライスされて、これまた噛む喜びを感じさせる。この切り方、この薄さでこそタン中の味わいが増幅されるという高橋さんの確信が、問答無用で伝わるのだ。
タン先の厚切りは、デュカ(中東発祥のミックススパイス)をプラスすることで旨みが深まっている。スパイスの香りや刺激が肉汁と混ざり合い、飲み込むのが惜しいぐらいである。
最後はアゴの部分、タン下だ。この味わいの濃密さはやみつきになる。
タンというひとつの部位をこうも多彩に食べさせるところに、肉のプロとしての矜持を感じて実に頼もしい。続くは、7~10日寝かせた鶏。ゴマ油で食べれば、レバーの甘みが舌を覆い尽くしてゆく。これが楽しい。モモ肉は、皮目をしっかり焼き切るよう言われる。たしかに香ばしさが生まれ、身のしっとり加減との対比が興味深い。
豚バラはおろしポン酢で。バラ肉とは思えないほどさっぱりした肉質の奥に潜む甘さを探す。口中で肉を噛みながら転がすようなイメージだ。
高橋さんが提示する肉のさまざまな見どころを逃すまいと、どこか検査のような食べ方になってしまうのが、我ながら面白い。
熟成のために「雪室も作りました」
精肉料理の主役は、岐阜の銘柄牛・飛騨牛のクリ(前脚上部)、ヒウチ(内モモ奥)、サーロインのそろい踏み。部位ごとの特徴を楽しむひと皿だ。
クリは爽やか。ヒウチは脂の甘さが鮮烈。サーロインは、同じく脂の甘みでうっとりとさせてくれるが、ヒウチに比べていくぶん上品だと感じる。
この皿を皮切りに、めくるめくような牛肉が登場するのだが、それぞれのクオリティは無論のこと、その一つひとつに高橋さんが詳しい説明を付けてくれるのも、牛肉好きにはたまらない経験となる。
カウンターの向こうからまめまめしく肉の世話をしながら、店主が語る。
「店内の熟成庫でドライ、ウェットのエイジングを行うだけでなく、雪室(ゆきむろ)をつくり、氷点下・湿度約100%の室の中で熟成をかける(スノウ・エイジング)など、さまざまな手法を試みています。きちんとしたプロジェクトチームを組んで、大学の先生にアミノ酸の含有量データを採ってもらいながら」
自らの仕事の理想を追い、たゆまぬ研究と実践を続けるのが、高橋さんその人なのだ。学びを止めないトップランナー
牛肉を堪能したあとは、参鶏湯のお粥と冷麺が登場した。このふたつのメニューは、それまでの「肉を究めたい」の強いメッセージから一転、韓国料理の滋味深さを感じつつの終幕となった。
食べて、話して、常に感じるのは、高橋さんの牛肉に対する思いが尋常ではないほど強いことだけではない。自身の料理の高め方やそのアプローチが並みの料理人とは違うこと。学究的でありつつ、視野がとても広いことも、ひしひしと伝わってくるのだ。
家業の焼肉店で修業し、欧米など国内外で肉についての知識を深め、2010年に『ファンボギ』を開店。肉の熟成に傾倒する一方で、牛の繁殖にも目を向けるようになり、今や岐阜県の協力を得て、種付けの段階から飛騨牛の育成に関わる人でもある。
そんな、牛肉の碩学(せきがく)とでも呼ぶべき高橋さんの店が、岐阜駅からほんの数分のところに何でもない顔をしてある。それが、岐阜を愛してやまない僕にとって、なんとも嬉しいのだ。data
- 店名
- 焼肉 旬やさい ファンボギ
- 住所
- 岐阜県岐阜市住田町2-4 南陽ビル1階
- 電話番号
- 058-213-3369
- 営業時間
- 18:00~23:00(肉・スパイスなどの販売は10:00~20:00)
- 定休日
- 日曜、第3月曜
- 交通
- JR岐阜駅から徒歩3分
- 席数
- カウンター8席、テーブル24席
- 個室
- 1室(2~6名)
- メニュー
- 「おまかせ88」コース8800円(前菜、焼肉9品(16種)、旬の焼き野菜、サラダ、参鶏湯のおかゆ、中国茶、デザート)。
- 公式サイト
- https://fanbogi.com/
writer
門上 武司
kadokamitakeshi
関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。