
和菓子と秘密。ひと味違う家族の話「おはようおかえり」:正和堂書店のおすすめ
contents
おはようおかえり(PHP文芸文庫) 近藤史恵・著
春らしい柔らかな装丁に惹かれて手に取りましたが、 予想を上回るミステリアスでピリッとした展開に、思わず一気読みしてしまいました。
物語の舞台は2018年、北大阪にある和菓子屋『凍滝(いてたき)』。
真面目な姉・小梅は家業を継ぐため和菓子作りに励み、自由奔放な妹・つぐみはエジプトへの留学を目指していました。
ある日、亡くなった曾祖母の魂が、なぜかつぐみの身体に乗り移ってしまいます。
『凍滝』創業者でもある曾祖母は、「ある手紙を、お父ちゃん(曾祖父)の浮気相手から取り戻してほしい」と小梅に頼んできて――。
手紙の行方を辿る中で、少しずつ明らかになる曾祖母の『凍滝』への想いや、時代の流れ、そして手紙の謎。
加えて、地震や台風などの災害、差別、偏見についても描かれています。
姉妹は曾祖母をはじめ、出会った人々に影響されながら、自分の選ぶそれぞれの道を歩んでいきます。
物語の中では大阪府北部地震や台風21号での被害の様子も描かれていますが、
(つぐみの身体に乗り移った)曾祖母は、「そういうときほど、甘いもんが欲しくなるんやないの」と、手際よく小倉あんや芋あんのきんつばを焼きます。
災害の混乱で疲れ果てた小梅が芋あんのきんつばを食べると、その甘さが身体中に染み渡り、ほんの少しの甘さと素朴さが心を救うのだと気づかされます。
曾祖母は、女は勉学などせず結婚して子供を持ち、「家のため、夫のため、子供のため」、
自分の時間などなく必死にその時代を生きてきたと語りました。
時代とともにそのような考え方は変わりましたが、曾祖母が災害時にきんつばを焼く姿に、
戦時中でも人々は「甘いもん」でほんの少しでも癒やされたのだろうかと、想像せずにはいられません。
考え方は変わっても、「甘いもん」は昔も今も、不安な心や疲れを癒す力があるのですね。
そして、曾祖母の時代を生きていた人々も、私達と同じなのだと、思いを馳せるのでした。
ガツンと考えさせられるテーマがありながら、たびたび登場する和菓子がそれはそれはおいしそうで、
物語を通して柔らかな雰囲気が包みます。時代を超えて描かれる、ひと味違った家族小説です。

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正和堂書店
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