近藤芳正さん×柳裕章監督【後編】映画の街・京都での暮らしから得るもの

前編では、京都シネマで期間限定上映される映画「事実無根」の撮影裏話をお届けしました。続く後編は、引き続き映画のお話を聞きつつ、共に京都移住組である近藤芳正さんと柳裕章監督に、京都での暮らしについて語っていただきました。“よそさん”だからこそ感じる京都の魅力についてお伺いします。

必然が重なったキャスティング

――本作のオファーを受けたとき、いかがでしたか?

近藤さん(以下、近藤):
何があっても出たい! と思いましたね。監督とは5年前くらいからのお付き合いかな。
東映と松竹の両方に携わっている助監督さんって珍しくて、よく働くなぁと思っていたら東京の現場でも会って! その行動範囲の広さとガッツに感心してたんですよ。そんな柳監督からのお声がけですから、断る理由がなかった。
柳:
嬉しいです。近藤さんは裏表がなく、スタッフとの人間関係も大事にされていて、世間話も気兼ねなくできるタイプの役者さん。それこそ「おやじキャンプ飯」で衝撃を受けたんですが、もう“現代のオジサン”の代表ですよね。しかも、京都在住。これはもう、近藤さんしかない! と思ってお願いしました。

――仕事を受ける決め手はありますか?

近藤:
それは、わくわくするかしないか。それだけですね。

――京都に移住されて、仕事への向き合い方に変化はあったのでしょうか。

近藤:
京都に移ってきて、意識は変わりました。コロナ禍だったこともあって、都心を離れることで仕事が減っても仕方がないという思いもありましたが……ありがたいことに、朝ドラをはじめ関西での仕事が増えました。交通費・宿泊費のいらない役者なもので(笑)。
柳:
私も明らかに違うものを感じています。時間の流れ方、人間関係……その変化したものを撮りたいと思うようになりました。

大きく変化した京都のイメージ

――京都に対する印象も変わりましたか?

近藤:
20年くらい前は、京都=太秦だった。だいぶ恐かったので、行きたくないって思ってました(苦笑)。京都での撮影中は西院や千本界隈のウィークリーマンションに泊ってたんですが、いまは自宅が御池辺りにあるので、印象はガラリと変わりました。京都って、細かいエリアで全然違った表情を見せますよね。
柳:
私は太秦に住んでいますが、時代と共に徐々に優しくなっているのを肌で感じますよ(笑)。イケズのイメージが強いですが、京都って中に入ると優しいんですよね。
近藤:
たしかに。京都という街は、役者に対して優しい気もしますね。東京なら道や店で会っても反応されないけど、京都の人たちって、帰り際にひとこと「いつも見てますよ」とか「こないだのドラマ面白かったです」なんて声をかけてくださる。その絶妙な距離感が嬉しい。
柳:
監督になりたくて京都に住むようになって、移住民が多いなって感じています。だからこそ、今回の「事実無根」では体験したことを盛り込みたいと考えました。なかでも、方言は大きなポイントでした。私では分からないことも多いので、関西弁に詳しいスタッフに現場でチェックをお願いしたりして、ネイティブなキャスティングにこだわりました。関西弁の魅力を伝えたくて。
事実無根シーン
「事実無根」ⓒ一粒万倍プロダクション

関西弁の温かさに魅せられて

――関西弁の魅力とは?

柳:
私が入っていた現場での出来事なんですが。60代くらいかな、ベテランの女性スクリプターさん(制作現場で必要な情報の記録・管理)がいらっしゃって。彼女の説教が本当に面白いんです。
その現場で何度も遅刻してくる若手スタッフがいて、東京だったら皆仕事に追われて他人に構ってる余裕なんてないからスルーするところを、そのスクリプターさんは毎回ちゃんと注意されるんです。「そんなん繰り返してたら信用なくすんやで」といった具合に。
そのやりとりが人情喜劇の一幕みたいで、美談に見えたんです。ベテランの方が突っ込むと、誰も無視できないじゃないですか。そういう濃やかで丁寧なコミュニケーションには、家族みたいなあったかさがあるなぁ、と。
事実無根シーン
近藤:
京都に住むようになって、東京は“仕事の街”だったと気づきましたね。対して、京都にいると、仕事以外のお付き合いも生まれて、生活をちゃんとしようと思える。芝居の稽古で2週間東京暮らしになると、京都に帰りたくて仕方がない(笑)。
柳:
分かります! 実家にいても京都に帰りたいと思いますよ。
近藤:
京都は住みたいと思って住む場所ではなく、呼ばれたら住むところっていうのを聞いて、「ああ、自分も呼ばれたんだなぁ」って思いました。
近藤芳正さん

ふたりの行きつけは

――京都はグルメもレベルが高いと思いますが、お気に入りの料理や店などあれば教えてください。

近藤:
行きつけの居酒屋もできましたし、「おやじ京都呑み」(KBS京都)でお邪魔した店にもプライベートで訪れます。二条城近くの『チドリアシ』は何を食べてもおいしいし、崇仁地区で地元の人に愛される『糸ちゃん 美。』の煮込みうどんも大好きです。太秦なら『魚菜めし まつぼっくり』のお魚は間違いない。玉子焼きもおすすめ。しばらく東京で過ごすとなると、出発の前日は朝からどこへ何を食べにいこうかと悶々とします。最後の晩餐ですよ(笑)。
近藤芳正さん
柳:
太秦だと、家の近所にあるお好み焼きの『ひでよし』へよく行きます。京都に来るまでは粉もんに馴染みがなかったんですが、いまではすっかり鉄板焼きの匂いが好きになってしまいました。

――おふたりは、ご自宅で料理はされますか?

柳:
しますよ。呑みながら料理することが多いですね。得意料理はカレー。一番好きな具材はスペアリブです。
柳裕章監督

――スペアリブ! 真っ先に挙がるには珍しい食材ですね(笑)。

近藤:
私は自炊はしませんが……家内がつくってくれる親子丼や卵丼に山椒をかけて食べるのが好きです。丼やうどんに山椒かけるのって、京都の食文化ですよね。こっちに来て知りました。寒いときに食べるあんかけうどんもおいしいです。

――暮らしているからこそ、おふたりが伝えたかった京都があります。ぜひ映画館へ。

profile

近藤芳正さん

俳優

近藤芳正

愛知県出身。1976年の「中学生日記」出演をきっかけに、1981年劇団青年座研究所に入所。映画「ラヂオの時間」をはじめ、三谷幸喜作品に数多く出演。その他の主な出演作品に、NHK朝の連続テレビ小説「カムカムエブリバディ」「ブギウギ」「雲霧仁左衛門」(シーズン3から出演)、「おやじキャンプ飯」など。京都が大好きな角野卓造さんと京都を呑み歩くKBS京都「おやじ京都呑み」も人気。“ラ コンチャン”として舞台のプロデュースも手掛け、ときには作・演出にも関わる。俳優向けのワークショップも主宰するエンターテインメント界のオールラウンダーであり名バイプレーヤー。2019年10月、結婚を機に拠点を京都へ移した。東京サンシャインボーイズ復活公演「蒙古が襲来」(京都劇場・3/13~16ほか地方公演多数)に出演。

柳裕章さん

映画監督

柳裕章

群馬県出身。父親の転勤で茨城・千葉で幼少期を過ごし、早稲田大学人間科学部に進学するも中退。一般企業でのサラリーマン経験を経て、バンタン映画映像学院に入学。卒業後はフリーとなり、吉田啓一郎監督、五十嵐匠監督、佐々部清監督、熊切和嘉監督、山下智彦監督などの助監督として、100を超える映画やテレビドラマの現場で研鑽を積む。2015年に、京都へ移住。2021年、テレビ朝日「科捜研の女」season21第12話で初監督を務めた。

writer

椿屋

tsubakiya

映画は「ひとり、劇場で!」がモットーの映画ライター。2024年鑑賞数は267本。人生の映画ハシゴ最高記録は1日7本。各媒体で、着物・グルメ・京都ロケ地といった切り口のレビューを担当する。超大作から自主映画まで、ノンジャンルな雑食。