生ビールと14面体スピーカーが主役の、立ち飲み酒場『yacipoci』

生ビールと14面体スピーカーが主役の、立ち飲み酒場『yacipoci』

カオリンの「シェフのBGM」

2023.04.28

文・撮影:船井香緒里

大阪・平野町。穏やかな空気が流れる東横堀川沿いに『yacipoci』はある。昭和初期の復刻ビアサーバー「スイングカラン」で注ぐ生ビールと、音楽が主役の立ち呑み酒場だ。店主・秋谷直弘さん曰く「趣味全開の店です(笑)」。2種のスピーカーから流れる、優しい音に包まれながら、まだ明るいうちから呑む幸せを。

目次

「疲れない音」がテーマの空間づくり 気の利いた肴と極みの一杯、心地よい音楽がちょうどいい 店舗情報

「疲れない音」がテーマの空間づくり

高い天井が印象的な、木造一軒家。窓を見下ろせば東横堀川があり、コテコテの大阪とは無縁の静けさが漂っている。
店主・秋谷直弘さんは2017年、燻製料理を軸にした立ち呑み『wapiti』をスタートさせ、大ブレイク。2021年に開いた姉妹店『yacipoci』は、「音楽と酒をほじくった、趣味全開の店です(笑)」。

どんな音楽でも味になる、その空間づくりが独特。
カウンターの正面には、イギリス『ワーフェデール』のスピーカーが2台。さらに、背後の天井には14の面でできたスピーカー「sight」が2台吊り下げられている。

14の面でできたスピーカー「sight」スピーカー「sight」

「もともとは『JBL4307』を設置していたんですが、スピーカーの真横でレコードをかけ続けていると、直接的な音に疲れることも。だから“疲れない音”をテーマにしたいと、宏さんに相談したんです」

宏さんとは、『resonance music』主宰の吉本宏さん。選曲家であり、アーティスト作品のリリースを監修。さらには音楽文筆家としても活躍する。

宏さんの繋がりにより、奈良を拠点に展開する音響ブランド『listude(リスチュード)』の鶴林万平さんに出会う。一際、異彩を放つ、多面体スピーカーの音響設計・製作者だ。(2021年にsonihouse(ソニハウス)よりlistudeへ改名)。
「万平さんのスピーカーが設置されている宿『MIROKU奈良』へ泊まり、ずーっと聴き続けました。美しいサウンドスケープに一目惚れですよ」。そうして「sight」導入に至った。

「万平さんも、単一指向性(※1)スピーカーと組み合わせて設置する例は、今までほとんどなかったようです」と、天井から吊るす角度を微妙に変えながら、試行錯誤。

(※1:音が拡散せずに直線的に進むという特徴)
結果、『ワーフェデール』が放つ中高音域の美しさと、あらゆる方向に広がる「sight」のまろやかな音色が、アンプ「LUXMAN 505」の力も手伝い、絶妙に融合。やわらかで伸びやかな音が、全方位から聴こえてくる“音の場”が生まれた。

アンプ「LUXMAN 505」アンプ「LUXMAN 505」

気の利いた肴と極みの一杯、心地よい音楽がちょうどいい

秋谷さんの定位置は、もちろんDJブース。約3000枚のレコードの中から、その日の客層や雰囲気に合わせて曲を選びプレーする。

「元々は、ジャズの中でも、フリージャズ(※2)が、めっちゃ好き。だけど最近はアンビエントの要素も入れますね。ゴリゴリのジャズから、優しい音に目覚めたのは、宏さんの影響が大きいですよ」

(※2:60年前後に出現した、調性の枠に囚われない自由かつ前衛的なジャズ)

ギターやピアノの清らかな独奏、南米やアフリカの伝統楽器…。宏さんこと『resonance music』の吉本宏さんによる、各国の繊細な音を紡ぐ独特の世界観が、この店にはしっくりくる。

「大切にしていることは、気持ちよく呑んでもらうための選曲。そして、天気の良い日没直後、風景が青色に染まる“青の瞬間”を意識して曲を選ぶのが好きですね」

『yacipoci』DJブース

15時のオープンに合わせて、秋谷さんは棚にびっしり並ぶレコードを物色しはじめる。
この日、最初にかけた一曲は、エチオピアの女性ピアニストであるエマホイ・ツェゲ・マリアム・ゴブルーの音源。アンビエントの要素をもつ穏やかさと、ゴスペル音楽に通ずる包容力を感じさせてくれる。

取材も終盤に入った筆者は、待ってましたとばかりにビールを注文。秋谷さんが昭和初期の復刻ビアサーバー「スイングカラン」で注ぐ一杯。なかでも「ミルコ」は、スイングカラン特有のキメの細かい「泡」だけ!そのまろやかさを一度知れば、もう後戻りはできない。クセになる味わいなのだ。

アサヒ生ビール『マルエフ』ミルコ300円昭和初期(1930年頃)の復刻ビアサーバー「スイングカラン」を駆使し、アサヒ生ビール『マルエフ』を注ぐ。グラスの真っ白な部分は全てビールの泡。ミルコ300円。

「ピアノを軸に次は…」と、坂本龍一「戦場のメリークリスマス」のレコードに針が落ちた。故人を偲ぶ、しみじみとした空気がフロアに優しく漂う。
「ちょっと場のトーンをあげようかな」と、坂本龍一・細野晴臣のYMOつながりで、はっぴいえんど「風街ろまん」へ。東横堀川からの風が、木造のフロアを優しく通り抜ける気がした。
続いて、女性シンガー・ソングライター池間由布子による、日常を切り取った素直な言葉が印象的なフォークサウンドへと。
「池間さんと交互にかけることも多い」と、シンガー・ソングライター折坂悠太の名作「平成」へ。昭和歌謡な趣の曲調を、夕方に聴くとなんとも言えないノスタルジックな気持ちになる。

「これもいいっすよ」と、テキサス出身の3人組ファンクグループ・クルアンビンのメロウでエキゾティックなソウル~ファンク・サウンドへと。タイ音楽や、東南アジアの匂いも漂わせるサウンドが独特。
かように、秋谷さんの選曲は、国境も時代もジャンルも超えて。手を変え品を変えの展開が楽しすぎて、帰してくれない(笑)――。

さて、スイングカランで注ぐビールの次は、ナチュラルな微発泡ワインを。
山形・南陽「YMW(イエローマジックワイナリー)」のHipHop Mix 2022をグラスで。スチューベンほか計3種のブドウの野⽣味溢れるジューシーな味わいがじんわりと響く。

お供には、秋谷さんの奥様・とも恵さんが作る酒肴を。ぬか漬けに、かぶと生ハムのマリネ。
また、桜のチップで燻製した自家製ベーコンは、その脂でフランベした焼きリンゴと共に。酒呑みのツボをつくアテ揃いで、なおも杯を進ませるのだ。

焼きリンゴと自家製ベーコン690円焼きリンゴと自家製ベーコン690円。豚バラ肉を4日塩漬けにした後、桜のチップで燻製にした自家製ベーコンは、塩味優しく旨みは深い。その脂でソテーしたリンゴには爽やかなドレッシングが絡み、飲ませる味。

DJブース前のカウンターでは、秋谷さんとオーディオ好きの常連との音楽談義が繰り広げられている。
結果、音楽と酒を愛する人たちの繋がりが、『yacipoci』を軸に縦横無尽に広がりゆく。

『yacipoci』カウンター

■店名
『yacipoci』
■詳細
【住所】大阪市中央区平野町1−1−1
【電話番号】なし
【お料理】焼きリンゴと自家製ベーコン690円、ぬか漬け・古漬け盛り合わせ・かぶと生ハムのマリネ共に790円。ミルコ300円、グラスワイン900円〜。
【Instagram】https://www.instagram.com/yacipoci2021/

Writer ライター

船井 香緒里

船井 香緒里

Kaori Funai

「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」でお馴染み。酒と酒場と音楽をこよなく愛し、「Led Zeppelin」、「The Who」はじめ60〜70年代の洋楽ロック好き。愛用するスピーカーは「Tannoy ⅢLZ」66年製。アウトドア好きでもあり、ジョギングとロードバイクにて健康維持。https://kaorin15.exblog.jp/

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