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門上武司の旅vol5:“総合芸術の日本料理”を志向する新鋭、岐阜『日本料理 白日』へ。

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立っても居られない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第5回は、岐阜『日本料理 白日(はくじつ)』へ。
岐阜・川原町
難攻不落の城としても知られる岐阜城の麓には、格子戸のある古い町並みが今も残る。
岐阜・金華山
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「試作はしません」で、この完成度

コースを食べ終え、『白日』のご主人・桑下猛留さんと話し込む中で、こんな言葉を聞いた。
「試作や試食はあんまりしないんです。かえって迷いが生じたり、頭の中がごちゃごちゃになることがあるので」。

意外であった。日々寸刻を惜しんで試行錯誤を繰り返し、その精華がカウンターに並ぶのだろうと、食べながら勝手に想像していたのだ。それほどに、桑下さんの料理は完成度が高かったのである。

『日本料理 白日』店主・桑下さん
京都の料亭などで修業した桑下さん。基本をくまなく修めながら、それを変えることを厭わない。
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最初にいただいた涼やかなゴマ豆腐。豆腐自体はさっぱりとした味わいで、そこにかけるトウモロコシのすり流し、その上に配する焼きトウモロコシの鮮やかな甘みが、食味を絶妙に引き締めていた。トウモロコシを使う意味と、その役割をよくよく考えたうえでの味付けやコンポジションだと感じた。

『日本料理 白日』先付
先付の「トウモロコシのすり流し」は、ゴマ豆腐に2態のトウモロコシを配する。写真はすべておまかせコース23000円から。
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次の椀物も面白かった。岩牡蛎、トマト、ミョウガ、オクラなど多彩な具材が入っている。利尻昆布とマグロ節を使っていると聞いただしはすっきりとして、食べ進めるうちに具材と味わいを相馴染ませてゆくさまが非常に興味深く感じられた。

『日本料理 白日』椀物
すっきりした旨みが印象的な「岩牡蛎の椀物」。晩夏の季節感を演出する。
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食材に行く末を見据えつつ

「和食のだしは昆布とカツオが基本です。うちはその基本からいったん離れてマグロ節に変えました。秋なので深みを出したいと思って。これからも、外的な要因や自分の料理に合わせてだしは変わってゆくことになると思います。その未来について考えるのがすごく楽しみで」と言い切った。

確かに、気候や環境の変化、社会情勢の推移のなかで、これまで当たり前にあるものと思っていた食材が手に入らなくなる可能性も大いにある。和食の料理人として、料理の柱となるだしの行く末を考えるのは、至極真っ当なことである。

さて、料理に戻ろう。賀茂ナスは、いこった炭の中で焼き、真っ黒になった皮を外すと中はとろとろ。その甘みが、スダチや藻塩で倍加してゆくようだ。

『日本料理 白日』賀茂ナス
熾(おこ)した炭を直接当てるような焼き方で火を入れた賀茂ナス。
『日本料理 白日』炭焼き
短時間で火を通した「賀茂ナスの炭焼き」は、賀茂ナスならではの豊かな水気と甘みをたたえる。
『日本料理 白日』たたき
京都の白味噌あんで仕立てた「飛騨牛のシャトーブリアンのたたき」。イチジクの甘酸っぱさや味噌、黒七味がヒレ肉を彩る。
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続いて、スッポンのひろうす。スッポンのだしが奥行きのある旨みを醸し、ショウガが巧みにアクセントを穿(うが)つ。予想外の取合せで、ひろうすの格がここまで上がるのかと感心した。

『日本料理 白日』ひろうす
庶民的な種とスッポンだしをかけ合わせて意表を突く、「自家製のスッポンのひろうす」。
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コースの始まりから終盤まで、味は淡から濃へと緩やかにカーブを描いていた。これも緻密な構成があってこそだ。

総合芸術を志向する岐阜の新鋭

だしは、常に和食の中心にいる。椀物、焚合せ、煮物など、料理の大多数にだしは不可欠であり、全体の流れをも支配する。そのだしを高い意識とバランス感覚で追求するのが、桑下さんの流儀の一端であることは間違いない。一端、と言うのは、最重要のだしもまた、彼の料理を構成するひとつの要素に“すぎない”からだ。

料理人は料理の味をととのえさえすれば終わり…では、もちろんない。提供時の温度帯、空間の音や光が食べ手に及ぼす影響…。考えるべきことは無限にある。器、設え、季節感も含め、料理はこれら無限の変数を操りながらつくり上げていく総合芸術である。そういう思いが、『白日』の料理には強くにじんでいると、僕には感じられた。

『日本料理 白日』ご飯
コースの締めは炊き立てのご飯。米は岐阜産の「龍の瞳」を使用。
『日本料理 白日』締め
ご飯のお供にはイワシ、だし巻玉子、漬物、赤だしを。
『日本料理 白日』デザート
国産の本わらび粉を使った「できたてのわらび餅」。合わせる抹茶は目の前で入れてくれる。
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桑下さんは45歳。岐阜出身、岐阜の料理店で少し働き、その後京都の『祗園丸山』で7年、岐阜『たか田八祥』で4年働き、2021年に独立した。

料理人として脂がのる頃合い、しかも試作せずとも料理の出来をイメージできるほど“暗算”が達者な人だ。この先、彼の思う料理を体現するための、さまざまなアイデアがかたちになり、スタイルもじわじわと変容を遂げていくだろう。定期的に観測を続けたい一軒である。

『日本料理 白日』暖簾
苔むす庭、季節を映すしつらえなど、隅々にまで和の美意識が行き届く『白日』の店構え。
『日本料理 白日』苔むす庭
『日本料理 白日』床の間
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連載「皿までひとっとび」

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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。