門上武司の旅vol6:滋賀『福田屋』へ。古さと新しさを楽しませてくれる湖畔の貸切り宿
contents
歴史を語るモダンな一棟貸しの宿
滋賀・琵琶湖の北西に大きな面積を占める高島市は、近畿と北陸を結ぶ諸街道が交わる古来の要衝である。また、大津とともに湖上交通の拠点でもあり、港町・宿場町として栄えた往時の空気が今も街に漂う。
そんな街道筋の風情を感じながら、今日の宿、『福田屋』の扉を開けた。
旅籠としての創業は江戸時代。一部には明治期の建物も残す、歴史の証人である。しかし、旅籠としての営みを止め、休眠に入った『福田屋』は風化の一途をたどっていた。
2014 年にこの建物のオーナーとなった井上哲朗さんは、6年の歳月をかけて解体・改修を行い、現代人が時代を感じつつも快適に過ごすことができる、そんな宿としてよみがえらせた。1階にはダイニングや囲炉裏、浴室が、2階には客室がある。1日1組、6名までの一棟貸しのみ、という贅沢なスタイルだ。
近江の恵みを集めたコース
囲炉裏端にあぐらをかいて自在鉤(かぎ)など眺めていると、この館で、またこの街で長く営みを続けてきた、名も知らぬ人々の暮らしの蓄積が胸に迫る。火を囲んで語らい、笑みを浮かべた誰かの息遣いまでが、かすかに残っているようだ。
2階の客室に上がり、目の前に広がる琵琶湖を眺める。心地よい風が湖の匂いを運んでくる。東岸のマイアミ浜水泳場で泳いだり、びわ湖バレイや箱館山でスキーをした昔を懐かしみつつのんびりしていると、夕食どきに。1階のダイニングに向かう。
前菜は、新サツマイモのレモン煮、ズッキーニのグジェール、スモークした枝豆、カマスの棒寿司、オニオンタルト。奇抜な食材こそない献立だが、琵琶湖の自然に寄り添いながら、これまでの経験を生かしたイノベートな要素を加えようとする、主人・山田浩介さんの意思を感じる。
続く「ビワマスとマクワウリ」には、摘果(間引き)マクワウリの甘くないピクルスや鮮やかな葉野菜を配することでサラダ感覚で味わえた。
コイのカルパッチョ「鯉と梨」は、繊細な旨みを備えるコイに梨、オクラ、シメジ、ミョウガと地の野菜を合わせ、押し引きの巧みさをも感じさせる。
お椀は、おこわと栗。これも季節からの贈り物のような仕立て。栗の柔らかな甘みが印象的であった。
メインは近江牛のサーロインステーキ。表面はガリッと、と表現したくなるほど強めに焼き、中はロゼ状態で、噛み締めると両者がない交ぜになり、濃厚な味わいを醸す。
高島市マキノの桃を使ったデザートで大団円である。
歴史ある建造物の中で食べるモダンな料理。地産の食材を積極的に使い、紹介することで、地元の活性化にも繋がっている。それが、遠来の客たる僕にとっても嬉しく感じられる。
湖面を照らす光のなかで朝食を
明くる日の朝食は、典型的な日本の朝ごはん。陽光を浴びながらごはんを食べることが、いかに贅沢な時間かを実感する。
ワカサギの南蛮漬け、玉子焼きなどの、素朴ながら手の掛かった味わいが印象に残る。
「このあたりは琵琶湖の湖魚と若狭湾の海のお魚のどちらも手に入りやすいんです。山と湖、海の恵みの食材が季節により多種多様で、毎日が発見です。朝から福井の小浜まで鮮魚の買い出しに出かけることもありますよ。」
山田さんは、2024年6月にこちらの新たな主人兼料理長となったばかりだ。石川県に生まれ、金沢や京都の和食店で働き、タイ・プーケットの有名ホテル『アマンプリ』などでの経験を活かし、これからの『福田屋』の料理を構築していくことになる。
地元の生産者とも積極的に交わる山田さんのもと、この宿が高島を、琵琶湖を、お客をゆったりと巻き込んで、どんな化学反応を起こすのか、実に楽しみである。
data
- 店名
- 福田屋
- 住所
- 滋賀県高島市今津町今津76
- 電話番号
- 0740-22-0029
- 時間
- チェックイン15:00/チェックアウト11:00
- 料金
- 1室2名利用で1泊2食付き1名72600円(税・サービス料込み)。 ※3名以上から1名あたり48400円が加算。6名まで。
- 交通
- JR近江今津駅から徒歩10分
- 公式サイト
- https://fukudaya.jp/
- https://www.instagram.com/fukudaya_oumi/
writer
門上 武司
kadokamitakeshi
関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。