
心の黒さを食で炙り出す「おいしいごはんが食べられますように」正和堂書店のおすすめ
芥川賞受賞作「おいしいごはんが食べられますように」。
「食=幸せ」という当たり前が覆され、食に恐怖する。これはもはやホラーです。おぞましく、胸が痛むほどの衝撃ゆえに、「食」のとらえ方の多様さ、力を痛感します。
「おいしいごはん」が食べられる有難さ、尊さ、「おいしい」とは何か、考えさせられる1冊。
contents
おいしいごはんが食べられますように (講談社文庫) 高瀬 隼子
タイトルからは温かくて優しい物語を想像していたのに、最高に不穏な小説でした。
読み始めた瞬間から心にまとわりつく、ねっとりとしたモヤモヤ感。読み終えた今でも、それは消えてくれません。
食べ物をテーマにした小説といえば、温かく幸せな描写が多い印象ですが、本作はその真逆です。
「仕事ができない芦川さん」が苦手な押尾は、ある日二谷に言います。「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか?」
職場のままならない微妙な人間関係を「食べること」を通して描く、心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説。大声では言いづらい、けれど誰しもが心の奥底で一度は感じたことのあるような本音が次々とこぼれ落ちていきます。
「職場で、同じ給料もらってて、なのに、あの人は配慮されるのにこっちは配慮されないっていうかむしろその人の分までがんばれ、みたいなの」
「できない人がいて、でも誰かがしなきゃ会社はまわらないし。そしたらできる人がするし、できる人ばっかりがする。」
あぁ、胸焼けが止まりません…。
守られるべき存在の、弱くて可愛い芦川さん。残業はしないけれど、代わりに手作りのお菓子を配る芦川さん。お菓子を食べる時には、「おいしいー!」「すごい!」と感動の演技を見せつけながら食べねばなりません。
芦川さんは「守られる」ことに慣れているのです。
それでも、彼女のことを「ズルい」とは言えません。そう言った瞬間、自分が悪人になってしまいます。たとえ、彼女の分の仕事を代わりに引き受け、遅くまで残業し、人生の時間を削っていたとしても。
本作では、「食べ物」「食べること」は(まるで芦川さんのように)不快なものとして描かれています。食べる=「幸せ・嬉しい・大切な時間」などポジティブなことであり、そうでなくてはならないと暗に強要してくるような世の中に反発するかのように。
程度の差こそあれ、実はどこにでも潜んでいるであろうリアルな人間関係が見事に描き切られているからこそ、心底ゾッとしました。
そして二谷と芦川さんの未来を想像して、さらにゾッとするのでした。
「おいしいごはんが食べられますように」
願うようなタイトルの意味を考えさせられます。
writer

正和堂書店
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大阪・鶴見にある1970年創業の街の本屋さん。3代目の小西康裕さんが「読書時間がより楽しくなるように」とデザインしたオリジナルブックカバーが大人気。2代目の典子さん、3代目の康裕さん・敬子さんご夫妻(と4歳の長女)、康裕さんの弟・悠哉さんなど、一家で奮闘するSNSの総フォロワー数は20万人!
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