門上武司の旅vol.9:日本一と噂の魚を扱う町の寿司屋、滋賀・長浜『京極寿司』

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立っても居られない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」。第9回目は、滋賀・長浜『京極寿司』へ。

『サスエ前田魚店』の魚を使う

滋賀・長浜『京極寿司』外観
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滋賀県の南草津に『サカエヤ』という精肉店がある。経産牛や放牧牛など一般的にはあまり食用として重視されない牛を手当することでかなり旨い食味に仕立てることで名高い。全国の志しのある料理人が『サカエヤ』の肉を使いたがっている。

そんな状況は魚の世界でも起こっている。静岡県焼津の『サスエ前田魚店』の魚をみんなが使いたいとラブコールを送っているのだ。漁師とタッグを組み、魚にできるだけストレスを与えない環境を作り、処理・保水の仕方、温度管理などを考え抜く魚屋である。
静岡の天ぷら『成生(なるせ)』などは、『サスエ前田魚店』と二人三脚で成長したと言っても過言ではない。その『サスエ前田魚店』が関西で常時取引があるのはたったの3軒だけ。京都の『洋食おがた』と割烹『木山』、そして滋賀県長浜市の『京極寿司』。
先の2軒の素晴らしさはよく知っているので、これは長浜で寿司を食べなければと思い、旅に出た。

供される寿司のレベルがすごすぎる。

歴史を感じる大手門通りに佇む『京極寿司』。創業70年を超す老舗の3代目大将・眞杉国史さんが笑顔で迎えてくれる。
「うちは町の寿司屋ですから11時から21時までの通し営業で、お好きな寿司を自由に召し上がっていただきます」。

滋賀・長浜『京極寿司』大将
3代目大将・眞杉国史さん
滋賀・長浜『京極寿司』ネタケース
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ネタケースに並ぶ魚を見ると思わず、あれもこれもと気持ちが騒ぐ。初回なので大将のおすすめに従うことにして、カウンターの限定メニュー「江戸前おまかせ握り」を予約しておいた。最初に出てきたのは見た目から「新子ですか」と伺うと、なんと「琵琶湖の小鮎です」とのこと。驚きながら口に入れると鮎の風味を感じる傑作。初っ端から押され気味。期待にやや高ぶりを覚える。

牛蒡の入った茶碗蒸しを挟み、続くは金目鯛である。わずかな岩塩の塩分と皮目のゼラチン質が印象的。
甘鯛が続く。少しのねっとり感が味わいに奥行きを与えていた。
そして花鯛のかすご仕立て。やや甘酸っぱい。

「同じ鯛がつく魚ですが、それぞれの味わいが楽しいですね」。まさに大将の狙い通りの感想を抱く。町の寿司屋というふれこみであったが、すでにこの時点でその意識は吹っ飛ぶぐらいの感動を覚えた。ここまでの鯛3種は『サスエ前田魚店』から届いた魚だそうだ。

滋賀・長浜『京極寿司』小鮎
小鮎。写真はすべて「江戸前おまかせ握り」(15貫、8800円)から(完全予約制)。
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滋賀・長浜『京極寿司』金目鯛
金目鯛
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滋賀・長浜『京極寿司』甘鯛
甘鯛
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滋賀・長浜『京極寿司』花鯛のかすご仕立て
花鯛のかすご仕立て
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驚くのはまだ早かった。天然の琵琶マスのづけは柚子ポン酢に生姜がのる。滑りのある歯触りに生姜の辛みなどが相まって甘美でありながら刺激的な味わい。

追い討ちをかけるように本マグロの漬けが出た。特製だし醤油の旨みが乗った香りと味蕾を開くような味わいに深く首を垂れたくなった。
続く中トロは塩で。鉄分を感じる香りと中トロの甘みは、塩の力を借り全開モード。いやはや漬けの2種、マグロの部位違いには感動しきりである。

滋賀・長浜『京極寿司』本マグロ
本マグロ
滋賀・長浜『京極寿司』中トロ
中トロ
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そこでコハダ。締め具合も程よい。甘鯛の鱗は粗い塩で。そして焼津から届いたアジ。このアジの弾むような弾力と噛むごとに溢れる旨みの充実感は見事であった。イサキはコクのある味わい。毛蟹は旨みの集合体といえる。しめ鯖、バフンウニと続き、穴子で締める。卵焼きは関西風と関東風の2種揃う。なんと気のきいた仕掛け。

滋賀・長浜『京極寿司』甘鯛の鱗
甘鯛の鱗
滋賀・長浜『京極寿司』卵焼き
左が関西風、右が関東風の卵焼き。
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寿司屋の在り方を再考

供される寿司ははるかに町の寿司屋というイメージを覆すものだが、大将が「いつ来ていただいても、好きなだけ食べていただけるというのが『町の寿司屋』の在り方だと思っています。いつも決まった時間帯に来られる常連さんもおられますし、ふらりと入って来られる方もありがたいです」という言葉がグッと胸を刺した。町の寿司屋の在り方と流行りの寿司屋の在り方を再度考えたくなる。
京都から新快速で70分の距離だが、ここにやってくるためだけに電車に乗り込む価値は大いにあると感じた。

滋賀・長浜『京極寿司』外観
滋賀・長浜『京極寿司』江戸前ばらちらし
店頭でも注文可能の江戸前ばらちらし4320円。
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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。