
知ること、知ってもらうこと。「サード・キッチン」/正和堂書店のおすすめ
連載13回は、アメリカの大学を舞台にした青春小説「サード・キッチン」。マイノリティが集う特別な学生食堂を通して、主人公・尚美は様々な問題に向き合っていきます。
contents
サード・キッチン (河出文庫)/白尾 悠
物語の主人公は、念願叶ってアメリカの大学に留学した尚美。
しかし、まわりの学生のように英語を上手く話せず、大学生活に馴染めずにいました。
そんなある日、勇気を出して隣の部屋の住人アンドレアに話しかけたことをきっかけに、「サード・キッチン」という特別な学生食堂に加入することに。そこは、人種や性別など、さまざまなマイノリティが集う居場所。加入者にとって「安心や休息が得られる場所」として描かれています。
尚美は留学してから初めて、「おいしい」と思えるごはんを食べることができたのでした。仲間に温かく迎えられ、手作りの多国籍料理に癒され、ようやく楽しい大学生活が始まる…わけではないのです…!
ここからが、本当の物語のはじまりなのです。
サード・キッチンの仲間と交流を深めるにつれ、尚美は自分の中に潜む偏見や差別意識に気がつき、混乱し、戸惑います。
「無知や無関心も差別だ」
作中に出てくる韓国出身のジウンの言葉に、
私自身の過去の出来事を思い出してどきりとした瞬間がありました。
私は、同時多発テロから2年後に短期留学でアメリカを訪れました。ディスカッションの授業で、「The Black Eyed Peas」のWhere Is the Love?の歌詞を題材に、テロについて話し合うというテーマが出されたときのことです。(この曲は同時多発テロを受けて制作されたといわれています)
テロで身近な人を亡くしたクラスメイトもいるなか、私はといえば、ただ「ニュースで見た。悲しい出来事だ」としか言えず、とても恥ずかしく思いました。
尚美は、心に戸惑いや自己嫌悪を抱きつつも、自分と向き合い、仲間と分かりあうために奮闘し、支え合いながら前へ進みます。尚美は「サード・キッチン=安心できる家」で過ごすことで、英気を養い、また外の世界で自分らしく頑張ることができたのです。
文化や歴史、アイデンティティなど複雑な問題を抱えながら、理解し合うことは簡単ではない。でも無関心ではなく「知ろうとすること」「知ってもらおうとすること」、そしてほんの少しでも重なる部分を見つけて喜び合えればどんなに素敵かと、この物語は教えてくれました。
自分の中で何となく思い出さないようにしていた出来事、そのモヤモヤを言語化して代弁してくれた気がして、あぁ、あの頃の自分が慰められていると感じました。
そして改めて、本を読むって良いなぁと思ったのでした。
奮闘し成長する尚美の姿をぜひ見届けていただきたいです。

writer

正和堂書店
seiwado book store
大阪・鶴見にある1970年創業の街の本屋さん。3代目の小西康裕さんが「読書時間がより楽しくなるように」とデザインしたオリジナルブックカバーが大人気。2代目の典子さん、3代目の康裕さん・敬子さんご夫妻(と4歳の長女)、康裕さんの弟・悠哉さんなど、一家で奮闘するSNSの総フォロワー数は20万人!
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