
門上武司の旅vol.12:一汁一菜と酒肴で新たな“昼風”を吹かせる岡山市『あまおと』
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夜から昼にシフト
正午過ぎ、店の前に立つ。
時代を感じさせる正方形の古びた窓や、趣味のいい鉢植えが目に飛び込んでくる。そして、ナチュラルな風合いの暖簾と、「あまおと」と書かれた看板。近づいてよく見れば、看板には小さく「夕食とお酒」と書かれていた。確か「昼ごはんの店」と、岡山在住の食いしん坊にしてチーズ作りの名人、『吉田牧場』の吉田全作さんから聞いていたはずだが…。
店内に入るとイラストレーターの故・阿部真理子さんの作品が飾られていた。独特のタッチで、ひと目で阿部さんの作品だと分かる。
看板のことを店主・坪田裕紀子さんに尋ねると「2017年に開店した時のままになっていまして…。4年間ほどは18時からの営業だったのですが、家族と過ごす時間のことを考えて昼営業に。コロナ禍以降の昼飲み需要もあって、今のスタイルに落ち着いたんです」と教えてくれた。現在は「炊きたての土鍋ごはんと具だくさんの汁もので、月替りの一汁一菜ランチ、さらに季節の肴と美酒の店」として、すっかり地域に定着しているようだ。
満足度の高い、丁寧な一汁一菜
僕が訪ねた9月某日の土鍋ごはんは、ちりめん山椒のトッピング。汁ものは具だくさんの豚汁、ナスと万願寺唐辛子と舞茸の素揚げにはエゴマが香る醤油がかかっている。
炊きたての「つや姫」の白ごはんは香りと甘みが鮮烈である。その甘みを、ちりめん山椒のほのかな刺激がより際立たせる。豚汁は豚の脂のコクが味噌汁の奥行きを醸し、たっぷりの野菜はおかずの役割を果たしている。ナスと万願寺唐辛子の素揚げ、エゴマの葉醤油もごはんの盛立て役として大活躍。
確かに器を数えてみれば一汁一菜なのだが、味わいのバリエーションは豊かだ。白ごはんを中心にいろいろなおかずを食べ、口の中で自分の好みの味を作り上げてゆく、いわば口中調味をセルフで演出する楽しさに満ちている。なかでも、おかずの役割をも果たす汁ものの存在は大きい。
料理全体を通じて心がけていることを聞いてみると、「汁ものに限らずですが、だしの旨みに頼りすぎないよう気をつけています。むしろ、野菜など食材の味を優先させ、だしの旨みはアクセント、くらいに考えています」と。
旬のアテで昼酒を傾ける喜び
この店では、13時を過ぎると17時の閉店まで昼飲みアワーとなる。お腹の具合などを伝えれば、その時々に合わせて、小皿のおつまみをコース仕立てで提供してくれる。
例えば、サンマとイチジクには『吉田牧場』のモッツァレラチーズと黄ニラのソース。酸味と旨みの麗しい出合いに感銘を受ける。
続くザーサイと鶏皮、おからのサラダ。鶏皮のカリッとした食感におからがコクで応ずる。
剣先イカは、酒を呼ぶ味わいの煎り酒とカラスミで。
倉敷の港町・下津井で揚がったタコにはアボカドと、ご近所の老舗豆腐店『おかべ』の木綿豆腐、白味噌、バージンオイルを合わせた滑らかな豆腐クリームを合わせて…と随所に坪田さんのアイデアが投影される。
「いずれは、すぐ近くで夫が営むイタリア料理店『カラパン』と融合して、昼下がりから夜まで、ナチュラルワインや純米酒が楽しめる大人の居酒屋、というようなスタイルの店が出来ればと考えたりしています」と今後の展望を語ってくれた。
『日本ソムリエ協会』の資格・SAKE DIPLOMAを取得するなど、酒にもこだわる坪田さん。質の高い一汁一菜ランチと昼酒の愉悦を提案し、岡山の昼どきに新たな風を吹かせるこの先の展開が楽しみでならない。
data
- 店名
- あまおと
- 住所
- 岡山県岡山市北区表町3-8-26
- 電話番号
- 086-226-2017
- 営業時間
- 12:00~17:00
- 定休日
- 月、火曜
- 交通
- 岡山電気軌道西大寺町駅から徒歩2分
- 席数
- カウンター6席、掘り炬燵の小上がり3~5席
- メニュー
- 一汁一菜ランチは月替りで内容により1900~2500円。13時以降は酒肴も注文可。日本酒90ml550~770円が中心。

writer

門上 武司
kadokamitakeshi
関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。
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