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篠原哲雄監督「食べる演技は難しいからこそ、“勝負だ!”と向き合います」
食事シーンは実際に食べてこそ
――初の長編映画「月とキャベツ」(96)のメインビジュアルになっている丸ごとキャペツステーキをはじめ、多くの作品において食事シーンが印象的です。
- 篠原監督(以下、篠原):
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衣食住は大事なテーマになり得る日常で、中でも「食べる」ことは身近な欲求を満たして表現するにはちょうどいい頃合いなのかな、と思います。人がおいしそうに食べる姿を見ているのが好きですね。
「木曜組曲」 (01)という作品では、女性たちがワインを呑みながら料理を食べるわけですが、細かいカット割りをしているので、女優さんたちは何度も何度も食べないといけないから、もういい加減にしてくれって感じでね。「え、こんなアップで撮るの⁈ 恥ずかしいわよ」なんて、原田美枝子さんが言ったりして。よし、それならもっと撮ろう!と思いましたね(笑)。
――そこはあえて攻めていくという(笑)。
- 篠原:
- いくつか撮ってみて分かったんですが、多くの役者さんが食べるのは恥ずかしいと思いながらも、おいしいものならちゃんと食べる。食は人間の基本だからこそ、僕は食事シーンを大事に描くようにしています。
――最新作「ハピネス」 に登場するカレーの数々には食欲をそそられました。
- 篠原:
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あれはなるべく、おいしそうな店を選びました。俳優たちも若くて、カレー好きと聞いていたので、毎回テストから食べようよと。食べかけのカットのために小道具さんが適当に減らしてそれらしく見える様子をつくるよりは、自分で食べる方がいい。テストの時から食べていれば少し減るからって言って食べさせます。
もう、うんざりするくらい食べさせるんです。まあ、うんざりされたら困るから程よく、ね(笑)。バクッと食べるまでなかなかカットかけないんですよ、僕は。もう一口!と言いながら回し続けるタイプです。
デビュー作から続く「食」の選び方
――食べるという行為を通して、その人の人となりが出ると?
- 篠原:
- そう思います。例えば、「月とキャベツ」 の時のキャベツというのは、実際にキャベツを畑からもぎ取ってくると、そのものが生き物のようで、これは「食べる」というより「召し上がる」って感じだなと。そこで、キャベツステーキを思いついて、「肉じゃなくてもステーキってあるよな」みたいな台詞を書いた覚えがあります。
――あのシーンのインパクトは強烈でした!
- 篠原:
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草刈りをする職人とアルバイトという二人の青年の交流を描いた「草の上の仕事」 (93)にも、一箇所だけ食事シーンが出てきます。コンビニで買ったサンドイッチしか持ってきてないアルバイトの男に、職人がおにぎりをほいっと渡すという場面。
何を持っていくだろう? おにぎりだよなぁ。それはいくつか。彼はアルバイトの子が必ずしも満足に食べられているわけじゃないと、おそらく経験上知っていて、少し余分に持っていってるんだ、と。これは「食べる」というディティールにこだわったがゆえに出来ているシーンなんですよね。
――キャラクターの背景も感じさせる細かい設定がリアリティに繋がりますね。
- 篠原:
- それが最初に書いた脚本なので……自然に、「食」というものに関しては、割と敏感に選んでるような気はします。食べるシーン自体が重要だという想いは、30年経ってもあまり変わらずに在りますね。
新ドラマの囲炉裏料理も真っ向勝負で
――関西での「本を綴る」 公開と同じタイミングで、ドラマ「アリスさんちの囲炉裏端」が放送されますが、原作が人気のグルメ漫画なので食事シーンもたくさん出てくるのでは?
- 篠原:
- 祖母から引き継いだ古民家の囲炉裏で料理をする主人公が、近所に住む幼馴染の男の子と出来上がった料理を食べながら距離を縮めていくという物語を、3人の監督で担当しています。原作の設定に準じて料理を選ぶので何でも好きにできるわけではないですが、僕の話ではベーコンを焼いたり、ジビエ料理を作ったり。
――ご自身初となる連ドラで、映画とは勝手が違うこともありましたか。
- 篠原:
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それぞれに独自のやり方があるので、「へぇ、こういうふうに撮るのか、若い人は」って発見もあって面白かったですよ。とはいえ、「食べる」に関していえば、僕はやっぱり「しっかり食べる!」という姿勢でやってましたね。
硬いフランスパンにベーコンを挟んでかぶりつくシーンでは、食べにくいんですけど、ちゃんと食べるシーンがないと満足しないんですよ。それを作ってるってことは好きなんだろ、好きで食べるならおいしそうに食べろ、と。
- 篠原:
- 俳優さんにしてみれば、セリフに詰まって大変だし、食べながらの演技が難しいのは分かってるんだけど、あえて勝負だ!という気持ちで向き合う。ふだん人は食べながらしゃべるでしょ。だからこそ、目の前に料理があるのにしゃべってばっかで食べないのはおかしいだろ、って思うわけですよ。「食べる」という行為は、その人の何かを表しているからこそ重要だという想いは大切にしたい。
――公開中の映画「本を綴る」 では、冒頭の那須でおにぎりを食べるシーンも素敵でした。主演の矢柴俊博さんも本当においしそうに召し上がっていて。
- 篠原:
- でしょ。あのシーンで使われたヤーコンを、僕は初めて食べたんですよ。ヤーコン、何それ? え、きんぴら?って。シャキシャキ感もあってとてもおいしくて、そういう旨さや驚きがあの画面に出ていたんじゃないかなって。ひとつの達成感が表れているというか……いやぁ、旨そうだな!って思ってもらえればいいかな。
――先行試写の際に、振る舞いカレーを作るため前入りをしたとお聞きしましたが……。
- 篠原:
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そんなこともありましたね(笑)。
映画の現場では、制作部さんが作ってくれるカレーや豚汁なんかがちょっとした贅沢なんですよ。でも、監督という立場だと賄いづくりは難しい。実は料理好きなんだよなぁって思いから監督手製の料理を振る舞う会を知り合いの店でやってみたら、いろんな人が食べにきてくれたのも嬉しくて。その後、また制作の現場で自分の出番がない時にパスタをつくったことがあって。皆が喜んでくれたから、時々ランチ会を開くようになったんですよ。そのうち段々カレーに特化してきて。本格的なスパイスを使ってみようと思い立って、いまでは大得意になっちゃった(笑)。その延長で、那須でお世話になったカフェで出張ランチ会をやったって話ですよ。
料理は映画制作と似ている
――料理の話をされているとき、すごくいいお顔をされますね。
- 篠原:
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あはは。ちょっと面白いんですけど、料理って映画をつくる感覚と似てるんですよ。映画の現場では、どういう度合いでこの芝居を求めているか、こちらがどういうふうに相手に働きかけたらいいカットが撮れるか、とか考えるわけです。そうやって考えながら現場で撮ったものをいかに編集するか、音楽をどう活かすかでシーンが出来上がっていくことを思えば、何を加えるか、どう作業するかで変わってくる料理と通ずるものがある。
出来上がった料理を供して、「おいしいですか?」「どうですか?」って伺うのは、「この作品、面白いですか?」って問うのと似ている。だから、コックさんが自分の店をもって、料理を振る舞うことに快感を覚えるのはよく分かります。なにしろ僕は、映画監督にならないなら料理に携わる仕事がいいなと考えたこともあるくらいだからね。
――監督じゃなかったら料理人!
- 篠原:
- 食事のシーンになるとふつうの芝居を撮ってる時よりもグッと前のめりになっちゃってるかも。いいのか悪いのか分からないけど(笑)。
――篠原監督の「食べる」ことへの強い想いが存分に込められた映画「本を綴る」 &ドラマ「アリスさんちの囲炉裏端」の飯テロシーンを、どうぞお楽しみに!
profile
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映画監督
篠原哲雄
東京都出身。明治大学法学部卒業後、フリー助監督として森田芳光氏・根岸吉太郎氏・金子修介氏らに師事する傍ら自主映画を撮り始め、8ミリ『Running High』がPFF’89で特別賞を受賞し、93年に16ミリの中編『草の上の仕事』でデビュー。代表作は、『月とキャベツ』(96)、『洗濯機は俺にまかせろ』(99)、第41回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞した『花戦さ』(17)、『犬部!』(21)など。2024年5月に公開された『ハピネス』は、『本を綴る』と並行して制作された。2025年1月から放送開始の「アリスさんちの囲炉裏端」で初となるドラマ監督を務める。
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