『美々卯 megumi』老舗の新展開は女性職人の蕎麦専門店

大阪・本町にある『美々卯 本店』が、期間限定の蕎麦専門店『美々卯 megumi』としてリニューアルオープン。スタッフは蕎麦職人を筆頭に、全員が女性だという。店づくりの背景や、彼女たちの技が窺える味づくりに迫りました。

平日の昼限定、女性が活躍する場所

大阪・本町で一際目をひく和風建築の佇まい。約1年8ヶ月の間、休業をしていた『美々卯 本店』が、24年10月『美々卯 megumi』として新たなスタイルで始動した。

名物の“うどんすき”の提供はなく、メニューは蕎麦と一品料理のみという潔さ。蕎麦職人であり店長の島村紀子さんを筆頭に、働くスタッフは全員が女性。平日のランチタイムのみの営業だ。

「かつてお客様に評価をいただいたお蕎麦を、もう一度突き詰めることができる環境、そして人材に恵まれました」と話すのは、『株式会社美々卯』代表取締役社長の江口公浩さん。


『美々卯』の歴史は、江戸時代末期にさかのぼる。大阪・堺で200年続いた料亭旅館『耳卯楼』を経て、大正14(1925年)、なんば・戎橋北詰に割烹を開く。「主人・平太郎が極めた蕎麦が、すこぶる評判だったようです」。“うどんすき”で名を馳せる老舗のルーツには、蕎麦が存在していたのだ。

『美々卯』には、蕎麦打ち認定制度という社内コンテストがあるという。3〜1級の段階制で、級により扱える素材や、打てる蕎麦の種類が変わる。なかでも1級の資格保持者は、83人中たった6名という狭き門で「よっぽど研鑽を積まないと取得できません」。その1級を取得する、女性で唯一の蕎麦職人が島村さんなのだ。

「島村さんに、蕎麦専門店をやる? って相談をしたら二つ返事をもらいました。ウチには、蕎麦を極めようとする女性社員や、子育てをしながら時短勤務で働くスタッフもいます。彼女たちが主役になれる場所を」と、改装を終えた本店1階での営業に踏み切った。

美々卯megumi外観
凛とした佇まいの『美々卯 本店』。蕎麦屋だった歴史をもち、湯気の立つ蕎麦を、うずらの卵を入れたつゆで味わう、うずらそば(登録商標)が昔ながらの名物。本店1Fを全面改装。2階の改装はさらに1年ほどかかる見込み。『美々卯 megumi』はそれまでの期間限定営業だ。
10

季節を練り込む “香り蕎麦”

島村さんが筆書きするメニューには、十割に加え、“季節の香り蕎麦”の文字が。取材時の12月中旬は「ゆず香り蕎麦」。 手繰る前から柚子香がふわりと漂う。最初にそのまま味わうと、清々しい香りが鼻を抜け、蕎麦の質朴な甘みが舌に広がる。極細ながら喉越しのよさが印象的だ。

蕎麦つゆは「柚子の風味が飛ばないように」と島村さん。昆布は使わず、鰹節(本枯節)から引いただしをベースに、醤油・みりんだけを加えたすっきりとした味わい。二八蕎麦の甘やかな香りと、心地のよい柚子香が、消えることなく漂うのだ。

美々卯megumi香り蕎麦
ゆず香り蕎麦(1280円)。殻付きの玄蕎麦を店の裏にある製粉場で石臼挽きに。その蕎麦粉と、蕎麦の芯にある一番粉、そしてつなぎ1〜2割を配合。さらに柚子の皮や乾燥させた柚子のパウダーなどを練り込んでいる。
10

1月には黒ゴマの香り蕎麦が、さらには梅、桜…と季節替わりで登場予定。また「界隈で働く方々に、食べ応えのあるランチを」と、数量限定の肉蕎麦や、ミニ天丼などのセットも。さらには、巻き寿司など『美々卯』系列店では提供していない一品も用意。蕎麦を軸にした少数精鋭の品数ながら、足繁く通いたくなるメニュー構成が魅力だ。

美々卯megumi巻き寿司
蕎麦にはオプションで、巻き寿司セット(+300円)や、ミニ天丼セット(+580円)なども。厨房で手作りする巻き寿司は『美々卯 megumi』のみで提供。
10

仕事も家族もどちらも大切に

『美々卯 megumi』を担う女性たちは料理人が4名、接客担当が2名。なかには、時短勤務で働く方の姿も。島村さんも小学生のお母さんで、早朝に出勤をして蕎麦を打ち、昼営業、さらには店舗責任者としての任務を果たして17時に退社する。「以前は契約社員だったのですが、今は正社員として勤務しています。『megumi』での新たな挑戦、そしてスタッフをまとめていく責任感を感じています」と島村さんは熱い眼差しをみせる。

「島村さんはリーダーとしてスタッフたちを引っ張ってくれる偉大な存在ですよ」と隣で微笑む江口社長。

美々卯megumi職人
島村さんは18歳で『美々卯』に入社。出産を機に退社をしたものの、契約社員として復帰。現在は正社員として勤務する。
10

この日、厨房には、昨年入社した村山沙耶さんや、11年目の佐藤笑美さんの姿が。 ふたりは、『美々卯 megumi』での昼営業をこなし、夜は『美々卯』の他店舗で料理人として働く。20歳の村山さんは、料理人であり蕎麦検定2級取得に向けて日々、研鑽を積む。曰く「この店は、穏やかな空気が流れていて、休憩中に蕎麦打ちの練習に集中できるんです」。

天ぷらなど揚げ物を担当する佐藤さんは「私は今まで、一品料理の調理を担当していました。『megumi』では、蕎麦を打つ機会にも恵まれ、精進の日々です」と話す。

美々卯megumi職人
入社2年目の村山沙耶さん(写真左)と、11年目の佐藤笑美さん。
10

女性たちの手による、蕎麦だけの店。いつもの『美々卯』とは異なるけれど、彼女たちの懸命な思いが、お客さんに伝播するのだろう。「新規のお客様がぐんと増えましたね。一人で来られる女性客、さらには親子でお越しになる方も」と島村さんは嬉しそう。

ここは、かつて「大阪にもおいしい蕎麦を食べさせる店がある」と称された『美々卯』の原点に立ち戻る場所。なおかつ、働く女性たちが生き生きとチャレンジし続けることができる空間だ。

美々卯megumi内観
壁を塗り直し、空調や照明を変え、厨房のリニューアルも行った。今後、2Fの改装も行う予定。
10