京都『今西軒』のあんこ一筋、その味を次の代へ
78歳の先代に弟子入り
『今西軒』があるのは、地下鉄五条駅からほど近い一角。店を構える建物は、江戸時代末期に建てられた町の集会所を改修したものだという。高い天井を見上げると、上部にはロープで開閉する窓が残る。明かりを取り風を通すための昔の仕掛けだ。明治30年、一族がこの場所へ移り住んだ頃にはすでに建っていたという。
長い年月の間には、店の灯が消えたこともある。二代目の頃には戦争による物資不足や職人の出征で店を閉め、三代目の時代には一度廃業した。
四代目の今西正蔵さんが家業に目を向けたのは、最初から菓子職人を志していたからではない。社会に出た頃はバブル崩壊の時期。親から勧められていた着物屋を継ぐことに気が進まず、別の道を探していたところ母親から「あんた、やらへんか」と声を掛けられた。それが転機になった。
弟子入りした時、先代はすでに78歳。季節の饅頭なども作っていたが、あれもこれも教える時間はない。
「あんこの炊き方だけ覚えなはれ」。
先代が成形を担い、今西さんは力仕事を引き受けながら、何年もかけてその仕事を身につけていった。
「おはぎ」で勝負する店
2002年に今西さんは「おはぎ専門店」の看板を掲げた。もともと店の主力はおはぎだったとはいえ、以前はくず餅やよもぎ餅など季節の菓子も作っていた。今西さん自身はそれらを先代から習いたかったが、教わったのはやはりあんこの炊き方のみだった。
ならば、教わったあんこで勝負する。おはぎ一本に絞ったのは、そんな成り行きからだったという。結果、おはぎを求める客は増え、今ではあんこを炊く仕事が追いつかないほどになった。
だからといって、炊いたあんこから商品を次々に増やすこともしない。
「おはぎをするんだったら、おはぎだけのあんこ」。
一つのあんこを何にでも使えば効率はいい。けれど、それでは同店の仕事にならない。専門店という形は、品数の多さではなく、あんこ一つにどこまで手をかけるかという選択でもあるのだ。
昔の配合に逆らわず作り続ける
今西さんも教えられた味を無条件に守ってきたわけではない。もっとおいしくできるのならと、自分なりの方法をいろいろ試した時期があった。
それでも「やっぱりオリジナルには勝てなかった」。そう気づいてからは「逆らわずに作り続けよう」と考えるようになったという。
『今西軒』のあんこは、水飴も塩も使わない。北海道・十勝産のえりも小豆を選ぶのは、皮が煮えやすく柔らかくなり、食べた後に口の中へ残りにくいからだ。
作業はつぶあんには2日、こしあんには3日かける。小豆の渋切り、渋取りから始まり、柔らかく炊いた豆を何度も水にさらす。ざるに上げ、布でこし、絞り、砂糖を加えて再び火にかける。「炊く」の二文字では収まらない工程を、今もおくどさんの前で繰り返す。
水飴を使わないあんこには強い照りが出ない。かつて先代も知り合いの和菓子職人から「艶がない」と指摘されたことがあったという。それでも昔からの仕上がりを変えなかった。艶を足すより、口にしたときの味を優先する。その判断もまた先代より受け取った仕事の一つだ。
あんこが主役のおはぎ
店頭に並ぶおはぎは、粒あん、こしあん、きなこの3種類。
ころりとした餅米を覆うあんこの量に、専門店らしさがまず表れる。つぶあんは小豆のコクを感じさせながら、皮が口に残らないよう、柔らかい炊き上がりに。こしあんはひと手間もふた手間もかけた、なめらかな口当たり。きなこは中にこしあんを忍ばせ、きなこを二度に分けてまとわせる。
価格は3種類とも1個240円。おはぎは「最も庶民的でなければならない」と考えているこその価格設定だ。
買うのをためらうような値段にはしたくない。手間もあんこの量も削らず、日常のおやつであることも手放さない。それがここのおはぎなのだ。
あんこの新顔「あんてぃーく」
もう一つ、今西軒のあんこを違った形で楽しめるのが瓶入りの「あんてぃーく」。おはぎと同じ小豆を使いながら、さらし具合などを変え、粒を多く残したゆるめの仕立てにする。
スプーンですくってそのまま食べるほか、バタートーストにのせるのもおすすめ。バターの塩気にあんこの甘みを重ねると、クセになる味わい。またアイスとの組み合わせも楽しい。
おはぎ一本を掲げる店でありながら、あんこの味わい方まで一つに決めつけない。先代が身近な人のために炊いていたものは、今では今西軒のあんこを家で自由に楽しめる一瓶になった。
今度は、自分が渡す番
今西さんが次に考えているのは、店を大きくすることではない。
「僕の目標は息子にバトンタッチなんで」。
今後は五代目へ譲ることを目指し、2人の息子に店を継ぐことを現実の仕事として伝えているのだそう。
78歳の先代から教えられたのはあんこの炊き方だった。あれもこれもではなく、一つ。その仕事を自分のものにして、おはぎだけの店をつくってきたが、今度は次の代へ店を渡そうとしている。
その間も、おくどさんの火は止まらない。今日も店の奥では『今西軒』のおはぎになるあんこが炊かれている。
data
- 店名
- 今西軒
- 住所
- 京都府京都市下京区五条烏丸西入ル一筋目下ル横諏訪町312
- 電話番号
- 075-351-5825
- 営業時間
- 9:30~売り切れ次第終了
- 定休日
- 火曜・第1・3・5月曜(6~8月は月・火曜)
- 交通
- 地下鉄五条駅から徒歩約1分
- メニュー
- おはぎ(つぶあん・こしあん・きなこ)1個240円、あんてぃーく1,100円
recommend





