和歌山・有田、隠れ湯宿にて絶品!天然クエに蕩けるの巻

和歌山・有田、隠れ湯宿にて絶品!天然クエに蕩けるの巻

あまからジャーニー

2022.10.12

文:団田芳子 / 撮影:北尾篤司、太田恭史

大阪市内から、車で1時間半ほど。青い空と、ミカンが生る山々が印象的な和歌山・湯浅に『栖原(すはら)温泉』はあります。10月からの主役となるのは、クエ鍋。脂ののった身は、一度食べれば魅了される味わいです。

目次

開業から130年。モダンな料理宿 “前の海”はクエの海 醤油の町を散歩し、土産を調達 店舗情報

開業から130年。モダンな料理宿

栖原温泉外観

「今年、130周年なんです」。

千川久喜(ちかわひさき)さんが、さらっと言うので驚いた。『栖原温泉』は、全5室の小さなお宿だ。

和歌山市から少し南に下った有田は、ミカンの里。そのミカン山の中にひっそりとある隠れ宿は、何とも可愛らしくて、迎えてくれる千川さん一家もソフトなお人柄。創業130年の老舗という重々しさとは、ちょっとイメージが違う感じ。

「お宅のお湯は、なんか知らん、よぉあったまるわ~!」。ご近所同士、順に湯を沸かし、もらい湯をしていた明治の頃。千川さん家のお湯がいいと評判になり、調べてみたら冷泉だった。「みんなの健康のために温泉を開いて」と頼まれて、温泉宿を開業したのが明治25年という。うん、こういうほんわか昔話が、この宿の雰囲気にはピッタリくる。

その後、昭和の時代は、ご近所さんの銭湯代わりとして、また釣り人相手の宿だったのを、五代目・千川さんが少しずつリニューアルして、今や知る人ぞ知るモダンな美食の料理宿へとグレードアップさせた。

栖原温泉部屋客室は5つ。温泉を引いた部屋風呂を備えた和洋室や、テラス付きの広々とした客室など、1つ1つ異なるモダンな設え。

栖原温泉風呂浴場はこぢんまりとしているが、落ち着く。裏のミカン山から自家源泉がこんこんと湧いている。

“前の海”はクエの海

自慢の料理は、前の海、湯浅湾から水揚げされる魚介や、地元野菜などを駆使し、美しく仕立てられた会席だ。4~10月は伊勢エビ、そして10~4月までは、天然クエが主役を張る。

近ごろは、大阪の料理屋でも「クエ入りました」「クエ祭り!」などと案内している店をよく見かけるから、“幻”ではなくなったけど、地元の幸として、天然のクエを扱って30年以上になる千川さんのクエ料理は格別だ。

数年前に訪れたとき、宿から車で10分ほどの海岸縁にある生け簀(す)を見せてもらった。生け簀というには大きすぎる、まるで子ども用プールのようなそれは、クエ専用。 目の前の海から、稀には、体長1m・体重30㎏を超す巨体も揚がるという。

「うちの町に、クエ釣りの名人がいて、1カ月で200㎏以上も揚げたこともあるんですよ」と千川さんから聞いた。「22度から24度の水温が活動しやすいらしく、漁師はその水温を見計らって漁に出ます。いつもは岩陰とかに単独でじっと潜んでいるみたい」。海水を引いた巨大なプールの中でも、影のある縁にピタリと身を寄せて、じっとしているのが見える。デカイ。「これは20㎏くらいかな」。水槽から揚げるのが大変そう。「はい。ときどき、引きずり込まれそうになるんですよ!」。

捌いているところも見学させてもらったが、もはや解体作業といった雰囲気。そうして料理されたクエコースは——。

湯浅の海と、栖原温泉店主親子左/「あの島陰が、クエが潜んでいるポイントなんですよ」と千川さん。右/数年前に、息子の晃矢(てるや)さんが大阪は河内長野の名店『日本料理 喜一』で3年の修業を終えて戻り、仲良し親子で厨房を切り盛りする。「これは紀伊水道の水深70mくらいのとこから揚げられたクエ。39㎏はうちの最大記録更新です」。

栖原温泉食事部屋食事処は、2022年5月、完全個室のしっとりと落ち着いた空間へと改装したばかり。かつては、地元の20人ほどの団体様の利用もしばしばあったが、20人以上になると納得のいく料理が出せないと、思い切って8人までの個室のみとした。

食前酒は、クエのヒレ酒。フグと違って長~いヒレが、盃から飛び出て面白い。3日間干したヒレの味わいは、実に濃厚。

クエの皮の煮凝りや胃袋などユニークな一品が次々に繰り出される。 造りは、分厚い切り身で。「地元の醤油をブレンドした」という、こっくりと甘い醤油でいただくと、クエの脂の迫力と醤油のコクが拮抗して、口の中で旨みが爆発する。 そう、ここは醤油発祥の地と言われる湯浅。「折角醤油の町にいるんだから、1軒1軒全部試してみたんです」と千川さん。その上で、泡醤油には濃いめの『角長』と甘めの『カネイワ』を、造り用にはさらにもう1種をブレンドしたりと、醤油づかいにも工夫を凝らしているらしい。

メインは鍋。脂ののった分厚い身がゴロゴロ。骨まわりのコラーゲンのねっとりトロトロ感がたまらない! 食べ尽くした後の鍋には、コラーゲンの層ができ、黄金色のスープがたゆたっている。雑炊で、スープを味わい尽くす。

クエ鍋純白に恥じらうようにほんのり紅を刷いた身が美しいクエを鍋で。「腹の一番下の身」という分厚いのを鍋に入れると、みるみる透明に。口に運べば、ゼリー状のコラーゲンが蕩け広がる。

お造り、泡醤油、醤油パウダー造り。クエと、太刀魚、アカイカ。オリジナルの醤油塩パウダーか泡醤油、ブレンド醤油とワサビでいただく。

柚子釜茶碗蒸し宿の名物・三宝柑の茶碗蒸し。千川さんのご両親が丹精した三宝柑をくり抜いて、香りを味わいつついただく。

ナスの茶碗蒸し夏には、三宝柑の代わりに、地元の伝統野菜・湯浅なすで茶碗蒸し。「まん丸な可愛い形を生かしたくて」、身をくり抜いて器にしてあるが、もちろん器自体も美味しい。

醤油の町を散歩し、土産を調達

晴れ渡った青空に、緑の山。黄色い花のように見えるのは、たわわに実るミカン。振り返れば、黒いモダンな宿の背景は、何とも豊かな気持ちにさせる絵だった。真面目で一生懸命で、常に新しいことをしようと取り組んでいる千川さんの宿が、どんどん進化してることも、心を晴れ晴れとさせる。

朝風呂も浴びてご機嫌で向かうは、車で10分ほどの湯浅の町。

国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された町並みに足を踏み入れると、途端に香ばしい匂いに包まれる。白壁土蔵に虫籠窓の、一際旧い家は、天保12年創業の『角長』だ。昔ながらの手作り醤油は名高い。室町時代の作り方を再現したという「濁り醤」が、いたく気に入って、10年来の我が家の愛用品だ。

豊かな海からクエや魚介が揚がり、日当たりがいいからミカンができるし、水がいいから醤油が作られる。ここはほんとに麗しい土地だなと、実感。あ、ミカンも買わなきゃ。

湯浅の町並み

■店名
『小宿 栖原温泉』
■詳細
【住所】和歌山県有田郡湯浅町栖原1363
【電話番号】0737-62-2198
【営業時間】in15:00~18:00、out~10:00
【定休日】水曜
【お料理】1泊2食18700円~。※入湯税150円、サービス料5%別。
【公式サイト】https://suharaonsen.com/

『和食の扉-WA・TO・BI-』

料理人のための和食専門WEBマガジン「WA・TO・BI」にも、『栖原温泉』の料理情報を掲載中!

Writer ライター

団田 芳子

団田 芳子

Yoshiko Danda

食・酒・大阪を愛するフリーライター。旅行ペンクラブ会員。小宿の会塾長。料理人には怖れと親しみを込め“姐(ねえ)さん”と呼ばれる。講演、TV・ラジオ出演も。著書に『私がホレた旨し店 大阪』(西日本出版社)、 『ポケット版大阪名物』(新潮文庫・共著)ほか。

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