日中融合のコース料理と音楽のペアリングが、新しい

日中融合のコース料理と音楽のペアリングが、新しい

カオリンの「シェフのBGM」

2023.01.20

文:船井香緒里 / 撮影:竹中稔彦、船井香緒里(デザート)

2022年11月、『日本料理 研野』店主の酒井研野さんは、新時代の若き才能を発掘する料理人コンペティション「RED U-35」で見事グランプリを獲得。老舗料亭や中国料理店などで培った技で日本ならではの多様性をコースで表現。「ライヴ感重視の割烹だからこそできる演出を大切にしたい」と着目したのがBGMでした。

目次

コースに、ジャンルの枠を超えた音楽が調和 デザートには「甘い記憶」の余韻を 店舗情報

コースに、ジャンルの枠を超えた音楽が調和

青森に生まれ育ち、ウォークマンでビートルズを聴きながら登下校をする、洋楽好きの少年だった。「両親の影響も大きかったですね」。そう話す酒井さんが『日本料理 研野』を築くうえで、“食と音楽のペアリング”は自然な流れだったのだろう。「ライヴ感重視の割烹らしいおもてなしをと考えたとき、音楽は欠かせませんでした」と、コース全12品、それぞれに合わせたセットリストを組んでいる。

その抑揚が絶妙なのだ。

入店時は、クラッシックピアノの穏やかで上品なサウンドを。飲み物が出揃ったタイミングに「椿姫」の代表曲「乾杯の歌」とは、食べ手のボルテージがじわじわと上がり始める。

先付が運ばれてきたと同時に、マリリン・モンロー「I Wanna Be Loved by You」が流れ、カウンター席が和やかな空気に包まれた。

緊張感がほぐれたタイミングで、板前に七輪が置かれ、炙り始めたのは八丁味噌に漬けた叉焼(チャーシュー)!

七輪で炙る

叉焼

中国料理『京、静華』でも経験を積んだ酒井さん。曰く「日本料理とは、現代の日本を映し出す料理だと捉えています。ですから、叉焼や焼売など日本人にとって馴染みのある味も組み込み、日本の“多様性”を表現したい」と、中国料理の技も巧みに取り入れる。

酒井さんが、叉焼にタレを塗って炙れば、フロアには甘辛い香りが充満…と同時に、UKソウル「Jungle」のエクレクティックかつ民族音楽のようなビートが適度な音量で流れ始める。曰く「肉を炙る=原始的な感覚を呼びおこす感じをイメージしました」。途中、耳触りのいい即興ジャズを一皿ごとに咬ませながら、お造りにはサザンオールスターズの名曲「海」という遊び心も。

続く、だしのふくよかな旨みを感じる椀物には、チェロなど重厚感のあるサウンドをもってくるなど、味覚と音との調和が、妙に心地よい。

時代もジャンルも異なる洋楽、そして聴き慣れた邦楽を巡りながら「次の料理と曲は何…?」。まるで、大好きなミュージシャンのコンサートで、セットリストを予想する感覚に似た、期待感を抱くのだ。

デザートには「甘い記憶」の余韻を

「お越しいただくお客様の世代により、即興で曲を変えることもあります。USEN(有線)でプレイリストを作成できるからセレクトは縦横無尽ですよ」

季節ごとの献立に合わせて曲目を変えるが、デザートに欠かせない曲があるという。

「松田聖子さんの『SWEET MEMORIES』です。お客様にとって、今日というひとときが、甘い記憶になりますように」――酒井さんの揺るぎない思いがそこにはあった。

デザート

食後は、昭和の名曲や洋楽ヒットソングなど「ちょっと口ずさみたくなるような曲」を流すこともある。土曜の21時は必ず、ビリー・ジョエルの「ピアノマン」だ。

 It's nine o'clock on a Saturday
 The regular crowd shuffles in
 There's an old man sitting next to me
 Making love to his tonic and gin

 土曜日の9時。
 常連客でごった返している
 俺の隣に座ったジイさんは
 ジントニックを楽しんでいる。

このタイミングでジントニックを注文される、ビリー・ジョエル好きのお客さんも。「どの音楽もそうでしょうが、50年前に作られたピアノマンの世界が時を越えて…。実世界とシンクロする瞬間がとっても感動するんです」と酒井さんの語りは熱い。
味や香り、そして音楽は密接な関係にあるだろう。新味に出会う喜びもあれば、ときには郷愁を誘うことも。

「料理に合わせて選んだBGMが、ときにお客様の懐かしい記憶を呼び起こすこともあるかもしれません。この店で過ごしていただく2時間半が、お客様ひとりひとりの忘れられないひとときになれば、これ以上の喜びはないです」――酒井さんはにこやかな表情を見せた。

酒井さん夫婦酒井研野さんは、料亭『菊乃井』で修業を積み、系列店『無碍山房 Salon de Muge』の料理長を務めた。その後、中国料理『京、静華』の店主・宮本静夫さんに弟子入りし、薪火で仕上げる『LURRA°』など、ジャンルを超えた人気店でキャリアを積み、2021年3月、31歳で独立。女将の愛さん(右)の自然体の接客も心地よい。

■店名
『日本料理 研野』
■詳細
【住所】京都市左京区岡崎徳成町28-22
【電話番号】075-468-9944
【営業時間】17:00・20:00一斉スタート
【定休日】日・月曜、不定休あり
【お料理】コース19800円。
【公式サイト】https://www.kenya-sakai.com/
【Instagram】https://www.instagram.com/sakai_kenya/

掲載号
あまから手帖2022年2月号/エビ・マニア(「Amakara Topics」の「おいしい音楽」)

Writer ライター

船井 香緒里

船井 香緒里

Kaori Funai

「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」でお馴染み。酒と酒場と音楽をこよなく愛し、「Led Zeppelin」、「The Who」はじめ60〜70年代の洋楽ロック好き。愛用するスピーカーは「Tannoy ⅢLZ」66年製。アウトドア好きでもあり、ジョギングとロードバイクにて健康維持。https://kaorin15.exblog.jp/

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