門上武司の旅vol1:岡山『松寿司』へ。三代目の包丁目に感じた店の流儀
contents
昭和21年創業『松寿司』
岡山市内にある寿司屋さん。創業は、昭和21年。
玄関横の待合に腰を下ろし、庭を彩る緑や黒塀の気配に永い時間の経過を感じる。
暖簾をくぐり店に入る。カウンターに座ったのだが、寿司屋特有の酢や魚類の匂いが全くしないことに驚いた。これは掃除が行き届いている証拠でもある。旧いカウンターだが磨き込まれた感じが漂っていて、おまけに水が流れる小さな溝が。これは汚れた手を洗うためのもので、こういった仕様が残っているのもなにか嬉しさを感じる。きりりとした雰囲気が今も生きているのだ。
初代から続く赤シャリ
突出しはもずく、長芋、海老。軽やかな酸味が胃袋に心地の良い刺激を与えてくれる。
握りのスタートはイカ。わずかな塩の効果もあり、甘みが際立つ。一貫目で気分が締る。と同時に、寿司飯が江戸前らしい赤酢であることに気づく。三代目大将の三宅一郎さんは、銀座の『すし幸』で修業された人。「やはり、三代目になって赤酢に変えられたのですか」と言葉を投げかけると「いいえ、初代からずっと赤酢なんです。初代の爺さんが江戸前の職人に習ったのでしょう。だから寿司自体はほとんど変わっていません。アテを出したりするスタイルは変わりましたが」とのこと。戦後すぐから岡山の地で赤酢の寿司を握り、多くのファンを集めてきた店の格というものに敬意を表したくなった。
鯛の包丁目に店の矜持
二貫目は鯛。
カウンターの向こうで大将が鯛を切り出し、細やかな包丁目を入れていた。この様にこそ、『松寿司』の流儀が見て取れた。
握りを口に含むと、繊細な包丁目により甘みは増し、食感も幾分柔らかい。かすかな醤油と塩の力も借り、寿司飯との一体感が生まれる。瀬戸内の鯛を生かす一手間がなせる技はすごいと唸ってしまう。派手な仕事や豪華な組み合わせではない。むしろ地味に見える包丁の技が、三代も続く店の品格を保っているのだとしみじみ思った。
マグロをふんわり包み込む握り。瀬戸内のサワラは飲み込むのがもったいないくらいの味わい。艶かしいアジの風情。ヒラメの堂々たる姿。シイタケの分厚いうまみ。キスの昆布締めは旨みの宝庫。穴子のねっとり感にうっとり。ゴボウとキュウリの出合いが終止符を打つ。
四代目も東京の有名店で技を磨いているという。「三代目と同じ『すし幸』ではないんですか」と聞くと「私のダメ加減がバレるじゃないですか」と微笑み返し。このような軽妙洒脱な言葉のやりとりも寿司屋さん、カウンターならではの醍醐味であり、楽しみでもある。
data
- 店名
- 松寿司
- 住所
- 岡山県岡山市北区中山下1-4−12
- 電話番号
- 086-224-3248
- 営業時間
- 12:00〜14:00、18:00〜21:30
- 定休日
- 日曜、祝日
- 交通
- 岡山電軌東山線・城下駅から徒歩3分
- 席数
- カウンター10席
- メニュー
- お昼のおまかせ6930円。
writer
門上 武司
kadokamitakeshi
関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。