門上武司の旅vol.2:瀬戸内の幸と江戸前の技。岡山『千の種』。

年間1000軒以上外食する関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立っても居られない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第二回目は、前回に引き続き岡山編。驚愕の天ぷら屋でのひととき。

桃太郎気分でカメラマンと・・

岡山駅から10分ほど歩いたところに、年に数回は訪れる大好きな中国料理店『はすのみ』がある。そこから数分のところに、天ぷらの名店があると聞き、訪れることに。予めカメラマンには西日本で驚きの天ぷらに出合うチャンスという甘言を告げておいた。

名を『千の種』という。この店は、岡山の食いしん坊仲間であり、チーズ作りの仙人こと『吉田牧場』の吉田全作さんからの強力な推しもあった。仙人からの推挙は外れた試しがない。以前は江戸の超名店『みかわ 是山居』の早乙女さんの元で15年も修業を重ねたという。これは間違い無し、期待が膨らむ道中であった。

岡山駅・桃太郎
岡山・西山緑道公園
岡山駅で桃太郎像と。西山緑道公園を横目に、いざ『千の種』へ。
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狭い店内に広がる、天ぷらの世界

天ぷらは、江戸前らしく海老から始まった。
見ていると、主人・高取正芳さんが自らの手で車海老を剥いている。丁寧に背ワタを取る手元に、自分の感覚を信ずる精神を垣間見た。
2尾出るのだが、火の入り具合が微妙に違うと感じる。おそらく1本目のこちらの食べ方を観察し、その表情から揚げ方を調整されているのだ、と思った。初めての客の好みは、店主の観察眼が大きく寄与する。まんまと僕の好みは見透かされたようだ。海老の頭の香ばしさとうまみの集積は、まさにその結果のような気がした。

岡山『てんぷら 千の種』海老
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続くキスの凄みは衝撃的であった。衣をつけ油の中を競泳のように何度か返しながら揚げてゆく。そうすることでキスには両面から均等に火が入るというか、回ってゆく。生の状態では平板であったキスが、揚がった瞬間には立体となっていたのだ。油の力を借り、姿も味わいも変えてしまった。それが高取さんの技術なのである。
30秒ほどしか油の中に浸かっていないアオリイカの優しい弾力感と溢れる甘みも味わい深いものであった。

岡山『てんぷら 千の種』厨房
岡山『てんぷら 千の種』キス
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瀬戸内の幸と、江戸前技術の融合

松茸も登場した。天ぷらは余分な水分は抜き、旨みのある液をどこまで残すかがポイント。松茸はその典型であった。揚がった松茸を割く。その表面から滲み出る艶っぽい液。これこそ松茸エキスの塊である。
穴子の温度感から生まれる旨さ。アスパラガスの軸と穂先の味わいの違い。貝柱などが入るかき揚げ天丼のツユの濃さは、西日本の味わいとは別物であると感じた。

目の前に瀬戸内という恵まれた漁場があり、その魚を使い、江戸前の技術で天ぷらを構築する。そんな高取さんの姿に、季節が変わればまた訪れたいと思った。カメラマンの食前食後の表情の違いを見るのも楽しかった。

岡山『てんぷら 千の種』松茸
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岡山『てんぷら 千の種』天丼
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岡山『てんぷら 千の種』内観
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岡山『てんぷら 千の種』外観
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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、
いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。