
門上武司の旅vol.7:異色のロースターカフェの“旨いコーヒー”。滋賀『漕人』へ。
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闇に浮かび上がる焙煎機
「高島に、すごいコーヒーを飲ませてくれる店がある」と、滋賀・琵琶湖畔に建つ1日1組の貸切り宿『福田屋』のオーナー・井上哲郎さんが教えてくれた。その店が『漕人(こぎと)』である。
店の前に立つ。古い民家を改造した店舗だが、瀟洒な感じにリノベートされている。入口から数歩進み入ると、にわかに闇が周囲を包む。初めての訪問なら少し驚かされる演出だ。
さらに数歩進むと、左側のガラス越しに、大きな焙煎機が2台と小さいのが1台、照らされて見える。どこのメーカーかと凝視するのだが、これまで見たことがないものであった。
再び暗くなり、重い扉を開けると、そこは蔵の中。奥にはカウンターがあり、中にオーナーの山根将さんがスッと立っていた。
スッと、という言葉が似合う姿である。蔵の中にはワインなどの貯蔵庫も見え、コーヒーだけの店はないことを窺わせるし、コーヒー豆は当然のことながら、他の飲みものもきちんとセラーの中で管理されていることが無言のうちに伝わってくる。
“熱い”コーヒーを淹れる理由
初めてのコーヒー店では、僕はブレンドかマンデリンを飲むことがほとんど。ここでは、インドネシア スマトラ タノバタックを注文した。深煎りとあった。
カウンター越しではスタッフの女性が豆をミルで挽いている。エスプレッソマシンから出てくるお湯を使い、意外なほど早いスピードでウェーブフィルターで淹れていく。
コーヒーは唇が一瞬驚きを覚えるような熱さであった。一般に、温度が高いと苦みが目立つものだが、強い苦みは不思議と感じられない。「豆は何gですか?」と尋ねると、「豆15gに対して水150ccです」と即座に答えが返ってくる。
温度と苦みのバランスが気になり、それも聞いてみた。豆によって異なるが、あまり低温だと豆が持つ特徴をしっかり引き出すことができない、というのが山根さんの考えだ。理想的なドリップを実現するために、高温の湯で淹れても苦味が出すぎない焙煎方法を追究したのだ、と。
店でも家でも変わらぬ味を
くだんの焙煎機は、イスラエル製とのこと。なんと現地まで出かけて注文したそうだ。日本や欧米のメーカーにも名機と呼ばれる焙煎機はあるが、「焙煎機にはそれぞれの特徴やクセがあり、ある機種を使えば違う人が焙煎しても豆の仕上がりは似てきます。オリジナリティを大切にしたかったので、できるだけ日本では見かけない機種を選びました」と。大きくうなずいてしまった。
山根さんは、自らの焙煎機の特徴、そして抽出方法によって味が大きく変化することがないように、豆を選択し、焙煎具合も深煎りや浅煎りという感覚ではなく、豆の特性をストレートに引き出せるような焙煎をしているのだろう。そこに山根さんの個性があるように思う。
目的も手段も明快であるがゆえに、彼の思う“旨いコーヒー像”はストレートに伝わる。その味わいは、これまで僕が飲んできた幾万杯のコーヒーの中でもかなり異色だ。となれば、こちらの興味は飲むほどに膨れ、テンションも高まった。
加えて面白かったのは、山根さんのこんな言葉だ。
「ドリップについては、技や道具を凝らして、というようなことはせず、ペーパーフィルターでごく普通に淹れます。豆を買ってくれたお客さんが自宅で淹れる時との、味のブレを少なくしたいので」。
確かに、店で飲んだコーヒーの味わいに感動してその豆を買って帰っても、自宅で淹れた味わいは、ほぼ確実に店のそれを下回る。店でも家でも同じ味を、という考えには共感を覚えた。
一碗のコーヒーから色々な話が広がってゆく。この店が近くにあれば、しょっちゅう足を運ぶのに、と少しもどかしく思った。まだまだ聞きたいことはたくさんある。近いうちに再訪したい。
data
- 店名
- 漕人
- 住所
- 滋賀県高島市鴨1318-2
- 営業時間
- 11:00~19:00(土曜、祝日は~18:00) ※喫茶は17:30LO
- 定休日
- 日・月曜(不定休あり)
- 交通
- JR安曇川駅から徒歩25分
- メニュー
- ドリップコーヒー500円(アイスは550円)、カフェラテ600円(ホットは550円)、シェケラート600円、コーヒー豆100g770円~。
- 外国語メニュー
- なし(口頭で英語対応可)
- 公式サイト
- https://cogito-web.com/
- https://www.instagram.com/cogito_shiga/
- 備考
- オンラインショップhttps://cogito.shop-pro.jp/

writer

門上 武司
kadokamitakeshi
関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。
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