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門上武司の旅vol.7:異色のロースターカフェの“旨いコーヒー”。滋賀『漕人』へ。

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立っても居られない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第7回は、滋賀の珈琲店『漕人(こぎと)』へ。

闇に浮かび上がる焙煎機

「高島に、すごいコーヒーを飲ませてくれる店がある」と、滋賀・琵琶湖畔に建つ1日1組の貸切り宿『福田屋』のオーナー・井上哲郎さんが教えてくれた。その店が『漕人(こぎと)』である。

滋賀『漕人』外観
古民家とその蔵を繋げるかたちで改装した『漕人』。コギト(cogito)は、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」の「我思う」を意味するラテン語でもある。
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店の前に立つ。古い民家を改造した店舗だが、瀟洒な感じにリノベートされている。入口から数歩進み入ると、にわかに闇が周囲を包む。初めての訪問なら少し驚かされる演出だ。

さらに数歩進むと、左側のガラス越しに、大きな焙煎機が2台と小さいのが1台、照らされて見える。どこのメーカーかと凝視するのだが、これまで見たことがないものであった。

滋賀『漕人』焙煎機
暗闇に浮かび上がる焙煎機は、イスラエル・Coffee-Tech Engineeringとイタリア・Vittoria(1950年製)のもの。床の間のある和室に置かれているのが面白い。
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再び暗くなり、重い扉を開けると、そこは蔵の中。奥にはカウンターがあり、中にオーナーの山根将さんがスッと立っていた。

スッと、という言葉が似合う姿である。蔵の中にはワインなどの貯蔵庫も見え、コーヒーだけの店はないことを窺わせるし、コーヒー豆は当然のことながら、他の飲みものもきちんとセラーの中で管理されていることが無言のうちに伝わってくる。

“熱い”コーヒーを淹れる理由

初めてのコーヒー店では、僕はブレンドかマンデリンを飲むことがほとんど。ここでは、インドネシア スマトラ タノバタックを注文した。深煎りとあった。
カウンター越しではスタッフの女性が豆をミルで挽いている。エスプレッソマシンから出てくるお湯を使い、意外なほど早いスピードでウェーブフィルターで淹れていく。

滋賀『漕人』ドリップコーヒー
好みの豆を選べる、ドリップコーヒー500円(アイスは550円)。1杯ずつハンドドリップで淹れてくれる。豆は100g770円~店内やオンラインショップで購入できる。
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コーヒーは唇が一瞬驚きを覚えるような熱さであった。一般に、温度が高いと苦みが目立つものだが、強い苦みは不思議と感じられない。「豆は何gですか?」と尋ねると、「豆15gに対して水150ccです」と即座に答えが返ってくる。

温度と苦みのバランスが気になり、それも聞いてみた。豆によって異なるが、あまり低温だと豆が持つ特徴をしっかり引き出すことができない、というのが山根さんの考えだ。理想的なドリップを実現するために、高温の湯で淹れても苦味が出すぎない焙煎方法を追究したのだ、と。

店でも家でも変わらぬ味を

くだんの焙煎機は、イスラエル製とのこと。なんと現地まで出かけて注文したそうだ。日本や欧米のメーカーにも名機と呼ばれる焙煎機はあるが、「焙煎機にはそれぞれの特徴やクセがあり、ある機種を使えば違う人が焙煎しても豆の仕上がりは似てきます。オリジナリティを大切にしたかったので、できるだけ日本では見かけない機種を選びました」と。大きくうなずいてしまった。

山根さんは、自らの焙煎機の特徴、そして抽出方法によって味が大きく変化することがないように、豆を選択し、焙煎具合も深煎りや浅煎りという感覚ではなく、豆の特性をストレートに引き出せるような焙煎をしているのだろう。そこに山根さんの個性があるように思う。

目的も手段も明快であるがゆえに、彼の思う“旨いコーヒー像”はストレートに伝わる。その味わいは、これまで僕が飲んできた幾万杯のコーヒーの中でもかなり異色だ。となれば、こちらの興味は飲むほどに膨れ、テンションも高まった。

滋賀『漕人』カフェラテ
カフェラテ600円(ホットは550円)。ミルクは島根『木次(きすき)乳業』のパスチャライズ牛乳を使う。
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加えて面白かったのは、山根さんのこんな言葉だ。

「ドリップについては、技や道具を凝らして、というようなことはせず、ペーパーフィルターでごく普通に淹れます。豆を買ってくれたお客さんが自宅で淹れる時との、味のブレを少なくしたいので」。

確かに、店で飲んだコーヒーの味わいに感動してその豆を買って帰っても、自宅で淹れた味わいは、ほぼ確実に店のそれを下回る。店でも家でも同じ味を、という考えには共感を覚えた。

滋賀『漕人』エスプレッソ
エスプレッソ、砂糖、氷をシェイカーにかける、シェケラート600円。
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一碗のコーヒーから色々な話が広がってゆく。この店が近くにあれば、しょっちゅう足を運ぶのに、と少しもどかしく思った。まだまだ聞きたいことはたくさんある。近いうちに再訪したい。

門上武司がお届けする旅企画「皿までひとっとび」

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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。