
感情に“キラキラ”を。「掬えば手には」正和堂書店のおすすめ
contents
掬えば手には (講談社文庫)/瀬尾 まいこ・著
「人の気持ちを考えて行動しなさい」
子どもの頃、親からよく言われた言葉です。でも、この本を読み進めてふと思ったのです。
果たして今の私は、どれだけ人の気持ちを考えて行動できているだろうか?と。
主人公の大学生、梨木君は平凡なことが悩みでしたが、
中学3年のときに、エスパーのように人の心を読めるという特殊な能力に気が付きます。
ところが、バイト先で出会った常盤さんは、心を開いてくれず、心が読めません。
実は辛い秘密を抱えていた常盤さん。梨木君はなんとかして彼女の心を救おうと行動します。
梨木君の特殊な能力、それは本当の意味では、人の気持ちや思いを汲み取ろうとする能力、
そしてその人のために行動できる能力なのだと思いました。
物語はメインである梨木君と常盤さんとの関わり以外にも、
梨木君と登場する人たちとの素敵な関係がたくさん描かれています。
私が一番印象的だったのは、バイト先の店長・大竹さんとの関係です。
大竹さんはとにかく口も態度も悪く、バイトが1日で辞めてしまうほどの人。
でも、なぜかとてもおいしいオムライスを作ることができるという、不思議な魅力があります。
梨木君に、大竹さんが過去を話すシーンがありました。
実はおばあちゃん子だったという大竹さん。大好きだったおばあちゃんに対して、未だに昇華できない複雑な思いを抱えていたのです。
それでも、きっと喜んでくれるだろうと、思い出のオムライスを作り続けているのでしょう。
オムライスを通して、大竹さんの奥底にある温かさに触れる事ができました。
この場面での一節です。
「どんな過去があっても、大竹さんの態度や口の悪さを、肯定はできない。でも、その背後にあるものを知るのと、知らないのとでは、ぜんぜん違う。」
私と同年代の大竹さん。きっと経験を積み重ねての性格なのだろうと思っていましたが、過去を知ることで腑に落ちました。
この瞬間から大竹さんは私の中で「愛すべき性格の悪い人」となったのでした。
思い返せば私にも、苦手な人ほど話して理解して、好きになろうと努力した時期がありました。
苦手だなと思い悩むより、好きになってしまったほうが心地良かったからです。
実際話してみると、あぁだからこの人はこういう人なんだと納得ができ、苦手意識が薄れることがあったものです。
その時の気持ちは、なんだかキラキラで満ちていました。
人との関係をより良いものにしようと頑張っていた頃の自分。
今よりもずっと感情が豊かだったように思います。
最近では、効率や距離感を優先するようになり、人の心の機微に触れる機会も減ってしまいました。
でも、もしかしたら、梨木君のように私も少し手を伸ばすだけで、理解できる誰かが、救える誰かが、いるかもしれない。
そして私自身もあの頃のように、何かキラキラしたものをもう一度得ることができるかもしれない。
そう思わせてくれたのは、梨木君が最後に手に掬ったキラキラしたものを、お裾分けしてもらったように感じたからです。
最近心の動きが少なくなっているかも?と思われる方におすすめの、果てしなく優しい一冊です。

この記事を読んだ人におすすめ!
「掬えば手には」の著者、瀬尾まいこさんのインタビュー掲載中。
本作の裏話や、瀬尾さんのお好きな食べ物のお話などなど。前編・後編の二本立てでご紹介しています。ぜひご覧ください。
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